覚醒


「きゃああああああああ」


 思わぬ事態に避けることも敵わず、相手の攻撃をまともに喰らったアカリは叫び声を上げながら、かなりの距離を吹き飛ばされる。

 そんなアカリの様子を見て、僕はかなり不味いことに気が付く。

 別にアカリがダメージを受けたことが不味いのではない。今までも、アカリは全ての攻撃をかわしてきた訳ではない。むしろ意外とダメージは受けてきた方だろう。

 今回本当に不味いのはアカリの一撃目が効かなかったこと。ダメージが通らない敵だという第一印象を植えつけられてしまったこと。

 アカリは不死身のような自らの攻撃が効かない相手に、異常なほどの恐怖感と拒絶心を覚える。

 それはこれまで見てきた中で、間違いなくそうだと断言できる。別にアカリに限ったことではなく、誰だって自分の攻撃が効かない相手には恐怖するし、死なないとなればなおさらのことだと思う。

 アカリの問題は、そこで思考が止まって動けなくなったり、気が動転してしまうこと。それは相手の攻撃力が高いボス戦において、相当不味い事態である。何故なら逃げるという選択肢すら、アカリの中から抜けてしまうのだから。

 案の定アカリの手足は震え、その場から動けなくなってしまっている。ただただ、ゴーレムの方を向いて震え上がっている。今の僕にできることは、アカリを落ち着かせる時間を与えること。

 勝てなくてもいいから、アカリをここから外に出さなければならない。


「アシミレイション」


 僕は自分の存在を消すと一気にゴーレムへと接近し、一番攻撃が効きそうな目へとナイフを突き立てる。

 しかし目への攻撃すらも、ダメージを与えられている様子もなく弾き返されてしまう。それでも、ゴーレムはアカリから僕へと照準を変えてくれた。

 僕は弾き返されるがまま地面に転がり、そのままゴーレムとの距離を取る。

 とにかくアカリを落ち着かせるため、動きの遅いゴーレムから距離を取りながらアカリへと呼びかける。


「アカリ、落ち着いて。動きを止めちゃダメだ。こういう敵はどこかに必ず弱点があるはずだ。君は僕より強いんだろ。なら、立って戦えよ。それができないなら、ここから逃げてくれ」


 僕はゴーレムを視界から外さないように、一定の距離を取り続ける。ゴーレムは動きが遅いとは言え一歩ずつが大きいので、相手の動きに合わせているとすぐに距離を詰められてしまう。

 しかし、距離を取りすぎてアカリへと照準を合わされてしまったら不味いので、バランスを取りながらゴーレムと相対する。


「で、でも……、攻撃が効かないんじゃ、どうしようもない」


 アカリは何とか僕の声に小さく反応するものの、動く様子はまるでない。

 僕は一旦逃げるのを止め、ゴーレムへの攻撃を試みる。ゴーレムに攻撃が与えられるとわかれば、アカリも動けるようになるはずだ。今の僕にできることは彼女に道標を与えて上げること。

 僕は一旦アイリスを魔導書から妖精の姿へと戻させる。


「アイリス、あいつの弱点って何かないの?アカリでダメージが与えられないんじゃ、僕たちに勝ち目なんてない。でも、そんなダンジョンがランクE指定されるなんておかしいだろ」


 そう、僕には必ず弱点があるという自信があった。エミリアさんの話では、ダンジョンのランクというのはモンスターの強さによって格付けされているという。

 確かにイレギュラーもあるのだろうが、こんなランクの低いところではまず起きないような口ぶりだった。

 ならばこのダンジョンもパラメータ平均50もあればクリアできるのが必然だろう。そうでなければおかしい。

 しかもアカリに限っては、既にパラメータ平均50は超えている。それなのにダメージが与えられないのは、スケルトンのように何らかの特殊な戦い方を必要とするからとしか考えられない。

