初戦

 ダンジョン内部は今のところ入口から一本道で迷うことなく進むことができている。魔導書の中には便利なページがあり、ダンジョンの地形を自動的に記していってくれるのだ。

 これにより、基本的に迷ったりする心配はない。先に進む道が見つからなければ、まだそのページに記されていない場所に行ってみればいい訳だから。

 そんな訳で僕たちは一本道をゆっくりと進んでいる。一本道とは言ったものの、その道幅は割と広く、アカリの剣なら余裕で振り回すことが可能だ。コケや石からの光で辺りはまばゆいほど照らし出されており、急に襲われるという心配もなさそうだった。

 モンスターと遭遇することもなく、ダンジョンに入ってから数分間が過ぎていた。


「以外といないもんだね、モンスター。まあ、いきなりゾロゾロと出てこられても困るけど……。でも、ボスまでにはある程度は鍛えとかなきゃダメだから、このまま何も出てこないってのも問題だよね」


 まあ、モンスターが出てきたところで、最初僕には何もできることはないんだろうけど……。

 そういう意味で僕は少し落ち着いているのかもしれない。アカリはというと、先程から一言も言葉を発していない。まあ、完璧に女の子任せにしているのはどうかと思うけど、これに関しては仕方がないと割り切っている。


「何よあの女。さっきまであんなに張り切って、魔導書から剣出したりしていたくせに、一言も喋らなくなってるじゃない。どんだけ緊張してんのよ。まあ、どっかの役立たずが重荷になってるから、余計緊張してるんだろうけど……」


 わざわざ余計なことを言う奴が僕の右肩に一匹いるのだが、その言葉にもアカリは一切反応を見せない。本当に緊張しているんだな。アイリスもあまりの無反応に白けたのか、それ以上何も言うことはなかった。

 でもやっぱり僕って、アイリスの言う通り完全にアカリの重荷だよな。アカリがここまで緊張しているのはきっと、僕を護らなくちゃ、とか思っていてくれているからなのだろう。そう信じたい……。

 そんな感じで会話のないまま、さらに数分歩いたところで、遂に僕たちは遭遇した。現実世界で目にしたことのない、巨大な蟻のような生物に……。

 シャアッ、と鳴き声のような音を発している口の二本の触角のような部分がせわしくなく動き続けている。どうやら岩壁から生えるコケを食べているようだ。


「まだ気が付いてなさそうね。トオルは下がっていて。今のあんたじゃ、悪いけど邪魔になるから」


 傍から聞いたら酷い言われ様に聞こえるかもしれないが、僕もそれには同意なので、大人しくその生物から距離を取る。アカリは魔導書からレイピアを引き抜いて構える。深呼吸しながら、息を整えて自分のタイミングを計る。

 そして地面を蹴って一気に巨大な蟻に接近する。あと数メートルといったところで、蟻型モンスターはアカリの存在に気付いたが、蟻の動きの速さではアカリが到達する方が明らかに早い。


「はああああああああ!!」


 アカリは精一杯の力を込めて、蟻の身体にレイピアを突き刺した。


「やった」


 僕はその光景を見た瞬間倒したと思って、思わずガッツポーズをして声を上げた。

 だがそう簡単には終わらない。蟻型モンスターは六本ある足の内の前足でアカリを振り払った。その前足はアカリのプレートにヒットし、アカリは数メートル飛ばされて岩壁にぶつかった。

 凄まじい力だった。人間を意図も容易く払い飛ばしたのだ。しかもメートル単位で。これが始めてのダンジョンで最初に出てくるモンスターの力かよ……。

 蟻型モンスターは、アカリに刺されたところから緑の液体を垂れ流しながら奇声を上げて、すぐさま体制を立て直す。そして、六本の足を動かしてこちらへと向かってくる。


「アカリ、大丈夫?」


 僕はすぐにアカリの元へと走り寄ろうとしたが、アカリはそれを拒絶する。


「来ないで。大丈夫だから。あんたが来ても何もできないでしょ」


 それはそうだけど……。見ているだけなんてやっぱり辛い。何もできない自分がどうしようもなく悔しい。そんな僕の悲痛な表情を見たアイリスが、僕の気持ちを酌んでか考えられないことを言い出した。


