第28話
俺は犯人の粘つくような問いかけを思いだす。
『人は他人の為に自分を犠牲にできると思う?』
俺には、出来なかった。
凛の代わりに自分を殺せとは言えなかった。
悔しかった。本当に悔しかった。心の奥底から後悔と悔恨の念が襲い、俺を責め立てた。どす黒い罪悪感という名の奔流が俺の魂を弄び続けた。
俺は、入院した病室に閉じこもった。何もする気が起きなかった。何か行動を起こそうとする度にあの瞬間の事が思い出され、俺は動けなくなるのだった。
色んな人が俺の所を尋ねてきた。父さん、親戚、教師、友達。でも、俺は何を受け答えする気力もなかった。ただ日々をベッドの上で過ごした。
部屋を暗くすれば、あの時の事を思い出す。だから、俺の病室は一日中、明かりがついたままだった。
寝れば必ず悪夢を見る。だから、俺は眠らないようにした。それでも何日かに一度、体力の限界がきて、眠りに落ちる。そして、あの男の悪夢を見て、悲鳴を上げて飛び起きる。そんな毎日だった。
そんな日が続いたある日の事だった。
それは衝動的な思いだった。
死のう。
生きていても仕方がないと思った。
それは、罪悪感と恐怖感の為に心が鈍磨した結果だった。この苦しみから逃れたい。その一心だった。
俺は病室をこっそり抜け出した。
入院してすぐの頃は、俺の傍には必ず誰かがついていたし、病室そのものも見張られていた。衝動的に自殺を図ろうとする可能性があると思われていたのだろう。
しかし、俺が一カ月もの間、無気力で食事も排泄もままならないほどの状態で、何の行動も起こさなかった事で、その方面への警戒が薄れていたのだろう。
俺はあっさり病室を抜け出せた。
俺は病院の屋上へと向かった。
そこから飛び降りれば死ねるだろう、という安易な考えからだった。
しかし、当然と言えば当然で、屋上への扉は施錠されていた。
ならばどうしようか。
俺は考えた。
別に屋上じゃなくてもある程度の高さがあれば死ねるな。そう判断した。
屋上の一個下の階の四階を訪れる。廊下の窓は開閉が可能だった。窓を開けて、その下を見下ろす。そこは駐車場だった。下は固いコンクリートだ。ここから飛び降りれば間違いなく死ねるだろう。
俺は窓に身を乗り出した。
その瞬間だった。
ふと身体に力が入らなくなる。そう言えば、ここ数日まともに寝ていなかった。
そして、俺は――
「お兄ちゃんは、正義の味方になるんだよね」
凛はそう言った。
「ああ、そうだ」
俺は答えた。
「そっか、ならよかったよー」
凛は満面の笑みで言った。
「じゃあ、頑張ってね、お兄ちゃん」
ああ、頑張るよ。絶対になるよ。
『正義の味方』に。
俺は仰向けに倒れていた。
病院の廊下の側に。
俺は大声で泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けた。あの場を逃れてから初めて流した涙だった。
頬を伝う熱い涙があの日の返り血を洗い流してくれるような気がした。
その日から、俺は生まれ変わった。
『正義の味方』になる。
俺の命の全てはそのためにあった。
そのために俺は生き残ったのだ。
それが妹に対してできる唯一の罪滅ぼしであると思った。
困っている相手には、手を差し伸べようと思った。
それが『正義の味方』だと思ったから。
自分の不利益になろうとも、他人を助けようと決意した。
それが『正義の味方』だと思ったから。
誰かの為に命を捨てられる様になろうと誓った。
それが『正義の味方』だと思ったから。
それが、凛が望んでいる事だと思ったから。
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