二〇一三年のミレニアムブックス B面【ラブコメ編】
【サナララ&GUITARFREAKS】
THE ENDLESS Summer Holiday
【チャンス】
「圧倒的にカワイイ分が足りないよ、足りないよ
店内に入ってくるなり、カウンターにだらりと寄りかかり嘆き始める
頭上の大きなおだんごの目立つ彼女は、お隣の中華料理屋の娘兼店員、
「しょうがないだろー、
この古本屋のバイト、旭川
「そうか、県庁に忍び込んで給湯室に連れ込んで千秋ちゃんprpr、これだ」
「それはどうなのさ高清水……」
「そうだよね、ここならまだしも県庁でやっちゃまずいよね」
「いいんだここなら!? てかやめて!?」
バックヤードで高清水が旭川をペロペロしている絵が容易に想像できてしまったため、大平は必死で拒否する。
「仕方ないなあ。じゃあ大平さん、あたしが犯罪に走る前にカワイイ分を補給して! 摂取させて! 二次元でもいいから! むしろエロゲーがいい!!」
高清水はどんどんヒートアップしていく。それほどまでに不足しているのか。
「そうかい。そういうことならお安い御用だ。でも、エロゲーともなるとかなり俺個人の趣向が反映されるがいいのか?」
「エロゲーじゃなくても大抵そうだよね」
「いやいや、エロゲーだとほら、趣向というかむしろ性的嗜好とかそういうのがさ」
「大平さんの嗜好だったらあたしは何でも受け止めるよ! だからほら―― 」
高清水はさらにヒートアップ、頬が上気するほどに興奮しているようだ。
あ、と声を漏らし、少し静かになる。
「わかったわかった、ちょっと待ってろ。こないだいいのが入ってきたんだ」
店の奥の奥のほうに消える大平。取り残された高清水は少しうつむいて頬を赤くしているままだ。
さすがにアダルトゲームは店内手前のゲームコーナーに一緒に置いてはおけないので、奥のアダルトコーナーに本やDVDと一緒にまとめられているのだ。
(ん……? なんかさっき、さらりと爆弾発言が飛び出たのではないか?)
ブツを探しながらさっきのやりとりを振り返る大平。
(……まあ、それほどカワイイ分が不足しているということだろう。そういうことだろう)
大平は勝手に落としどころを見つけ、自身を納得させた。
戻ってきた大平の手には、緑色の紙製のパッケージ。二人の女の子が互い違いに芝生の上に寝そべっている。
「ほら、ねこねこソフトの『サナララ』だ。オムニバス形式で四編の話が入っている。この世界には『チャンスシステム』っていうのがあって、そのシステムを軸に話が展開するんだ」
大平が『チャンスシステム』をかいつまんで説明する。
誰にでも、『一生に一度のチャンス』を叶えられる時が回ってくる。
チャンスが回ってきた人の前には、それを導く『ナビゲーター』が現れ、チャンスを叶えるサポートを行う。
チャンスが叶えられると、『ナビゲーター』はその間の記憶をすべて失った上で普段の生活に戻り、チャンスの享受者は『ナビゲーター』として次の対象者の元へ向かうことになる。
そのようにしてチャンスは回っているのだ。
「へえ、なかなか面白そうだね!」
興味を持ち、パッケージを手に取る高清水。女の子の絵を見て何かに気づいた様子だ。
「あれ? この絵どこかで――」
「気のせいじゃないのか」
かぶせ気味に大平が言う。
「うーん……そうかな?」
店内奥にふらりと入っていく高清水。とある大判コミックの棚で目的のマンガを手に取り、戻ってくる。
「ほらこれ、『ひだまりスケッチ』のあおきう――」
「ノオォォォーーーッッッ!!」
人差し指を立てて左右に勢いよく振りながら、ものすごい剣幕で制止する大平。
「シーイズ『藤宮アプリ』、ノット『蒼樹うめ』。オケィ!?」
「はあ」
あまりの勢いにポカンとしている高清水。
「『藤宮アプリ』はうめさんの生き別れの双子の姉なのです。いいね?」
「わかったわかった、そういうことにしておくね」
やれやれ、と肩をすくめる高清水。
「じゃ、これ、いくらかな?」
「いいよ。あとで返してくれるならそれでいいや」
「そう? 悪いねー大平さん」
高清水は自らソフトを手際よく紙袋に入れる。
