【対戦ホットギミック 快楽天】
旭川千秋の暴走
「おつかれさまでしたー」
「おうおつかれさまー」
店長の
さて、と気合を入れて、わたしはシャツの袖をまくる。頭の後ろでポニーテールがふさっと揺れる。
バイトが終わり、いつもならばこのまま帰宅するところではあるが、今日のわたしにはやることがある。どうしても気になることがある。
そのために今日は自転車でバイトに来たのだ。
先日、ドライブインのゲームコーナーで見かけた一つのゲーム。
その名は『対戦ホットギミック 快楽天』。
わたしの好きなシューティングをメインとしてリリースしていたメーカーの、脱衣麻雀。
なんと、
この前このゲームを見かけてからというもの、気になって仕方がない。特に、エロ本のほうが、だ。
しかも、わたしのバイト先は古本屋。
そりゃあエロ本だって置いてあるわけで、『快楽天』も例外ではない。
その表紙が見えるたびに余計意識してしまう。
だからって、自分のバイト先で買うというのも……ねえ?
一応、女子ですからね。恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんなの店長に知られたら……うう、わたしはどうやってあそこで働いていけばいいのか。
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そんなわけで、古本屋から自転車で五分ほどのところにあるコンビニに到着。
まずは店員をチェック。……うん、よし、女性だ。やっぱり男性店員から買うのは恥ずかしい。
あとは、念には念を入れて、コンタクトを外して眼鏡を装着。赤のアンダーリムのお気に入り眼鏡だ。外でこれを着けていることはほとんどないので、知り合いにばれることもないだろう。
では、
「いらっしゃいませこんばんはー」
店員さんの挨拶が店内に響く。
ああわたしはこれからエロ本を買うんだなあ。
あの店員さんはどう思うだろう……っと、いやいや、そんなこと気にしていたらミッションを達成できない。無心だ、無心。
「あれっ、千秋ちゃんじゃない。眼鏡なんて珍しいね」
えっ、あれっ? こ、この声は……。
「あ、こんばんはー
冷静を装って普通に挨拶。だが内心はたまったもんじゃない。全身の毛が逆立ち、ポニーテールの先までぴりぴりしているようだ。
さすが彩子さん、眼鏡くらいでは見破られてしまうか……。
「千秋ちゃんこそなんでこんなとこに。私はほら、新政くん待ちだからさ」
しまった! ここ新政さんのパソコンショップの最寄コンビニだ! 仕事帰りに待ち合わせてたんだー。
そこまで考慮しておくんだった……失敗失敗。
「あー確かに、『コンプマート』近いですしね! わたしはちょっとこれから友達のうちに寄っていこうかなと」
ではではー、と雑誌の列を横目に見ながら通り過ぎ、飲料コーナーへ。
うう、ここはもうムリだ、早く離脱しよう……。
「ありがとうございましたー」
お会計を済ませ、店を出て、とっとと自転車を走らせる。
無駄にビールを買ってしまった。しかも友達のところにって言ってしまった手前、二本。
ええい、ままよ!
少し離れたところにある公園で自転車を止め、缶ビールを開ける。
プシュッ、と爽やかに炭酸が抜ける音がする。
「んっ、んっ……はあっ」
喉を抜けるシュワシュワが心地いい。一気に飲み干す。
こういうのは勢いも大事だ。気付け薬として利用してしまおう。
ああ、なんだかふわふわいい気分。
よし、次のコンビニで決着をつけてしまおう!
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お酒を飲んでしまったので、自転車を押して夜道を歩いてゆく。
先ほどのコンビニよりもさらに先、市街地の外れの方へ、街灯の少なくなってきた道をさらに進むとコンビニの明かりが見えてくる。
翼よ、あれがパリの灯だ! なんてね。『エリア88』のセリフだけど、元は古い映画のタイトルなんだとか。
閑話休題。自転車にしっかり施錠し、いざ、出撃!
「いらっしゃいませー」
やる気のない店員さんの声。男性だが……いい、こんな遠くのコンビニ、これから先来ることもないだろう。なにも恥ずかしいことなどない。
お酒が回っているせいか、エロ本を手に入れるドキドキか、はたまたその両方か。ものすごく頬が熱い。頭がぼんやりする。
気にしない! とにかくわたしはここで『快楽天』をゲットするのだ!
雑誌の列の一番端へ一直線に向かい、『快楽天』に手を伸ばす。
本に手が触れる。持ち上げる。
美麗な少女の描かれた表紙をつかむ手が、ふたつ。
ふたつ?
