第5話 接遇⑤ はじめの一歩

12

竹内のテストが終わり、休憩時間もあと四十分となる。

しかし俺はあと四十分しかないのかぁと思うことはない。

なぜなら、あと四十分も経たないと俺の嫁・・・じゃなくて香織に会えないからだ!

嫁って妄想だけどね!

竹内はカラカラ笑って向かいに座る早乙女に言う。

「乙女ちゃんもこれだけ言葉遣いができれば問題ないよ。あとは、実際の接遇で表情や声のトーン、喋り方を意識してやれれば大丈夫だよ」

「声のトーンですか?」

早乙女は首を傾げる。

「うん、例えば俳優の竹中直人さんが笑いながら怒るっていうのを見たことある?」

「あ、あります。バラエティ番組で」

「乙女ちゃんは、アレは怒っているように見えるかな?」

「見えないです」と早乙女は首を横に振った。

「じゃあ、逆に怒った顔をして笑ってたらどう?」

「えっと・・・少し恐いです」

少しかよ・・・。

俺は大分恐いんだけど。

「だよね。じゃあ、雅敏が低いトーンで『早乙女』って呼んだらどう?」

早乙女はちらりと俺を見て言う。

「不機嫌なのかなって思います」

「そうだね。あと、雅敏が優しい声音で『早乙女、こっちに来い』って言ったら?」

また、早乙女は俺をちらりと見る。

「私に対して怒っていると思います」

「何でそう思うのかな?優しく言ってるのに?」

「何だか・・・こっちに来いって言うのがどんな用件かもわからないですし・・・不安になります」

「だよね!でも実は雅敏は怒っていなかったとしても、言い方とか声音のトーンで全然意味が変わってくるんだよ」

「そうですね」と早乙女は頷く。

竹内は人差し指を立てて言う。

「特に電話対応とかでもそうなんだけれど、言葉は武器にもなるの。だから、接遇をする上で大切なのは優しくあること!」

「優しくですか?」

「そうだよ。これから先、乙女ちゃんは色んな接遇やサービスを学んでいくと思う。来月からはウチのレストランで働くんだし雅敏や私以外の人の接遇を見ることになる。

でも、十人十色の接遇やサービス、おもてなしは突き詰めると最終的の答えは『優しさ』なんだよ。

優しいから心遣いができる。優しいから目配り気配りができる。優しいからプレゼンテーションでお客様を喜ばせたいと思える。優しいから自分を二の次三の次にできるんだよ」

「優しいから・・・」

早乙女は胸に手を当てる。

まるで、竹内の言葉を胸の奥にしまうために蓋をしているように見えた。

「私はできるか・・・不安です」

「不安?」

竹内が首を傾げる。

俺も首を傾げる。

「お客様の為になんて・・・今まで考えてこなかったから、できるかどうか」

そう言って俯いてしまう。

早乙女は恐らく気付いていない。

自分の努力が徒労に終わるわけがない事を。

「早乙女、お前は何で言葉遣いを完璧に覚えようと努力したんだ?」

「えっと・・・早く仕事を覚えるためかな」

「うん。いいじゃないかそれで」

「お客様の事なんてまだ考えられないのに?」

「言葉遣いは基本、お客様の為に使うものだよ。努力の理由がどんなに自分勝手でも自己満足でも不純でもいいんだ。誰かに褒められたいとか完璧でいたいとかでもいいんだ」

「どうして?お客様に失礼じゃないの?」

「早乙女の努力の仕方なんてお客様は興味ないんだ。お客様は早乙女の出した努力の結果で喜ぶんだ。だから努力の仕方で悩むな、接遇は丁寧である事だけが唯一の結果なんだ。どんな思いでどんなやり方で覚えようと接客業の接遇は全て丁寧であること以外に答えはない。あとはプラスαでサービス精神を付けてあげるくらいだ。サービス精神が早乙女が込めていなくとも丁寧で優しいだけでもサービス精神旺盛だと思う人もいるんだ。自己採点以外で自分の答えを出せるのは最終的には相手なんだから」

「でも、サービス精神が篭ってないとサービス精神旺盛じゃなくない?」

早乙女が言うと、向かいに座る竹内が立ち上がった。

「乙女ちゃん、食後だし温かいお茶飲む?」

「えっ」

急に全く関係のない話がでたためか、早乙女は反応が遅れる。

「い、頂きます」

早乙女が逡巡して答えると竹内はニコリと優しく笑う。

「乙女ちゃんがお客様だったら、こう言われてどう思う?」

「うれしいです・・・けど」

「うん、私もお客様だったら嬉しいよ。サービスが行き届いてるなって思う。でも、今のはサービス精神じゃなくて、優しさから出た言葉なの。全くサービス精神とかを考えてないよ。ただの優しさ」

「あっ!」と早乙女は何かに気付いたように声をあげた。

「ね、お客様とサービスマンの温度差って結構あるんだよ。行き過ぎたサービスをすると逆にお節介だと言われる時もある。確かに、優しさ=サービス精神とは違うかもしれない。

でも優しさから始まる無意識のサービスはあるんだよ。わかったかな?」

「はい!」

「まだ乙女ちゃんは接客業を始めたばかりでしょ?サービス精神とか難しいことは置いておいて、お客様に優しくしてあげることを考えればいいと思うよ。誰かに優しくするのは簡単でしょ?」

「はい!ありがとうございます!」

早乙女は目を爛々にして答える。

竹内を見るとドヤ顔で俺を見下ろしていた。

なんですか、早乙女の好感度あげましたよ的な顔は。

別に俺は妻・・・じゃなくて香織の好感度しかあげるつもりないし、親密度なら香織とはマックスだし(妄想)、この前だってラーメン屋でデートしたし(行き過ぎた妄想)。

別に悔しくなんてないんだからね!(負け惜しみ)

それに、竹内のサービス理論と俺のサービス理論は違うしな。

サービスマンは十人十色だ。

それぞれに『接客とは?』『サービスとは?』の問いにそれぞれの答えを持っている。

つまり、サービスに正解はない!間違いはあるが・・・。

そんな、脳内劇場を繰り広げていると隣に座る早乙女は先程の爛々とした目を潜め俯いている。

やべ、口に出してたか!?

