最奥

 それにしても、随分奥まで走って来たようで、今自分達がどこにいるのかさっぱりわからなくなってしまっていた。でも、心配することはない、魔導書には便利なマップ機能が付いているのだ。

 ということで、アイリスに魔導書に戻ってもらって、僕はマップのページをめくる。

 その広大なマップを見て、自分達がこれまで冒険してきた記憶をフラッシュバックさせながら、そのページの端の方に残された奇妙に空いた部分に目をやる。ちなみに自分達が今いるところはマップ上に丸い光が浮かび上がるので、現在地もバッチリ確認できる。

 そして自分達の現在地から少し行ったところがその空白の空間なのだ。


「遂にボス戦みたいだね。最低ランクのダンジョンでこれだけの広さだと、今後は余程準備していかないとダメそうだね」


「何言ってんのよ。まだ終わってないわよ。むしろ、ここからが本番じゃない。そんな先のことは、終わってからゆっくり考えればいいのよ」


「そうだね。でも、アカリがいればランクEのボスくらい余裕だよ、きっと……」


「まあ、ご期待に添えるように頑張るわ。トオルも無理はしないでね。ダメだと思ったら、すぐにフロアから出るのよ。あんたの方が弱いんだから」


「事実ではあるんだけど、面と向かってそう言われると少し思うところはあるよね」


「じゃあ、私より強いって私の顔見て言える?」


「うっ……、わかりました。ダメだと思ったら逃げます」


「うん、それでよろしい」


 結局僕はいつも通り、アカリに護ってもらうしかないようだ。まあ、アカリもそれを全然嫌がっていないようなのでいいのだが、男としてはやっぱり受け入れられないところもある。


「なに女に言い負かされてんのよ。だらしないわね」


 僕の気も知らずに、性悪妖精は相変わらず毒を吐いていく……。

 僕たちがそんなやり取りをしながら進んでいると、やがて魔除けの花がそこかしこに生えたフロアが顔を出す。

 そしてその先には、様々な文字や壁画に彩られた、群青色の巨大な扉が鎮座していた。それがボス部屋の扉ということは、誰に言われるでもなく理解することができた。


「このセーフティゾーンで少し休憩してから行こっか。」


 アカリが岩壁に腰を下ろしながら魔導書を開き始める。僕も軽く頷くと、それに倣えで岩壁に腰を下ろす。アカリは慣れた手つきで、パンや聖水を魔導書から取り出して口に含んでいく。

 そんなアカリの様子を見ながら僕はパラメータの記載されたページを開く。


 筋力:38 耐久:32 敏捷:35 技量:23 魔力:20 運:27


 運のパラメータのどのようにして上がるのかは謎だが、およそ平均パラメータが30くらいにはなった。しかし、これでもアカリの初期パラメータよりも幾分低いだろう。正直ボス戦に向けては不安しかない。

 僕のパラメータを聞けばアカリにも不安が伝染するのは目に見えているので、今はパラメータの話は伏せておくことにする。

 僕もパンや聖水を補給して、パラメータを最大限活かせるように準備を整える。どれだけパラメータが高くとも、パラメータ通りの戦いが出来るかどうかは精神力や体調などに依存する。

 ボス部屋の前にセーフティゾーンがあるのも、ここで精神力や体調を整えるためだろう。

 手元に出した分のパンと聖水を食べ終えると僕は少しだけ目を閉じる。睡眠は体調を整えるのに欠かせない行為なので、少しでも余裕があるなら寝ておいた方がいい。いつものように、僕は暗闇の中に落ちていく。




 珍しく夢を見なかった。もう何が夢で何が現実なのか、かなり曖昧になってきているが、今回においては夢と感じるものを見ることはなかった。

 余程熟睡していたのだろうか、とも思ったりしたのだが、こんな場所で熟睡ができるとも思えない。今回が特別だったのだろう。

 まあそれはさておき、今はなかなかの天国が広がっていた。片や僕の肩の上には、顔だけは可愛い妖精が小さな寝息を立てて眠っており、片や目の前には、顔もスタイルも性格もいいスポーツ少女が無防備な姿で横になって眠っている。

 これがどこかの部屋の中だったりすれば、そのままどうにかなってしまったりするかもしれないが、如何せんここはコケや草花に覆われた、ダンジョンの一画なのだ。

 しかもボス部屋の前の、こんな緊張した空間で何かが起こる訳がない。まあ、ここが自分の部屋だったとしても、たぶんアカリやアイリスに手を出す勇気は僕には無いんだけど……。

