1.6

 そして、今に至る。


「今回の標的は、夜中に大橋通りを徘回しているらしいおばあさんの霊。霊感があるって言うクラスメイトが学校に忘れ物をとりに行くときに、気がついたんだってさ」


 紅茶の最後の一口を飲みながら私は話した。写真、もしくは動画なんて物的証拠はもちろんないのだから、こういう目撃証言は大切だ。


 あんずは夜以外基本部屋から出ないので、情報収集は基本私の仕事になる。


「私もこの間、あんずの家からの帰り道に寄ってみた。ほら、一晩ヴェリテ借りたとき。いたよ。何か探しているみたいだった」 


 私の台詞に、えー、とあんずは頬を膨らませた。


「じゃあ何、そのおばあさんが出現するには何かしら理由があって、今回はバトルじゃなくって人助け、ならぬ霊助けってこと? 探し物? 探偵?」

「そうなるね」


 私達だって、いつもビーム発射して敵をぶっ倒して終わり、では少し荒事過ぎる。

なんてったって、相手は幽霊だ。

一応私達の技は相手に通じるようにできているが、向こうが反撃してこないわけではない。お相手さんも、何らかの能力、《プヴォワール》を持っている。


系統はさまざまで、今までに出会ってきた例で言えば手から炎をごーっと出してみたり、超強力バリアだったり、虹色のビームとりゃーだったり、割と典型的なものが多い。


 そして初心者の私達に対する敵にしては強い。

 現実は、ゲームのようにはできていないのだ。

 今までも何度もピンチなことがあった。

 だからなるべく、事は穏便に済ませようと思っている。


 まだ外に出てきたばかりのあんずに、怪我をさせたくはない。

 誘っておいてなんだが、あんずが傷つくところは見たくないのだ。


 だが、この隣にいる深窓の令嬢様は、それを理解しているのかしていないのか、


「えー、せっかく新しい技とか考えたのにー」


 と頬を膨らませている。


 ……絶対理解していない。


 あー、でも膨らんだほっぺ可愛い。

 外に出ない所為で病人かと思われるほど白いその素肌に、ほんの少しの怒りが混じって赤みが差している。まつげも、何も化粧していないくせにすごく長くて、彼女の性格と同じようにぴんっと張っている。


 あー、触りたい。


 どうしてこの隣の女の子のほっぺさんはこんなにぷにぷにしているのか。


 欲に負けた。


 人差し指が、ふにっと音を立てそうなくらい柔らかく、あんずのほっぺにささる。マシュマロみたいだ。


 ふにふに。

 ふにふに。

 ふにふに……。


「もー、って、うぃ?」


 さすがに私の行動を予測していなかったらしく、あんずは不思議な声を上げた。


 可愛すぎる。

 抱きついてやろうかと思ったが、自制。

 我慢だ。

 ほっぺさんからも指を離す。


「紫って、たまに突拍子もない行動に出るよね」

 じと目で見られたので、あわてて取り繕う。


「と、ととととにかく、今日は探し物の日です。暴力はハプニングが起きたとき意外禁止。分かった?」

「はーい」


 あんずはしぶしぶながらうなずいた。

 大丈夫か少し不安だ。私も、あんずも。


 そこで、ようやくベッドに倒れていた黄色いもこもこが目を覚ました。

「はろー、ヴェリテ。……貴方、夜行性だったっけ?」

 私が尋ねると、

「おはよう……こんばんは、かな。ううん、でも昨日からずっと他の魔法少女の勧誘をしていたから……眠い……」

 と小さな翼で目をこすった。まだ目がトロンとしている。


「……まだ魔法少女増やすの? 私達以外に、必要なんだ」


 首をひねるあんずに、ヴェリテはやはり眠そうに答える。


「ああ、だって君達二人は夜しか動かないからね。あたくしとしては、昼用に、もう二人ほど欲しいところなのですよ」


 もちろん、男性の幽霊だっているし――あんずに聞こえないよう、口だけを動かして私に意思を伝えるヴェリテ。あー、確かに。


「まあ、それはこちらにまかせてもらっていい。貴方達は自分の仕事をして頂戴」


 私達の小さな司令塔は、そんな風に話をまとめた。

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