第15話

「だから言っただろ? 遥なら許してくれるって」

 連は朗らかな表情で言った。

「ほんまやな! 遥さんはやっぱりウチが見込んだ女なだけあるわ!」

「紀里は意外に心配性だな」

「意外は余計って――なんでいきなり呼びすてやねん!」

 連は平然とした様子で言う。

「『れんどう』って苗字だと、自分の名前呼んでるみたいで気持ちが悪いからな」

「そんな理由かい……」

 紀里はじっとりとした視線を連に送る。

「ほんならウチもあんたの事『連』って呼ぶからな」

「別に構わんが……自分の苗字を呼んでいるような気分にならないか」

「別にならへん。それに、一方的に下の名前で呼ばれてる方がなんや気持ちが悪い」

「そういうもんかね」

 連が見上げた空には白く薄い雲が広がっていた。




 その日の帰り道。

 連は一人考えていた。

 マキナの口振りからすれば、この街には〈リアライズ〉を得た者が何人も居ると思われる。そんな彼らがこの力を悪用せずに居られるだろうか。

 もちろん、力を得た全員が悪用しているとは思わない。しかし、力は人を酔わせる。事実、根は悪人ではないはずの紀里も力に溺れ悪用していた。こんな力が不用意にばらまかれているのだとしたら、それは警戒せねばならない事だ。

――俺が止める

 連が決意を固めた、その時だった。

「別にキミが背負い込む必要ないんじゃない?」

 背後に真っ白い少女が現れていた。

「マキナ……」

 心を読まれたのだろうか。

 しかし、心の奥の奥まで潜られた後とあっては、今更の事なのかもしれない。

「まあ、今回の一件はさ、解らなくはないんだよ」

 マキナはゆっくりと連の方に近寄って来る。

「ハルカはキミの友達だしさ。それを助けたいと思うのは、そこまで不思議なことじゃない」

 マキナは連の正面までやってきてとまる。連よりも頭一つ低い背丈から連の目をじっと見上げる。

「でも、これから起こるであろう戦いは君には何の関係も無いはずだよね」


 自分を守るために戦うのは、誰でもできる。

 大切な物を守るために戦うのも、多くの人はできる。

 しかし、見知らぬ他人を守る為に戦える人間は決して多くない。


「どうして、キミはそんな風に他人を助ける為に動けるんだい?」

 マキナは首を傾げながら尋ねる。

 連はそんな少女を見ながら、目を逸らさずに答える。


「俺は『正義の味方』にならねばならないからだ」


 堂々と臆面もなく、そう言い放った。

 おどけた表情を変えないままマキナは言う。

「キミは本物のヒーローになろうというのかい」

「………………」

 連はマキナの問いかけに無言の強い眼差しで応じた。

 マキナはしばらく連の顔を見つめた後、身を翻す。

「やっぱりキミは面白いなあ」

 そのまま、マキナは連に背を歩き出す。

 そして、何かを思い出したように連の方を振り返って言う。


「それは――殺された妹のためかな」


 ビュン

 刀と化した連の右手がマキナの喉元に突き付けられていた。


「――怖いね」

 それだけ言い残すと、マキナの姿は霧が消える様に居なくなった。

 まるで最初から誰も居なかったかのように。


――お兄ちゃんは正義の味方だねえ

――血

――ナイフ

――血

――あれ? 

――血、血、血

――殺さないで

――血、血、血、血、血

――だめだよ……

――血、血、血、血、血、血

――お兄ちゃんは……正義の味方……

――血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、血、




 絶対にこれ以上の悲劇は起こさせない。


 それが日野川連の存在意義だった。


 そんな生き方しか彼は知らなかった。




 彼は『正義の味方』になるしかなかったのだ。


                               〈第一部 了〉

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