第11話
勝手な思い込みがあった。
遥を付け回し、それを守ろうとする連を襲おうとしたのだ。
ストーカーは男だと思い込んでいた。
「くっそ、ばれてもた……」
女は関西弁で呟いた。
黒い髪を肩くらいまで伸ばしている。それなりに整った容姿だ。少なくとも大方の男子には「美人」と形容される部類の人間だろう。
そんな少女が何故、遥のストーカーを……?
そして、気がつく。
彼女の服装。
「おまえ、洛東の生徒か?」
彼女が着ていたのは、連達が通う洛東高校の制服だった。何の変哲もない紺色のブレザー。赤いリボンが、彼女が連達と同じ一年生である事を教えてくれた。
連は感じた。この少女を何処かで見た事がある。
「昇降口で絵を描いていた……」
遥と待ち合わせて居た時に、昇降口に居た美術部員。あの時は、ただ昇降口の様子をスケッチしているのかと思っていたが。
「まさか、昇降口から俺達をつけてきたのか……」
女は気まずそうに顔をしかめ、足元の方を見て、決して連の方を見ようとはしなかった。
「でも、どうして女の子が遥のストーカーなんか」
連がそう呟くと、綺麗な眉毛を釣り上げて、キッと連の方を睨んだ。
「女が女好きになったらいかんのか!」
我慢がならなかったのか、思わず声を上げた。
連は拘束のために、少女をまだ柱に押し付けたままだ。少女の吐息が連の顔にかかる。
連は自分の背丈より少し低い少女を見下ろしながら真剣な瞳で言う。
「別におかしくない」
「みんな、そういうんや。それで影で笑ってる。いっつもそうや。ウチは知ってるんや……」
「俺は笑わない」
連はもう一度力強い声で言った。
「たとえ、他の連中が笑っても俺は笑わない」
少女は連を改めて見返した。
「それで、そんなつまらない事を言う奴が居たら、俺が反省させる」
少女はしばらく連の顔を見ていたが、急に顔を伏せた。
「なんやそれ……なんかのマンガの台詞……?」
「俺は真剣だぞ」
「どうやらそうっぽいな……」
少女は顔を伏せて「はっ」と乾いた笑いのような声を漏らした。
「あんた、名前は?」
顔を伏せたまま少女は言う。
「……日野川連」
「覚えとく」
連は少女がもう逃げるつもりがないのを察して拘束を解いた。
少女はそのまま木にもたれかかるようにして、座り込む。
そして、うつむいたまま語りだす。
「一目惚れやったんや。ウチ、美術部やから、いろんな部活やってる人の絵が描きたくて、いろんなクラブを見学させてもらってた……それで合気道やってる遥さんを見つけた」
まだ五月の終わりだ。夜の風は少し冷たい。
「一度見たら目が離せなくなってた。何回も道場に足を運んだ」
その時になって、少女はやっと顔を上げた。
「でも、結局話しかけられなかった……」
そこには今にも泣き出しそうな笑顔が張り付いていた。
「それでこんな真似を?」
「うん。ああ、ウチ、何やってんねんやろな……あほやわ」
そんな少女に連は声をかけずにはいられなかった。
「おまえとは少し違うが、うまく人に話しかけられない気持ちは解る」
どう話しかけていいのか解らない。
拒絶される事が怖いから。
「また拒絶されたらどうしようって思ったら、結局うまく話せなくて。でも、そうしている間に距離は離れて……」
無理矢理話しかけようとすると不自然な言葉になる。昔はどうやって話していたんだろう。
どうしたらいいのかわからない。
かつての親友にも、もうどう接すればいいのか解らない。
物思いを振り切り、今の現実に向き直る。
「ともかく、話すしかないさ」
連は、座り込んだ少女の手を掴んで引っ張り上げる。
「そうやんな……」
少女はしばらくの間に、木にもたれかかって何事かを考えていた。
「でも、もう無理や……」
「なんでだ?」
「だってウチがストーカーしてた事、もうばれてもうたし。絶対遥さん許してくれへん……」
連は言う。
「心をこめて謝れば、遥は許してくれるさ」
「でも……」
「幼馴染の俺が言うんだから間違いない」
少女はしばらくの間、連を見つめていたが、嘆息しながら言った。
「そら彼氏が言うんなら間違いないんやろな……」
「うん?」
今なんて言った?
「意味が解らないんだが」
「あんた、遥さんとつきおうてるんやろ?」
「俺が? 遥と?」
少女の言葉を理解して、連は思わず笑いを洩らす。
「そんなことはない。あいつと俺はただの幼馴染さ」
「ホンマやろな!」
少女はほとんど組みつかんばかりに連に飛びつく。
「嘘やったら針千本のますぞ……」
「本当だ……」
「ほんまか……マジかあ……」
少女は連のブレザーの襟を掴んだまま、脱力して座り込む。しゃがみ込んだり、立ったり忙しい奴である。
しかし、連はきちんと言うべき事は言っておかねばならないと考え、言葉を吐き出す。
「まず遥には謝れよ」
「……うん」
「絶対だぞ! ストーカー行為は親告罪だからな。遥は誠心誠意謝れば許してくれるはずだ!」
「……わかった」
少女は立ちあがり、浮かない表情を連に向けている。
「そう言えば、おまえの名前はなんて言うんだ?」
「ウチ?」
少女は言った。
「
れんどうきり。まるで、自分の名前を呼ばれているみたいだ。
「なあ、一個だけ聞いていい?」
簾藤紀里は言った。
「なんだ?」
「なんでさっきウチを斬らんかったん?」
それはある意味、もっともな疑問だと言えた。
金属バットを切断するくらいだ。人間の身体なんて寸断できるだろう。
「まだ手加減の方法が解らんからな。まともにやったら大怪我……下手しちゃあ、殺してしまうぐらいの力だぞ」
自分で言って、改めて自分の手にした力の恐ろしさに気がつく。
「いや……でも、ウチはかっとなったいえ、金属バットであんたを殴ろうとしててんで。そんなん殺されても文句言えんやん……」
簾藤紀里は冷静になったのだろう。青い顔をして声を震わせている。
「別に殺されたかったわけじゃないんだろう」
「そりゃ、そうやけど……」
「なら、いいだろ」
そして、連は言った。
「俺は、絶対に誰も殺さない『正義の味方』になるって決めてるんだよ……」
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