5 日本でも

「いるわよ! 日本にも現在行方を晦ましている有名業界人」

 三枝木から奇妙な復帰の話を聞かされた数日後、今度は逆に坂下理紗子のアパートに泊まることになった宮原が話を振ると理紗子が叫ぶ。

「えっ、誰?」

「誰って、T自動車の社長よ。創業家の方の……」

「おお、そうなのか? ……でもやっこさん、あんまりメディア露出してないよな」

「わたしの高校時代の同窓に営業で本社勤務してるのがいるんだけど、前のクラス会のとき、そんな話を聞いたわ。社長さん、ずっと出社していないんですって……。もっともわたしの友だちだって直接仕事を指示されるような関係ではないから社内でも滅多に擦れ違う機会はない、と言ってましたけどね。そうね、半年くらい前の話になるかしら。最後に見たのが株主総会のときで、そのときはものすごく青白い顔で今にも死にそうに見えたって言ってたな」

「ふうん。でも日本でもあるのかな。奇妙な復帰の噂が?」

「さあ、それはわからないけど、でもT自動車は世界企業よ。個人資産だって、ものすごくあるに違いないわ!」

「ああ、それはそうなんだが」

 担当ディレクターの度重なる要望を聞き入れ、やっとのことで深夜の三十分枠での放映に漕ぎ着けた宮原の若年売春ドキュメンタリーは残念ながら思ったほどの視聴率を得られない。だが有難くも視聴してくれた者の多くが番組内容に強い関心を持ったらしくテレビ局宛に熱いメッセージが数多く届けられる。また局内の部長クラスの人間たちにも評判が良く、宮原は次の番組からいきなり担当を外されるという心配をしないで済むことに内心ホッとしている。それに視聴率の割に番組が評価されたということは、見たものにとってそれが面白かったというわけで、仮にそうだとすれば、口コミ経由で番組内容がブログやSNSなどで好意的に紹介されれば再放送に繋がるかもしれない、と宮原は淡く心に期待している。もっとも理紗子に言わせれば、『そんなに都合良く行くわけないじゃないの。あなたは世間を舐めてるのよ』となる。

「で、どうするの? プロデューサーに例の噂の取材を乞うの?」

「いや、まだあまりに曖昧過ぎるな」

「でも、気にはなっているんでしょう?」

「それはそうだが……。順番からいって次は臓器売買だな。それなら売買春とも奇妙な復帰とも話が繋がる」

「殺されないでよ」

「なんだ。いきなり、ぶっそうだな」

「だって世界的な陰謀だったら、あなたなんかゴミみたいなものですからね。わたしはあなたのお墓の前で泣きたくはないわ……って、歌の話じゃないけど」

「ああ、せいぜい気をつけるよ」

 その日の会話はそれで終わるが、宮原にはまだ自分が危険な領域に足を踏み入れているという自覚がない。幽霊の正体見たり枯れ尾花、という例もある。奇妙な復帰の噂もそれと同じで種を明かせば噂が噂を呼んで尾鰭が付いた都市伝説のようなものではなかろうかと宮原はまだ高を括っている。

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