 アカリの問題は、頭が僕以上によくないこと。真っ直ぐに突っ走ることしか能のないこと。

 それが必ずしも悪いという訳ではない。むしろその前向きで真っ直ぐな姿勢が良い方向に向くことも少なくはない。

 だがそういう性格の場合、自分の信じるものが打ち砕かれたとき、精神的なダメージが余りにも大きすぎる。今、アカリが動けなくなっているように……。

 ならば自分の信じるものを、そのまま信じさせてやれば良い。ダメージが与えられることがわかれば、アカリは必ず復活するはずだ。

 だってスライムのときだって、倒せるとわかった瞬間、いきなり元気を取り戻したんだから。


「あの手のモンスターは、スライム同様どっかにコアがあって、それを破壊すれば倒せるはずよ。でも見た感じだと、そのコアがどこにも見つからない。今はとにかく攻撃して、相手の反応を窺うしかないわ」


 妖精の姿に戻ったアイリスはそれだけ伝え終えると、魔導書の姿になり僕の手の中へと収まる。僕はすぐさまナイフを引き抜くと、ゴーレムへと接近し隙を窺う。

 僕の接近に気が付いたゴーレムは腕を大きく振り上げ、僕にめがけて巨大な腕を振り下ろす。

 その一連の動きは僕が避けるのに十分すぎるくらいの時間が掛かったため、容易に避けることが出来た。相手の拳が地面に付いたのを確認した僕は、まずは拳への攻撃を試みる。

 僕は刃を両手で握りしめありったけの力を込めて、相手の拳に突き立てる。

 しかしその拳への攻撃は、相手に何のダメージも与えることなく、カンッという甲高い音を立てて弾き返された。自らの腕が反動で麻痺するかのように痺れる。

 だが、弾き返されることはある程度想定済みだ。だからこんなことでは僕は諦めない。何度だって試してやる。

 ゴーレムの攻撃パターンは一定で、殴る蹴るといった人間と同じような動きしかせず、その上動作が遅いという欠点があるため、予備動作さえちゃんと抑えていれば、難なくかわすことが出来た。

 しかし全くと言って良い程ダメージが通らないので、こちらの体力だけが着々と削られていく。それにより、僕の動きも着々と遅くなっていく。

 その間もアカリは塞ぎ込んだまま動けずにいた。とにかく動けるようになってくれれば、それなりの活路もあるのだが、今のままではどうしようもない。早くダメージが与えられることを証明してアカリを立ち直らせなければならない。

 背中はアカリが攻撃してダメだったし、目は僕が最初に攻撃してダメだった。手足も確認したし、腹の辺りも何度か攻撃してみたが反応が芳しくなかった。僕が考えられる中で残っているのは口だけだ。

 僕は最後の希望を込めて相手の攻撃を避けると、地面に叩きつけられたその腕を踏み台にして相手の口に炎を纏わせたラビット・ナイフを突きつけた。

 ナイフは今までと異なる、ガンッ、という鈍い音をたてながら動きを止めた。攻撃が通った訳ではない、ナイフはゴーレムの口に咥えられてしまい、引き抜くことができなくなってしまったのだ。

