07.故に令嬢は舞台を降りる

 


 ぼんやりと、クリスティーナは窓の外を眺める。嵌め殺しの窓だ、内側からは開けられない扉。家具は少なく、寝具はその都度運び込まれ、布になりそうなものはない。自死をさせぬためだ。

 あの夜会以降、ここに入れられてかなり経つ。少なくとも人として扱われているのは、クリスティーナが起こした事件を考えても、かなりの待遇だ。

 天気以外に変わることのない景色に、ため息をつく。


 アルフレッドのことでどうこう言われても、クリスティーナは気にならなかった。に言われたとおり自分たち・・・・は、王子の婚約者として正しい振る舞いをしていただけなのだから。

 けど、あれだけは許せなかった。リオンたちと同じように、自分も隠れて耳にしていたあの会話。

 クリスがずっと好きでいた相手に、会いたいとのたまったあの女。と同じように、声を大にして言う女。ああそうだ、私は妹も、あの女も大嫌いだ。


 ジョシュアだけは譲れなかった。

 彼女にも妹にも奪われてたまるものか。


 だから殺せた。殺せと言われたときは、あんなに嫌だったのに……今はそんな気持ちは欠片もないし、後悔もしていない。あんな女たち・・・にジョシュアは渡さない。

 すぐにアルフレッドが自分を殺すだろうと予想はしていた。それで構わないとさえ、クリスは思っていた。けれど、それをリオンが止めた。きっと妹との会話で、リオンも思うことがあったのだろう。

 窓際に置いた椅子の上で、クリスは膝を抱え身体を小さく丸くする。死ぬのは怖くない。処刑される恐怖よりも、彼を誰かに奪われる方が何倍も恐ろしい。



「クリスティーナ……」



 静かに、扉が開いた。現れたのは……



「アルフレッド様」



 柔和な笑みを浮かべたアルフレッドに、正直、薄ら寒いものを感じる。てっきり怒鳴り込んでくるだろうと思っていたのだが、意外にも、彼は今日まで一度たりともこの場に来なかった。



「……君の、処刑の日が決まった」

「そうですか……。いつですか?」

「明日だよ。だからね、何か最期に言うことはないか訊いておこうと思ってね」



 だからか。処刑の日が決まったから、こんなにも穏やかな表情を浮かべているのか。アルフレッドの後ろに、黒のローブを着てフードを目深に被った人物が一人立っていた。司祭なのだろうか?



「最期に、言いたいこと……」

「そう。何かあるかい?」

「言いたい、こと……私、私は――」



 私は、あの子が大嫌いだ。私よりも賢くて、行動的で、いつも私を押さえつける。お前はダメな姉だ、いいから自分の言うことを素直に聞いてさえいればいい。何度も何度も繰り返す。

 夜会でたった一度だけ、自分・・を見てくれたジョシュア。ダンスに誘ってくれた相手。その後、なぜお前が夜会に行ったと、妹から酷く叱責された。ジョシュアと踊ったことが妹の耳に入ると、何度もぶたれた。


 私はダメな姉なのだ。だから憎い。自分の思うとおりにしようと、周りを巻き込む妹が。

 ――そう、だから私はが嫌いだ。

 すっと表情の消えたクリスは、ガラス球のような瞳を向け、ゆっくりと口を開いた。



■□■□■



 犯人が双子、というのは推理小説や刑事ドラマの話でありがちなトリックだ。

 謎を解くことに比重を置いた話ならば、犯人と探偵役の刑事が崖の上に集合して、懇切丁寧にどういったトリックを使ったのかを説明する。

 だが、それはあくまで謎を解くことが必要とされている物語の話だ。


 推理アドベンチャーゲームならば解答は必要だが、ただの乙女ゲームには不要だ。

 だから、ゲームの中では語られなかった。公式設定資料集とファンディスクの中でのみ、語られた真相。

 アルフレッドの双子の兄、エドワードの存在が明らかになったのは設定資料集から。サブキャラで人気がありながら攻略できないジョシュアと騎士のライナスは、本編ディスクのバージョンアップ後、隠れキャラシステムを導入してその背後関係が公開された。


 そして、クリスティーナが双子・・であるというのは、ファンディス版のみ・・に収録され、ジョシュア王子ルートと帝国騎士ライナスルートで発覚する。

 ファンディス版のライナスルートでは、ジュリアの祖父が帝国軍のかつての関係者であることが明かされ、プレイヤーから賛否両論の声があがった。

 二次創作界隈では、公式側の正史設定と、二次創作側の捏造歴史設定で二分化したほどだ。


 公式が発表したインタビューでは、ライナスルートを作る際のテーマが略奪愛。逆にジョシュアルートは秘めた純愛。対になるように、ストーリーを作ったらしい。

 確かにこの2キャラ、本編ディスクでもファンディスクでも、アルフレッドを攻略している最中のみに登場するのだ。尚、ルート確定はライナスがアルフレッド婚約直後。ジョシュアが婚約発表の直前という、アルフレッドファン涙目な鬼畜仕様だったりする。