帰り際、自動ドアが開いた状態で高清水が立ち止まり、カウンターの中にいる大平へ振り返る。
「……あたしにも、チャンス、回ってくるといいのにな」
高清水は憂いを含んだなんともいえない微笑を浮かべ、そう小さく言い残して帰っていった。
(なんだか、今日の高清水は妙だった。態度も、発言も)
夜、閉店作業をしながら、大平はぼんやりと考える。
確かに旭川の長期不在でカワイイ分が足りていないのは確かだろう。だがそれだけではない、夏の雨のようなじとりとした感情が見え隠れしていた。そして帰り際の発言。
(……嗜好の話のあの反応に、チャンスの話。意味深……うーむ……)
ほうきで何度も何度も同じ場所を掃き続ける大平であった。
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【終わらない夏休み】
四日が過ぎた。あの日以来、高清水からは何の音沙汰もない。
(あのボリュームなら、もうとっくにクリアしていてもおかしくないんだがな……)
気にはなるので連絡してみようかとも考えるが、先日の妙な様子がひっかかり、二の足を踏んでしまう大平。
(ああもう、なんでこんなに気になるんだ!? あいつは俺にとって……)
大平はもやもやする胸の内をかき出すように、深く深く深呼吸。
(……よく、考えてみた方がいいのかな)
こんな気持ちのときに旭川がいないことを、大平は感謝した。
西の空が茜色に染まり始める頃。在庫入力を早めに終え、大平はノートPCを閉じようとしていた。
(そういえば……)
ふと気になることがあり、ノートPCを開き直し、『サナララ』について検索してみる。
(『サナララ』って春の話って印象が強いけど、夏の話もあったよな)
調べてみると、Story:04が夏の話。タイトルは”Summer Holiday”。
(今の時期にぴったりだな。しかもいつもいるはずの旭川くんもいない世界ってとこまで)
ストーリーと今の状況の偶然の一致。さすがに、旭川が完全に消えてしまったわけではないが、状況的には似たようなものである。
(”夏休み”、か)
PCから視線をゲームコーナーの棚に移す。木の棚の最上段にはさまざまな周辺機器が並べられており、その中の『GUITARFREAKS』専用コントローラーに目がとまる。
(高清水との出会いも”夏休み”だったな)
思い出す。十四年も前の、夏の思い出。
――
――これはな、『オルタネイトピッキング』って言うんだ。本物のギタリストも上下に弾いてるだろう? 速いところは慣れたらこっちのが簡単なんだよ。
――へえー。矢留おにいちゃんは何でも知ってるんだね。
――いやいや……。泉ちゃんもやってみるかい? 練習すればきっとできるようになるよ。
――ほんとう!? やってみる!
――あれ、難しい。全然タイミング合わない-。
――はは、いきなりはムリだよ。
――悔しいなあ。矢留おにいちゃんはあんなにうまくできるのに。
――そうだなあ……。じゃあ泉ちゃん、もっともっと練習して、俺よりもこの曲をうまくできるようになったら、泉ちゃんのお願いを一つ聞いてあげよう。
――ほんとに!? じゃあね、あたしのお願いは……。
記憶に閉じ込められていた、終わらない夏。
(……こんな大事なこと、今の今まで忘れていたのか。アホか、俺は)
あの夏約束した曲名は『THE ENDLESS SUMMER』。初心者がはじめてオルタネイトピッキングを意識させられる曲。
(まさかあいつは、まだ終わらない夏に閉じ込められているのか……俺が作り出した『チャンスシステム』に)
『サナララ』のチャンスは神様が与えてくれて、期限を過ぎれば神様の力で消えてしまう。
だが、大平によって与えられたチャンスは、大平でなければ、叶えることも、消すことも、できない。
……たとえそれが、少女相手に気軽に約束したことだとしても。高清水が覚えているのであれば。大事に覚えているのであれば。
「くそっ! 恨むぞ、昔の俺!」
身支度を手早く済ませ、外に出てシャッターを閉じ、臨時休店の貼り紙を貼り出す。
貼り紙の文字は、いつもの高清水の文字だった。
【大平先生】
念のため、隣の中華料理屋『
