お前を抱き枕にしてやろうか

第18話

 家路を急ぎながら頭に思い浮かんでくるのは、かすかとのこれからのこと。夜来さんに話したからだろうか、はっきりいろいろなことを考えられるようになっている。幽霊になっても会いに来てくれた最愛の人への想いを貫き通すか。それが自己満足にすぎないとしても、青春の友だったアニメキャラに義理を立てるか。

 それは、二者択一というわけではなかったのだと、ようやく分かった。両方ともおれにしかできない、おれがやるべきことだったのだ。


おれはアニメキャラごと、かすかを抱いてみせる!


 なんでだろう、通りすがりの子供や中年男性から不審な眼で見られているような気がする。だが、そんなことはどうでもいい。毎日通る川沿いの道が遥か遠く、暮れなずむ夕日に向かって伸びていた。


 気が付くと、アパートの部屋の前に着いていた。ドアを開けようとポケットの鍵を探すが見当たらない。どうしたんだっけと考えていると、中から足音が聞こえ、ドアが開いた。そうだ、出かける時に鍵を預けてい……。

「そうたくん、おかえりなさいだべさ!」

 ドアが開いたと思ったら、北海道弁(?)を話す少女が、突然おれに力強く抱きついてきた。長いビビッドな緑髪をリボンで縛り、広い袖口が特徴的な赤いセーラー服風の制服を着ている。何のアニメの子だったっけ……と思っていると、抱きかかえられて部屋の中に連れ込まれた。


部屋の中は、かすかが綺麗に片付けてくれていたようだったが、机の上にひとつDVD-BOXが置かれている。

「そうたくんが置いていった携帯で自撮りして、画像の詳細検索ができるサイトで調べたら、何のアニメか判明したさ! ちょうど本棚にDVDがあったから、そうたくんが学校行ってる間にどんな子か勉強したべさ。かすか、お利口しょやー?」

すげえ、そんなことできるんだ!


「ちょうどさっき最後まで見たところだべ。エッチっぽいよりはんかくさくてわやになって、どもこもならん話だったさ。でも、このアニメもそうたくんが好きなアニメなんだよね? だべさ」

もう何年も昔、とりわけ本数の多かった時期に放送されていたアニメだったように思う。花札をモチーフにした内容は「上級者向け」という言葉がしっくりくるかもしれない。当時の自分から見ても、粗製濫造と罵られても仕方ないような、どうにもならない代物という印象が強かった。それでも、さまざまに提供されるサービスシーンや、滑り気味のギャグが癖になって毎週の楽しみになっていた。それが高じて、当時さほどグッズとしても一般的でなかった抱き枕カバーを、中学生には大金の一万円をはたいて買い求めた。多くのアニメ系抱き枕につきものの洗練不足、印刷品質の悪さすらも気にならなかった。好きなキャラと一緒に寝られるだけで幸せな気分になり、いつまでも夢うつつの境界で微睡んでいられた。


「また何か難しいこと言ってるべさ。わかるように話してくれたらうれしいべ」

……そのたどたどしい北海道弁風のしゃべり方、疲れないか?

「そ、そんなことないもん?」

「普通の話し方のほうが落ち着くな」。と言ったら、かすかが落胆したようにため息をついた。


「ねえ、そうたくんの理想の女の子になりたいからアニメの女の子の勉強したのに、ぜんぜん喜んでくれないんだね」

「……無理してアニメキャラを演じなくても、おれの理想はかすかだから、かすかはかすかのままでいいんだ」

「かすかが、そうたくんの理想……?」

そうつぶやいたかすかは、顔を真っ赤にして手で覆った、以前は見せたことのないような表情――顔が違うから当然だが――のかすかを見ていて、自分の発言の恥ずかしさに思い当たって顔が熱くなる。「おれの理想はかすか」こんな言葉が自然に出てきたのは、かすかがアニメキャラの姿をしているからなのか、そうでないのか。自分でもよくわからないが、本気で言ったつもりだ。


お互いに顔のほてりを冷まして見つめ合う。すると、かすかがおれに抱きついてきた。枕を抱くのは慣れていても、抱きつかれると毎回緊張してしまう。怪力キャラでも、小柄で華奢なことにしばらく感心していたが、かすかの身体が細かく震えているのに気がついた。

「だいたい、なんでアニメキャラの真似なんてしようと思ったんだよ」

「でも……かすか、怖いの。もう二度と、生きていた頃の自分には戻れないんだって考えると、震えが止まらないの。鏡を見ても、自分がどこにもいないの。だから、かすかがどこにもいなくなっちゃっても、そうたくんと一緒にいられるように、身体だけじゃなくて気持ちや言葉遣いもアニメの女の子になろうと思ったの」


「……かすか」

あまりにも非現実的で背景から浮いた色合いの強すぎる緑色の髪が、光を蓄えてぎらぎらと艶めき、おれの目にその虚ろな色彩を鮮烈に焼き付ける。

「かすかの頬、まるで2Way トリコットに編まれたような、天使の肌触りだ……」

「ふふ、なにそれ? でも、褒めてくれてるんだよね」

「2Wayトリコットの中でも、パールロイカかな?」

 僕のボキャブラリーの中では最高の褒め言葉だ。


「やだ、もう、くすぐったいよ。ふふ、でもね……どの子もそうたくんの好きな女の子なんだなって思うと、ちょっと楽しいの。それに、背が高くて綺麗な大人の女性とか、ちっちゃくてかわいい女の子とか、いろんな子になれるのって、けっこう面白いんだよ? 最初はちょっと驚いたけど、そうたくん、昔から気が多かったもんね。体育の時間、色んな女の子のこと見てた」

たしかに、おれはこれまでたくさんの抱きおんなを抱いてきた。でも、知らず知らずのうちに、いつだってアニメキャラの後ろにかすかを求めていたように思う。そして、かすかのイメージでオリジナルの抱き枕カバーを作ろうとしている……。


「かすか、ちょっといいか。見て欲しいものがあるんだ」

そういって、抱きしめていた腕を解き、ズボンのポケットに手を入れる。

「そ、そうたくん。そんな、急に。私も脱いだほうがいいのかな、恥ずかしい。でも、かすかの身体が見られるわけじゃないけど、いまはかすかの身体だから」

 何かを勘違いしているのか、かすかは顔を耳まで真っ赤にしてセーラー服のリボンを解きだした。おれは急いでかすかの手をつかんで服を脱ぐのを止めた。


「そのキャラ、ラッキースケベも多いけど、その度に主人公が殴られてるんだ……」

「ラッキー……何?」

きょとんとしているかすかに、空いている手でスマホに表示したオリジナル抱き枕のイラスト案を見せた。

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抱枕奇譚~記憶に沈んだ幽かな恋とアニメの記憶を漁る、春の夜伽草子~ テリブル東京 @terrible_tokyo

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