「しょうがないわね。あんたはここでジッとしてなさい。あんたの代わりに、私があの子のサポートに回るわ。まあ、死なれても困るしね」


 そう言って、アイリスが僕の肩を離れてアカリの元に向かう。アイリスの表情は、今までに見たことないような真面目で大人びたものだった。


「だらしないわね、本当に。あんな雑魚モンスターぐらい、一撃でやっちゃいなさいよ」


 そんなアイリスの言葉に、アカリは一言こう返す。


「あんたのご主人様ほどじゃないけどね」


 うわあ……、僕のいないところで、僕への誹謗中傷を言うのは止めて欲しいな。まあ事実なんだけど……。


「まあ、それを言われたら、私も返す言葉が無いわ」


 そんなことで急に仲良くならないでよ。まあ、同じ敵を持つ者同士は仲良くなるって言うしね。……って、僕はアイリスたちの敵じゃないよ。


「だから、トオルの代わりに私がサポートしてあげる。感謝しなさいよね」


 アイリスの言葉は相変わらず高飛車で、いちいち気に障る言い方ではあるが、それでも彼女たちが初めて歩み寄った瞬間だった。


「感謝なんかしないわよ。だってあなた、私が死んだらご主人様も死んじゃうかもしれないから、手伝いに来ただけでしょ?」


 アカリの言葉にアイリスは「うっ」と口を噤んで苦い顔をしてアカリにこう言った。


「あんた、本当に可愛くないわね。まあ、あんたがそっちの方が私のサポートを受けやすいって言うなら、それでもいいわよ」


 珍しくアイリスが素直に折れていた。それにはアカリも驚いたようで、一瞬鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でアイリスを眺めていた。でもその表情もすぐに元に戻り、視線も蟻型モンスターへと戻した。


「で、具体的に、何のサポートしてくれるの?」


 蟻型モンスターが少しずつこちらに向かってきているのを見て、アカリも焦っているのか、かなり早口でアイリスに尋ねる。アカリの額からは一筋の汗が流れ落ちていた。


「あいつの名前は、エノルメ・ザンザーラ。昆虫系モンスターで、腕力だけはかなり高いモンスターよ。でも、見ての通りスピードが遅い。だから、一撃で決めようとしないで、相手の動きをよく見て。少しずつダメージを与えていくのが得策よ。あなた、ちょこまか動き回るのは得意でしょ」


 皮肉を一言入れるのは忘れない。でもそのおかげでアカリの緊張も少しほぐれたのか、少しだけ表情が和らいだ。


「つまり、あんたは情報で私をサポートしてくれるってことね」


「当たり前じゃない。私が戦えるように見える。あなたの目は節穴なの?」


「そうかもね。私あんたのこと、今はちょっと良い奴に見えているから……」


 その一言を残してアカリはもう一度地面を蹴って、ザンザーラに接近する。残されたアイリスは少し頬を染めて、そんなアカリの後ろ姿を眺めていた。

 今度は完全に敵の視界に入っている。アカリの接近に気付いたザンザーラは前進を止め、前足を鎌のよう曲げて、アカリが来るのを待ち構えている。

 そして、アカリの接近するのを見計らって、前足を思いっきり振り下ろした。足が突き刺さった地面はひび割れ、ザンザーラの凄まじい脚力を物語る。

 しかし、アカリは今回そのまま突っ込むのではなく手前で跳躍し、ザンザーラの背後へと回り込み、そのままザンザーラの胴へと素早い三点突きを放つ。

 ザンザーラはまたも奇声を上げながら、今度は後ろ脚だけで立ち、それを中心に胴を一回転させる。もちろん前足は相変わらず鎌のように構えられている。

 アカリはそれを背後に跳躍して避けると、遠心力で体勢を崩しているザンザーラに向けてすかさず突きを入れていく。

 作業の様な地味な攻撃だが、それでも少しずつ確実にダメージを与えていく。さらに二度ほどその流れで攻撃を加えたところで、アイリスから言葉が掛けられる。


「あと一息よ、一気に畳み掛けて」


 アイリスの言葉に無言の返事を返すと、アカリは一気にザンザーラへと接近する。そして、これまでで一番力を込めた突きをザンザーラに向けて放った。

 自らの胴へとレイピアを突き立てられたザンザーラは、身体を一度反り返らすと、そのまま地面へと伏して絶命した。

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