 さて、話がそれた。そんなクリスティーナだが、ゲーム内のアルフレッドルートでジュリアの恋敵として登場しているのは、姉のクリスである。

 気が強くワガママお嬢様一直線だが、ちゃんと侯爵令嬢として振る舞っていた姉。その姉に虐げられている、内気で気の弱い妹のティナ。姉の命令で、姉の振りをして手下の貴族の令嬢や子息を動かし、ジュリアに嫌がらせを命じるのだ。

 もちろん疑われても、そのときのクリスティーナであるクリスのアリバイは完璧だ。侯爵家はティナのことを公表していない、問いただされてもシラを切れる。


 妹ティナの公式発表の裏設定は見るんじゃなかった、と後悔する人多数。姉の命令で動いていただけの妹は、手下の貴族子息たちにありえないご褒美を与えさせられていた・・・・・・・。というのは、公式の裏設定は見るべからずと、ファンに暗黙のルールを作らせたほどだ。

 ちなみに設定集以外で登場しないエドワードに至っては、本編中にアルフレッドに殺されていることが公式HPに裏設定として明記されていた。


 黒い公式、とファンの間で言われている。ほのぼの乙女ゲーム作ってる会社が、何やらかしたと言いたくなる。

 が、この会社の作品、実はどれも黒い公式裏設定が当たり前の如くついているものだから、初めてプレイする人はディスクだけで満足しておけ、と通販サイトのレビューで書かれていたりするのがデフォだったりする。


 生憎と現代社会で育った記憶のある、しかも生粋のプレイヤーであった今生のティナにはそんな虐げは通用しないし、無茶振りをされても鼻で笑って「お前がヤレ」と言えてしまう、立派な転生者だった。

 記憶を思い出したのはかなり経ってから、クリスティーナが社交界に出る数年前。虐げられるのも、裏設定をヤらされるのも真っ平ごめんなティナは、ゲームの仕返しとばかりにクリスを徹底的に矯正した。おかげで姉のクリスは、今では妹に従順な立派な奴隷と化している。

 メイドの如くティナの後ろを歩く姿に、少々やり過ぎたかと思ったが、これで自分の目的が達成できるのならと前向きに考えた。


 侯爵家からは絶縁と言う形で家を出されたティナ。エドワードとの裏取引にて、閑職に追いやられた伯爵家へ養女に出されることになった。そこから、ジョシュア王子のもとに嫁ぐのだ。

 アルフレッドではこうは行くまい。自身の名誉、クリスティーナの罪、ジュリアに蠢く背後と表の評判。良くも悪くも、エドワードは政治というものを理解していた。

 公式設定集と裏設定で得た知識、双子であること、アルフレッドに殺されることを告げれば、エドワードは食いついた。後はもう、どちらも自分の保身と目的のために動くのは簡単だった。



「んー。そろそろクリスの処刑が行なわれてる頃かな?」



 馬車に揺られながら、ティナは上半身を伸ばした。令嬢らしくない行動だが、同乗者はいないのだから問題ない。馬車は件の伯爵の紋入り。護衛は少数だが、エドワードから治安的に問題のない場所と訊いているので、大丈夫だろう。

 犯罪者になるのは遠慮したいので、夜会でのジュリア刺殺事件はクリスにやらせた。ただし、その直前まではティナ自身が立ち回っている。宰相補佐のリオンやアルフレッドの前で、クリスだとバレたら計画が台無しだ。隠れるための部屋は、エドワードに頼んで用意してもらった。

 クリスにはエドワードのことを話していないので部屋の言い訳に困ったが、あなたは知らなくていいと言って黙らせた。



「黒幕とかフィクサーってこんな気持ちなのかな?」



 気分的には完全に黒幕だ。全てを知っていて、裏から物語を動かす。自分にとって都合がいいように。

 実際、クリスティーナが死ぬことはない。このゲームには死亡フラグなるものは存在しないのだから。エドワードに自分も殺されると言ったのは、話を信じさせ協力させるための方便だ。

 ジュリアの婚約発表の夜会で失態を見せたクリスティーナは、アルフレッドによって閑職に追いやられた伯爵家へ嫁がされるだけだ。……そこが果たして幸せな家庭になるのかは分からないが。


 ジュリアがいると、ジョシュア王子には会えない。だから消えてもらう。あの庭園での会話、彼女もまた同じ転生者で、サブキャラルートを目指していたようだ。だからといって、彼女と馴れ合う気は欠片もない。

 しかも言葉的に、彼女はここがファンディスク版の世界設定であることを知らなかったとみえる。だってもし知っていたのなら、彼女の性格ならクリスとティナの話を出して、侯爵家の秘密をバラすぞと、脅しそうな気がしたからだ。

 可能性として高いのは、ファンディスの未プレイ。クリスティーナが双子であること自体を知らない。つまり、黒い公式裏設定も見ていないかも知れない。なんと幸せなプレイヤーだろう。