 僕は慌ててナイフを引き抜こうと試みたがピクリとも動かない。

 そして、ナイフを取り返すことに必死になってしまった僕は、ゴーレムが腕を振り上げていることに全くと言っていい程、気が付いていなかった。

 そしてゴーレムの拳が僕の身体を捉える直前になって、ようやく僕はその危機に気が付いた。その瞬間、顔の血の気が一気に引いていくのを感じた。

 「ゴフッ」という鈍い音と共に激しい嗚咽に襲われ、僕の見ていた景色がグルンと一回転し、その後は自分がどこにいるのかも、わからなくなった。

 何メートル飛ばされたのだろうか。最早痛みすらも感じられない。痛みは感じられないのに、身体がピクリとも動かない。

 むしろ、あの一撃で死ななかったことが奇跡なくらいだ。いや、もしかすると既に死んでいるのかもしれない。だからこそ、身体が動かせないのだろうか……。

 僕は目だけを何とか動かして、ゴーレムの方を見る。何とかゴーレムの姿を視界に捉えた僕は目を細めて、ゴーレムを凝視する。

 僕はその光景に目を疑った。ゴーレムは先程まで戦っていた僕をまるで無視するかのように、震えて塞ぎ込んでいるアカリの方へと歩を進めているのだ。

 待て……、お前の相手は僕だろ。今まで戦っていたのは僕だぞ。僕の方を見ろよ。

 しかしその言葉は、僕の頭の中で何度も反芻されるだけで口から発せられることはない。口すらも動かないのだ。

 しかし、何故ゴーレムは僕の方へと向かってこないんだ?どう考えたって、今まで戦っていた僕を先に倒すのが普通だろ。

 そんな疑問を抱きながら、目だけを動かして辺りを見回した僕は、驚きの事実を知ることになる。

 何と、ゴーレムに吹き飛ばされたその先はボス部屋の扉の外だったのだ。開け放たれた扉を潜り抜けて、僕は扉の外へと放り出されていた。

 ボスは、ボス部屋から出ることはない。今まで戦っていた僕がボス部屋の外に出てしまえば、必然的に狙われるのは残されたアカリじゃないか。

 僕だけ助かるって言うのか……。

 このまま身体が動かなければ、確実にアカリは殺されてしまう。

 ここはセーフティゾーンだ。僕は身体が動くようになるまではボスに襲われることもなく、他のモンスターに襲われることもない。

 身体が動くようになれば、このダンジョン攻略を諦めてもう一度入口に戻れば僕は助かることが出来るだろう。

 しかしそんなこと、在っていいはずがない。助かるとしても、その権利は僕ではなく、こんな僕を必死になって助けてくれたアカリに与えられるはずだ。こんな結末在ってはならない。

 僕が知っている主人公たちはいつだって、動けなくなるほどボロボロになりながらも、誰かを護りたいというその一心で、あるはずのない力を発揮して敵を倒してきた。

 僕にだってその主人公たちに負けないくらい、アカリを護りたいという気持ちがある。僕にも、あるはずのない力を発揮することができないのか……?

 いや、違う。そんな人任せな考え方じゃダメだ。発揮するんだ。僕はなんとしてでも、アカリを護りたいんだから。

 僕はいつの間にか立ち上がっていた。動くことのできない身体で立ち上がっていた。

 心臓の鼓動が耳元で律動を刻むかのように大きく鳴り響く。そのせいで、心臓の鼓動の音以外何も耳に入ってこなくなる。心音は一定の律動を刻み、思った以上に心が落ち着いている事を理解する。

 僕は頭に流れ込んでくる言葉の羅列を無意識のうちに、口から紡いでいた。自分でも何と言っているのかわからない。それでも、この言葉を止めてはいけないと、自らの心が警鐘を鳴らしていた。

 そして、言葉の羅列が頭から消えたのと同時に、魔導書がこれまででは考えられないくらいに輝きを増して光り始めた。

 魔導書に記されているような文字と記号の羅列が輪を模って僕を包み込む。僕の身体は光輝き、僕の手にはいつの間にかラビット・ナイフが携えられていた。

 その間にもゴーレムは一歩、また一歩とアカリに近づいていく。無心になった僕の頭の中に、魔導書になっているはずのアイリスの言葉が流れ込んでくる。


『な、何よこれ……。こんなことって、あるはずがない。魔法で、パラメータの全てが変動するなんて……。しかも、倍?いや、それ以上じゃない。これじゃまるで、別人みたい……』


 どうやら先程無意識に紡いだ言葉は魔法だったようだが、もう一刻の猶予も残されていない。僕は無心のまま地面を蹴って、凄まじいスピードでゴーレムへと接近した。

 身体が感じたことが無い程軽くなっていた。まるで瞬間移動するかのように、気が付いた時にはゴーレムの背中が目の前にあった。移動したのは紛れもなく僕のはずなのだが、そう感じるほどに僕の移動が速くなっていた。


「誰かを護りたいと思う気持ちが、護れると信じ抜く心が僕の力だ」


 僕はもう一度立ち上がる。大切な仲間を護るために……。

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