夢は終わらない


「まったく……自分が見てる風景が信じられないよ」


 窓越しに見える実物は、飽きるほど見た写真のそれとは違って、漆黒の闇の中で圧倒的な存在感を放っていた。

 感動と恐怖が入り混じって、自然と涙腺が緩む。


「思えば遠くに来たもんだ」

 すぐ隣で、ウォルトンの瞳も感動に揺れているようだった。

 いつも陽気でおしゃべりな彼も、その迫力に圧倒されたのか、さすがに大人しい。


「人間が思い描く夢ってのは、いつか実現するもんさ。時間さえあればな」

 子どもみたいに窓にへばりつく僕らの後ろで、船長のユタが笑った。


 そうかもしれない。

 飛行機や自動車、スペースシャトル、テレビにパソコン、鉛筆、歯ブラシに至るまで、およそ身の回りにある物はみんな、いつかどこかで誰かが思い描き、夢みたものなのだ。


 こうして僕らがここにいるのも同じだ。

 たくさんの人たちが、気の遠くなるほどの時間をかけて、その夢を見続けてきた。


 そして、多くの人がその実現を見ることなくこの世を去っていった。

 僕らは、厚く積み重なった果たせぬ夢の上にいる。

 これは自分の夢でもあり、誰かの夢の延長でもある。


「人類は、夢を喰って生きてるのさ」

 僕の考えを読んだのか、ウォルトンはニヤリと笑ってみせる。


 戦争、貧困、宗教、差別、福祉、教育。

 世界には解決すべき問題が山のようにあふれている。


 夢を食べてもお腹はふくれない。

 莫大な時間と費用を投じて、いったいそれになんの意味があるのか。

 僕らのことを有害なロマンチストだと批判する人も多い。


 だけど、どうかわかってほしい。

 夢を、生きる糧とする人々もいるのだということを。


 何より僕が貧困にあえぐスラム街から這い上がってこれたのは、この夢があったからこそなのだ。


 あと数時間後、僕らは赤い大地へと降り立つ。

 地球になれなかった惑星、火星。

 そこに、人類の第一歩をしるすために。


 それは誰かが見た夢のおわり。

 そして誰かが見る夢のはじまり。


 人類がいるかぎり、きっと夢は終わらない。

 子どもの頃、図鑑で見た赤い惑星が視界いっぱいに広がっている。


 世界で一番最初に火星探査を夢見たのはどこの誰だろう。

 僕はふと、そんなことを思った。

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