(行くか……)
帰宅する人の姿もまばらな馬島駅の連絡通路を通り抜け、徒歩三分。十四年経った今でも、高清水家の位置する座標は大平の身体に刻み込まれていた。
大平、大学一年の夏休みのこと。運転免許取得のために実家に帰省していた大平に、母からの依頼があった。母の友人に中学一年の娘がおり、その子の家庭教師を探しているのだが、短期でもいいのでやってくれないかとのことだった。
どうせ自動車学校に行く以外はゲーセンか古本屋で過ごすくらいしかやることがなかったので、大平は小遣い稼ぎと暇潰しにちょうどいいと快諾。
そうして訪れたのが、この高清水家だったのだ。
昭和の末期に建てられたとみえる、特筆すべきところのあまり見当たらない、二階建ての古い一戸建て。
週に三回、今と同じ夕暮れ時から、高清水の母親が帰宅する夜までの時間、大平は高清水の勉強の面倒を見ることになった。
しかし、大平先生にすぐに失職の危機が訪れる。
決して、仕事っぷりが悪かったわけではない。高清水の呑みこみが良すぎて、予定していたカリキュラムを消化しきってしまいそうになっていたのだ。
これではまずい、もう少しうまい汁を吸わせてもらわないと、と大平は考えた。学校でまだやっていない範囲に進むことも検討したが、さすがに高清水側がまったく知らないところまでこちらが責任を負うことはない。故に、勉強は当日予定していた分が終わったら打ち切り、残りの時間はゲームでもして遊ぼう、となったのだ。
そこで選ばれたゲームが、当時発売したばかりのPS版『GUITARFREAKS』だ。
プレステは高清水が元々所持しており、ソフトと専用コントローラーは、数回分の家庭教師代で大平が買ってきた。
なぜこのチョイスかというと、話は簡単。大平がやりたかっただけだった。
(実際来てみると、いろいろ思い出すものだな)
思い返し、あまりに自分勝手な考えばかりだったなあ、と頭を抱える大平。
(まあ、今そんな後悔をしても仕方ない。押すぞ……)
呼び鈴を鳴らす。しばらく待つが、反応はない。
(ん……いないのか?)
大平はもう一度、指先に力を込め、ボタンを押す。やはり反応がない。
一旦諦め、踵を返す。
(高清水が他に行きそうなところといえば……うん、ゲーセンくらいしか思い当たるところがないな。あいつのこと、全然知らなかったんだな、俺)
「大平さん!?」
突然、上からの呼ぶ声。大平が振り返り、高清水家の二階を見上げる。
窓から身を乗り出す高清水。その身体には――『サナララ』の制服をまとっていたのだった。
【裁縫ギルド師範】
「おじゃまします……」
「どうぞー」
高清水の部屋に通される大平。部屋の中は、明らかに荒れていた。ミシン、糸、布、型紙……。部屋中、裁縫道具だらけである。ベッドの上にも、まだ作りかけの、高清水が着ているものと同じデザインの制服がある。
「で? なんでそんな制服とか着てるわけ?」
「あーこれ、これね」
あっはは、と朗らかに笑う高清水。
「もうさ、始めて二日で『サナララ』コンプしちゃってさ。もう大ハマリだよ。それで昨日は朝から材料買ってきて、制服作っちゃってたわけよ」
ほら二着も、と、壁にかけてあるもう一着の制服を指しながら高清水は楽しそうに言う。
「千秋ちゃん分までは作れたんだけど、彩子さんの分まではちょっと力尽きてまだなんだー」
ベッドの上の作りかけがそれなのだろう。
「いや、その生産力はすごいと思うぞ……」
いつもの旭川用メイド服もこのようにして作られているのであろう。高清水、脅威の職人技である。
「で、さっき呼び鈴鳴らされるまで床に倒れてた」
「どんだけ限界にチャレンジしてるんだよ!」
それは大平でなくても、誰でもつっこむところであろう。
「それで、大平さんはなんでこんなところにいるの? お店は?」
「あ……、ちょっと臨時休店にしてる」
「そう」
歯切れの悪い大平の反応をみて、にやにやとしている高清水。
「もしかして、思い出した?」
黙ってうなずく大平。
「あのな、高清水――」
「いいよ、大平さん。思い出してくれたんなら、それで満足だから」
「そんな、だってお前……」
恋人になりたい、んだろう?