「えっ」
「あっ」
どうやら他の人と同時に本を手に取ってしまったらしい。
もう一人の人物と目が合う。
あ、あわ、あああああ……。
「旭川くん!?」
本から手を離し、とっさに逃げ出すわたし。
なんで? なんで?
なんで店長がここに?
疑問符が頭の中に浮かびまくる。
でも理由なんかどうでもよく、そのままその疑問符がすべて恥ずかしさへと変換される。
見られた……エロ本を手に取った瞬間を、もう、ばっちりと。
終わった、わたしの古本屋人生が終わった。
「……くんっ」
短い間でしたけれど、みなさまご声援ありがとうございました。
旭川千秋の次回作をご期待ください。
「旭川くんっ!」
自転車の前でぼんやりしていたわたしの肩が揺らされる。ポニーテールもばっさばっさと揺れる。
「て、てんちょう……」
朦朧とする頭で、店長に正面からしがみつき、顔をうずめる。
突然のわたしの行動に、店長は困惑している様子。
気にせずわたしは話し始める。
「見られちゃいました……こんな恥ずかしいところ。誰にも見つからないように、こんな離れたコンビニまで来たのに。もう……てんちょうに合わせる顔がありません」
「旭川くん……」
「あ……口止めとかすれば大丈夫ですか……? 例えばこんな――」
もう自分でもなにがなにやらわからず、店長の首に手を回し自分の顔を近づける。
「ちょ、ちょま、待った! 旭川くん!!」
わたしの肩を押さえ制止する店長。
「まあちょっと一旦落ち着こう。な?」
「……はい」
わたしは素直に従い、店長の身体から離れる。
「でも、てんちょう、わたし――」
「見てない」
「――はい?」
「俺は見てないぞ。旭川くんがなにを手に取ったかなんて」
店長はなにを言っているのだろう?
「そして、旭川くんも俺がなにを手に取ったかなんていうのは見ていない。おーけー?」
「あ……」
「俺だって恥ずかしいんだからな……いい年して女の子の目の前でエロ本を手に取るところを見られるなんて」
「え、だって、お店では普通に扱っているじゃないですか。買取とかで見たりしているだろうし……」
「それとこれとは話が別! あれは仕事だしさ」
そういうものか。でも。
「だから、おたがいさまってことで。それでいいじゃないか」
「でっ、でもてんちょう、女子が男性向けのエロ本買っていくとかおかしいと思いますよね?」
「そういうもんじゃない? 高清水だってエロゲーやってたりするし」
「ええっ!?」
いや、それわたしに言っていいことなのかな? ……うん、そっとしまっておくとしよう。
「な、だからさ、今日のことはおたがいに秘密ってことにしようや」
「ふふっ。わかりました。二人だけの秘密ってやつですね。……なんだか、それはそれでちょっと恥ずかしいですね」
二人で困った顔して、苦笑い。
「ああ、でも旭川くん、さっきみたいなのはダメだぞ。勢いにまかせてあんな……」
「すみません……自分でも動転してて、お酒も入ってて、なんだかああするしかないかなって。ご迷惑おかけしました」
「いや、迷惑なんて……。俺だって男だからね、ああいうのは、その、困るっていうより、ちょっとうれしいけどな」
えっ、うれしい? んんっ!?
自分のさっきの行動を思い返し、胸が早鐘を打つ。
なんだこれ、もう落ち着いたはずなのに、頬がカーッと熱い。
「なっ、なに言ってるんですかてんちょう! もうっ、帰りますね! おやすみなさい!」
「あっ、旭川くん!?」
自転車の鍵を外し、ポニーテールを振り乱しながら脱兎の如く逃げ出すわたし。
自転車を押して元の道をたどりながら、心を落ち着かせる。
ふうっ、なんだっていうんだろう。
うれしい? なんで?
店長にはそういう気が多少はあるってこと?
……ううん、わからない。
じゃあ、あんな行動に出たわたしは?
お酒に酔って、さらに動転していたとはいえ……。
でも店長、やさしいところあるんだな。わたしの暴走を止めてくれて。
ああ、なんかいろいろ考えてると、またドキドキがおさまらない。
ダメダメ、考えないようにしよう。
あ、『快楽天』、買いそびれちゃった。
もうどこでもいいから、買って帰ろう。
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帰り道にあった本屋に寄ると、またしても見知った顔が。
おだんご頭の目立つあの方だ。
すでに購入済みの紙袋を手に、わたしに話しかけてくる。
「あ、千秋ちゃん。今月の『快楽天』おすすめだよー。あのアニメの原画やってる人がひさびさに描いててねー」
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