「……ストーリーは・・・・・・変えられる・・・・・



 キャラクターが違えばエンディングも違うのだ。ジュリアだけが攻略しているのだと、勘違いされては困る。ここにはティナもいるのだから。

 ジョシュアは最初から好きなキャラクターだった。寒色系で纏められた色。それでいてあたたかい気持ちになるストーリー展開のキャラ。クリスティーナ側で記憶を思い出した時は、死にたくなった。ジョシュアが攻略・・できないと。

 がたりと音を立て、馬車が止まった。



「ちょっと、何があったの?」



 御者台の後ろの小窓を叩きながら、ティナは声をかける。治安的にはマシだといっても、現代社会に比べたら恐ろしいほど悪いのだ。こんな僻地で事件になど巻き込まれたら、助けは絶望的。



「馬上より失礼いたします。私は騎士のレオンハルト。伯爵より命を受け、これより当家にて養女としてお迎えしますクリスティーナ様を、護衛するため参りました」

「レオンハルト?」



 聞き覚えのある名前に、ティナは首を傾げた。たしかレオンハルトは、エドワードが信頼していた騎士の一人だ。設定集にバストアップの画像と共に小さく書いてあった。

 裏設定ではアルフレッドが放った襲撃者によって、エドワードと共に死亡したとあったはず。

 馬車が止まったままなのをいいことに、ティナは扉を開けた。



「お、お嬢様!」

「かまいません。せっかくお迎えに来てくださった方なのですから、こちらもご挨拶をしませんと」



 慌てて足踏み台を用意する御者を待っている間に、レオンハルトと名乗った男は馬を降りていた。



「お勤め、ご苦労様にございます。私はクリスティーナ。伯爵様の養女として、これよりお世話になります」



 記憶を思い出す前に身体に叩き込まれた所作を、目の前のレオンハルトに見せる。騎士としての返礼をティナにとったレオンハルトは、やはり記憶にあるレオンハルトと同じ姿だ。

 赤い髪に、群青の瞳。CVがあてられていなかったので判らなかったが、中々に低い声だ。

 クリスティーナの挨拶にレオンハルトは表情を和らげると、封筒を差し出した。



エドワード・・・・・様より、クリスティーナ様へ手紙をお預かりしております」

「エドワード様から?」



 いったいこんな場所で何を伝えるのだろうか? 王家の紋ではなくエドワード個人を、アルフレッドと同じ鳥と勿忘草の蝋印が押された手紙を、ティナは開ける。



『この手紙を読む頃には、クリスティーナの処刑も済んでいる。これからは伯爵家の令嬢として、ジョシュア王子と共に生きていくといい。さようなら、クリスティーナ。僕の唯一の理解者であり、最大の貢献者。誇り高く、気高い、美しき侯爵令嬢』



 手紙を読み終えて、ティナは小さく笑う。どうやらエドワードの方はアルフレッドの始末を終えたらしい。

 ティナが手紙をしまおうとしたとき、視界に光が現れた。細く鋭い光は、レオンハルトが握っている剣から現れたものだった。



「あ、あの、レオンハルト様? これは一体」

「見てお判りになりませんか? 剣を抜いているのですが」



 口の中で小さな悲鳴を上げて、ティナは一歩後ろにさがる。周りを見れば御者も、護衛の騎士も動かない。まるでこうなることが判っているように。



「ちょ、ちょっと!? あなたたち助けなさいよ!」

「残念ながら、彼らは助けませんよ。だって、ここはクリスティーナ様の処刑の場所、なのですから」

「え……ちょっと、待って、処刑って何よ……」



 それは、クリスであってティナじゃない。

 なぜ、ティナである私が処刑されなければならない。

 知らない、こんなストーリーは知らない。



「城にて捕縛されているクリス様が、最期の懺悔として全て告白いたしました。妹であるティナ様に命じられて、ジュリア様を殺害したと」

「なっ!?」

「実行犯である姉のクリスも、それを教唆した妹のティナも罪人。ならばどちらも処刑せよと、エドワード様から命じられました」



 ひゅっと息が詰まる。なんだこの展開。従順になった姉は、強かに私に復讐する機会を探っていたのか。まさか、こんな時に自白とは……どんなご都合主義だ!

 エドワードは、良くも悪くも偽政者だ。自分にとって・・・・・・不都合な存在は消す。合理的だし、この世界では当たり前にありすぎる選択肢。

 そしてその消される存在は、ティナわたし。エドワードの秘密を知っている、どう動くか予測しずらい、エドワードに忠誠を誓っていない存在。



「や、やめてっ! レオン様!」



 とっさに、エドワードが愛称として呼んでいる名が口を出た。けれどそれだけだ。

 レオンハルトについては、エドワード同様あまり情報がないのだ。

 知らない、知らない知らない知らない。分からない、先が分からない。だって、イレギュラーなルートの先は、プレイしていないのだから。



「主でもない者にそのような呼ばれ方をされるのは不愉快です。黙って死んで逝きなさい」



 一直線に自分に向かう剣を、ティナは呆然と見つめた。

 銀色の髪の、青い瞳の王子の姿が頭をよぎる。

 私の好きな王子様。


 胸に突き刺さった感触は、想像したものよりも冷たかった。


 ねえ、resetボタンはどこにあるの?


.

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