十四年前、少女の口から出た言葉を、言いかけて、止まる。
降り積もる沈黙を、高清水が払った。
「わかった、やろう、大平さん」
部屋の隅に置いてある、ある夏からずっとそこがホームポジションとなっている、一本のギター型コントローラーを指して、高清水が宣言する。
「終わらない夏に、きっぱりと終わりを告げよう」
【終わらない夏の終わり】
「大平さん、いいかな? 勝負は一本勝負、スコアの高いほうが勝ち。曲はもちろん」
「『THE ENDLESS SUMMER』だな」
高清水がうなずく。
まずは大平からプレイ。
難易度は低く設定されている曲なのだが、中盤とラストに難易度無視の山場が存在する。テケテケというベンチャーズサウンドを彷彿とさせるフレーズだ。そこでコンボを切らさないことが重要となる。
大平は、どちらのテケテケも落ち着いてタイミングを合わせ、フルコンボを達成。
「やっぱり、さすがだね大平さん――いや、矢留おにいちゃん」
懐かしい呼ばれ方に不意打ちを食らい、つい赤面する大平。制服の相乗効果で破壊力抜群だ。
「でもあたしは、あの頃とは違う。あのままでなんていられるはずはなかった。見ててね、矢留おにいちゃん」
高清水がプレイを開始する。
(ああ、そうか……)
一糸乱れぬ演奏を観賞しながら、大平はまた一つ、気付く。
(高清水の音ゲーの強さを育てたのは、俺だったのか……)
うれしくもあり、また、それが枷になっていたのではないかと思うと、申し訳ない気持ちにもなる。
短いこの曲は、あっという間に演奏終了。結果は――
「フルコンボ、か」
しかも、高清水のほうが大平よりもわずかにハイスコア。最上位であるCOOLの判定数が大平を上回ったのだ。
高清水はストラップを肩から外し、ギターコントローラーを置く。そして、大平に正面から向き合う。
「矢留おにいちゃん、あたしのお願いは――」
敗者は――願いを叶える者は、黙ってその言葉を待つ。
「――これからも、いつもどおりにバカやって遊んでください。みんなと一緒に、遊ばせてください」
「……え?」
満面の笑顔で願いを告げる高清水に、拍子抜けで間の抜けた顔になってしまう大平。
「理解できない? 言葉の通りだよ、おにいちゃん」
「そうか……わかった、きっと叶えるよ」
その時大平は、『サナララ』の登場人物の願いを思い出していた。
(『素敵な人との出会い』、か)
出会って、その後のことは、自分で努力してつかみたい。
(そういうことなんだろう、なあ? 泉ちゃん)
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【矢留おにいちゃん】
「大平さんー。もっと、もっとあたしにカワイイ分を!」
翌日。いつもどおりの古本屋。ゲームコーナーのイスに座り、マンガを一気読みしている高清水。
(本当にいつもどおりすぎて、『チャンスシステム』が効いたんじゃないかと思ってしまうな)
「大平さん! もうすぐ『ひだまり』読み終わっちゃうよ。次のを、次のを所望する!」
「はいはい、なんかあったかな……」
またいつものように、ネタを探しに店の奥に潜りこむ大平。と、その後ろをこっそりつける高清水。
「大平さん?」
「え? なん――」
予想外の位置から声をかけられ、驚き振り向いた大平の唇が柔らかいもので覆われる。
一瞬の出来事。すぐに高清水は離れてゲームコーナーへ戻る。
「ふふん、ごちそうさま」
「なっ、おまっ」
突然のことにうまくしゃべれない大平。だが、余裕に見える高清水のマンガを持つ手が、よく見ると少し震えているのが見え、落ち着きを取り戻す。
「おい高清水、昨日のお願いには、こんなのは入ってなかったはずだろう」
「自分で奪い取る分にはなんの問題もないでしょ」
「そりゃそうか」
高清水の正論に素直に納得する大平。
「まあほら、いつも見境なく襲ったりとかしないから、安心してね。今のはまあ……長年溜まったツケを払ってもらったようなものだから」
「う、すまんな、本当に……」
今まで忘れていたという負い目から、大平は肩を落とししょんぼりしてしまう。
「ああっほら、そんなクサクサした態度でいたら、みんなの前でこう呼ぶよ? 『矢留おにいちゃん』!」
「うわっ、やめてくれ、恥ずかしくて死ぬ! 恥ずか死!」
「その態度、あたし傷つくなぁー、おにいちゃん♪」
「頼むからやめてえ……少なくとも他の人の前では」
「じゃあ今はいいよね、おにいちゃん♪」
「……もう、好きにして」
この先の生活が思いやられる大平であった。
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