 僕はそんな彼女たちの寝顔を微笑み交じりに眺めていると、アカリの口からボソボソと寝言が漏れだしてきた。


「ごめんね。ごめんね、透。見捨てたりして、ごめんね」


 彼女はどんな夢を見ているのだろうか?僕はこれまで見捨てられたことはないし、もしかしたら、僕が見捨てられる未来があるのだろうか。それとも、僕とは関係ない、別の人間の夢を見ているのか……。

 しかし、彼女の夢を覗き見ることはできないし、彼女の意志のない寝言についてどうこう言及する気にもなれない。

 彼女と一緒に旅をする中で、その真意を知ることができるその時まで、このことについては僕の中だけの秘密にしておこう。

 それから幾分か僕がぼうっとしながら過ごしていると、アカリが目を擦りながらゆっくりと身体を起こす。

 まだ眠気眼で頭が覚醒しきっていない呆けた表情で、僕の方を眺めてくる。


「あ、おはよう、トオル。もう、起きてたんだ。早いね」


「うん、おはよう。アカリこそゆっくり眠れた?これから先は、アカリに頼っちゃうことになるだろうから、しっかりと休んでもらわないと」


 僕の言葉にアカリは笑みを浮かべながらこう答えた。


「大丈夫だよ。ゆっくり休めたし、気分もいいわ。これなら、全力でボスと戦えそう」


 その表情とその言葉は、僕の心に安らぎを与えてくれる。正直、僕は大した役には立てないと思う。つまり、アカリの調子こそが僕たちの勝敗を左右することになるだろう。アカリが伸びをしながらユナンに声を掛けて出発の準備をする。


「じゃあ、行こっか」


 僕はアカリの元へと歩みより、座っているアカリに向けて手を差し出す。僕のその行動に、一度は困惑した表情を見せて俯いたものの、もう一度僕の顔を見てその手をとった。いつの間にかアカリと触れ合うのが当たり前になっている気がする。

 僕とアカリはボス部屋への扉に左右に別れて手を押し当てた。


「それじゃあ、準備はいい?せーので、一緒に開けるよ」


 僕の言葉にアカリは力強く頷くと、僕の合図を待つように視線を扉の方へと向ける。僕もそれなりの覚悟を決めて、一度息を吸い込むと大きな声で合図した。


「行くぞ。せーのっ!!」


 僕の合図に合わせて、僕とアカリは同時に巨大な扉を押し開いた。扉はかなり重くギシギシと大きな音を立てながら、ゆっくりと開いていく。やっとの思いで扉を開き切ると、その内部は暗闇と静寂に包まれており、中の様子が容易には伺うことができなかった。

 僕はそんな暗闇を、目を細めながら凝視していると、その巨大なフロアの中に鎮座する、六本の燭台が一気に火をあげて、フロア全体を明るく照らす。

 明るくなったフロアの中心には、巨大な黒い影が恐怖を掻きたてる眼光をこちらに向けながら、佇んでいた。

その岩は巨大な人の形を模しており、かなり太く作られた両手両足、そして、その一番上には人の顔のように二つの怪しく光る眼を持ち、口のような空洞が見て取れる。


「ゴーレムか……」


 僕はその姿を見て咄嗟にそんなことを呟いた。岩から成る人型モンスターと言えば、この名前しか出てこないだろう。つくづく僕の知るファンタジー世界に似通っている。まるで、僕らと同じ世界の人間が創りだしたかのように……。

 それにしても、でかい……。身長はおよそ三メートルを越えようかという大きさだ。僕の倍近くはある。

 こんな奴に僕たちの攻撃がまともに通用するとは思えない。いや、パラメータの高いアカリならば、それでも何とかなるのかもしれないが……。

 ゴーレムは口と思われる空洞から、洞窟を吹き抜ける風のような低く耳を震わせる音を発する。


「ごおおおおおおおお!!」


 その声と共に燭台の炎が大きく揺れる。ゴーレムのその叫び声を合図に、アカリがレイピアを携えて接近を試みる。見た目からして動きが素早い方ではないだろうから、まずは回り込んで背後からの攻撃を試みる。

 アカリはランクから考えるとかなり高い敏捷を活かして、ゴーレムの背後を取りすかさず攻撃の態勢を取る。

 レイピアに風を纏わせることも忘れずにアカリはゴーレムに一撃を浴びせた。だが、アカリのレイピアは相手に傷を与えるどころか、むしろその刃を弾き返されてしまった。


「えっ……?」


 アカリは何が起こったのかすぐに理解することが出来ずに、気の抜けた声を漏らす。アカリの攻撃力をもってしても、攻撃が通じない……?

 そしてアカリの攻撃を弾き返したゴーレムは、振り返り様にその太く巨大な腕でアカリを殴り飛ばした。

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