第19話
「で、なんでウチなんや?」
街の中心地の一角にある喫茶店。わりとお洒落な店だと思う。木製のテーブルや椅子で、モダンにまとめ上げられた室内。ほの暗い店内を白熱灯が照らしている。他の客も比較的カップルが多い。
話が話だけに学食でするわけにもいかない。かといって、立ち話というのも躊躇われる。どこかの店に入る事を提案したが、まさかこんな店に入るとは思わなかった。誘った時に奢りと言ってしまったが、財布の中身は持つだろうか。
とはいえ、半個室で周りの目を気にしなくていいのは都合がいいかもしれない。他の客がカップルばかりなのは、落ち着かないが。
自分は適当に安いコーヒーをオーダーする。安いといっても自販機でならコーヒーを五本は飲める額だ。一介の高校生にはちと辛い。
紀里はよくわからない名前のケーキセットを注文していた。値段は怖いので見ない事にした。
「他に当てが無かったからな」
店員が来た事で中断した会話の続きを答える。
「〈リアライズ〉使い……〈リアライザー〉について何か知っている事はないか?」
本当は紀里を巻き込むつもりはなかった。しかし、独自に調査を始めて一週間。何の情報も得られなかった。こんな派手な力だ。どこかでテロ紛いの事件が起こっていても、おかしくないと思うのだが。
「ウチもはっきりとした事は解らん……連を除いたら自分以外の超能力者に会った事ないし」
「マキナはどういう風にコンタクトを取って来たんだ?」
「たぶん、あんたと一緒や。唐突に現れて、この力に目覚めさせられた」
あれから一週間、マキナは何のコンタクトも取って来なかった。「観察する」と言っていたから今も見ているのかもしれない。あいつの神出鬼没っぷりに関しては、もう嫌というほど思い知らされている。
マキナからは目的という物が見えなかった。場当たり的、愉快犯的行動しかとっていないように思える。あいつの目的は何なのだろう。人を超能力に目覚めさせて、あいつに何の得があるのだろう。
そして、気付く。
紀里の右手には、不思議な光景が浮かんでいた。
降って来た雨を確かめる様に出した手の上には、赤い液体がふわふわと浮かんでいた。
昔、テレビで見た無重力空間での水のようだ。シャボン玉の様な球体が浮かんでいる。しかし、中にはシャボン玉と違って液体が詰まっている様だった。
「これがウチの力や。絵具を自在に生み出す力……」
手の平の上に浮かんでいた球体は次々に色を変えて行った。
青、黄、緑、紫、黒、白、虹色。
「ウチが想像した通りの色を作れる。色見本に載ってるような色ならなんでも出来た。逆に言えば、ウチが想像できない色は作れないみたいや」
そして、いつの間にか浮いていた球体が無くなっている。
いや、違う。
これは見えなくなっている。
透明になっているのだ。
「絵具って考えると奇妙やけど、こういう風に『透明な絵具』も作れる。これを塗ったものは透明になるんや」
置かれた水のグラスに触る。液体に呑み込まれるようにして、グラスは見えなくなった。
そこに注文された品を持ってきた店員が来た。「申し訳ありません」と言って、すぐに新しい水も持ってきた。水を持ってくるのを忘れていたかと思ったのだろう。
店員が去ると、紀里は手をテーブルの真ん中に持ってきた。絵具が剥がれおちる様にして、ゆっくりとグラスが姿を現した。
「ウチの傍から離れたら一定時間で絵具は剥がれおちて跡形も残らへん」
そして、貰った水を口に含んでから言った。
「これがウチの能力」
連は紀里に言った。
「どうして俺に力の説明をする?」
力は自分の心に等しい。
マキナは言っていた「〈リアライズ〉は心を現実に変える力」。そして、その力を暴露するという事は、その人間の心を曝け出すという事になる。
「ウチな。これでも反省してんねん」
紀里は続ける。
「力に呑まれて連を襲おうとした事。流石に殺そうとまでは思って無かったけど、痛めつけてやろうなんて思ってた。嫉妬もあったし、自分がこんな化物みたいな力を持っているって事が誰かにばれたら、って思ったら……」
紀里は自分の両手を見つめ、握りしめる。
「でも、そんなん言い訳にならへん事は解ってんねん。もう、この力を悪用するつもりなんてない。でもな」
紀里は、連の目を見た。
「また自分が力に呑まれたらって思ったら怖いねん」
紀里は怯えていた。自分の力に。自分の心に。
「だからもし、これから先、ウチがまた暴走するような事があれば、その時は、ごめんやけど止めて欲しい。だから、力の秘密を話した」
紀里は顔を伏せながら言った。
「頼むわ……」
連は、そんな紀里を見ながら言った。
「おまえはもう大丈夫だ、紀里」
きっとあんな事はもうしない。
人間は反省できる生き物だ。
だから、誰であろうと更生できる。連はそう信じていた。
「さあ、食えよ。コーヒー冷めたら勿体ない。高いんだから」
「……せやな」
紀里はややこしい名前のケーキを口に含む。
「おいしいわ」
紀里は柔らかい表情になって微笑むのだった。
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