まずい、変態だと思われる!香織に!

否定はできないが・・・。

「どうしたの乙女ちゃん?」と、竹内が早乙女の異変に気付いて言った。

「来月から、このレストランで働くのがちょっと怖くて・・・」

「怖い?」

「失敗したらって不安になるんです。それで平川・・・さんや竹内さんに迷惑をかけたらって」

なんで俺の名前の時にさん付けに躊躇したんだよ。

お前やっぱり、俺の嫁(香織)の脳内妄想を知ってるんだろ!

早乙女から強い視線を向けられていることは気付いていたが、やはり油断できないな・・・。

というより、そんなことで悩むのか。

竹内は俺に視線を寄越す。

俺は頷いて返すと竹内は席を立った。

恐らくお茶を淹れに行ったのだろう。

俺は身体を横に向け早乙女と向かい合う。

「あのな、早乙女よ」

「なに?」

俺に涙目の瞳を向ける。

「こう言ってはなんだが、お前にはまだそこまでの期待はしていないんだ」

「えっ・・・」

そう言うと早乙女はポロポロと涙を流す。

しまった!言葉を選ぶべきだった!

「期待っていうのは違うぞ!お前が何でも一発で完璧にできることに対して言っているんだ」

「・・・・どういうこと?」

早乙女はスンスンと鼻を鳴らす。

「あのな、昨日も言っただろ。初めてなんだから悩んだり苦しんだりするって。そもそも、失敗を心配していることがダメだ。新人なんだから失敗して当たり前なんだよ。だったら失敗して迷惑かけて次に活かしてもらった方が全然良い。自分から積極的に仕事をしていれば失敗するのは当然だ。逆にそうやってもらえた方が俺としては嬉しいね。頑張っているんだなって思う。口に出すか出さないかは別だけどさ。

でも、その失敗を糧にして次は間違えないようにしていけば仕事は覚えていくだろ?

失敗をすることなんて、上司からすれば想定済みなんだ。沢山失敗をして沢山注意され沢山覚える。最初はそれでいいんだ。慣れてきてから効率やら優先順位やら決めればいい」

「うん・・・わかった」

早乙女は涙をポロリと流して答えた。

先ほどの悲しみの顔でなく笑顔で。

だが正直なところ、俺の今の言葉が後々にも効力を発揮することなどあまりない。

悩みや苦しみは変化していく。

だから、その度に俺は勇気付けてやるしかない。

「いいか、早乙女。人は失敗をする。

一難去ってまた一難もあるし、泣きっ面に蜂のように失敗を重ねてしまうこともあるだろう。俺からすれば『そんなの』想定済みなんだ。

中には予想外や予想以上の失敗をしたりするときもあるだろう。

それでもだ、俺にできるのは上司として先輩として早乙女が腐らないよう仕事を嫌いにならないようにフォローとケアを確実にしてあげることだ。わかったか?」

俺の長い長い説明をじっと俺の目を見て聞いていた早乙女はコクリと頷く。

「ありがとう・・・ござましゅ」

最後に噛みやがったよ。

可愛いけど。


しかし、失敗をして悔しいと思って頑張ってくれる人もいるが全員そうではない。

早乙女のように不安を抱える人もいる。

十人十色・・・人には個性がある。

失敗をして、必要以上の自己嫌悪をして落ち込みすぎる人もいれば、笑って次だ!と言える人もいる。

呑気に見せて心の底で悲しむ人もいる。

もう仕事なんてしたくないと仕事への不信感を抱く人、こんなに頑張っているのにどうしてできないのだと頑張りが空回りして責任感で自分を圧し潰す人もいる。

逃げ出したくなるだろう、接客業を選んだことが失敗だったと・・・。

お客様のサービスを考え実践し優しくあろうと頑張っているのに報われない。

確かに優しい人は損をする。

だけれど、それが接客業でもある。

毎回、自分に優しくしてくれるお客様が御来店されるとは限らない。そういう上司や同僚がいるとも限らない。

嫌な態度をとるお客様や職場の人もいる。

どのような仕事でも周囲の環境に馴染めない人や仕事に慣れない人もいる。

それを助けるために上司や先輩がいる。

俺が早乙女より早く生まれ早く仕事を覚えたのは別に早乙女と共に同じ店内で働くだけの関係を作るためではないし、単調に仕事を教えるためではない。

自分の経験や得た情報を使ってマイナスな思考を持ちすぎる早乙女や他の後輩達。

反省は必要だが悲しむ必要のないのに自分の失敗を責めてしまう後輩達をしっかり見てアドバイスやケアをすることが上司の役割だ。

何度でも後輩達がめげずに付いてこようとするのなら、アドバイスやアフターケアを此方も何度でもしてあげることだ。


けれども、常に忙しい業務のなかで行うことは難しいことであるかもしれない。

後輩より仕事を知っている分、ノルマ達成や営業だけでなく店舗管理における原価や人件費の計算や予測、目標売り上げへの戦略、前月の売り上げへの反省や来月の売り上げのための資料作りもあるだろう。

それでも、上司でも役職付きでも重要な仕事は後輩を一人前にすることだと俺は思う。

上司のやってはいけないことは、後輩や下の社員を気にかけてあげないことなのだから。


俺は、そうやって店長に助けられ救われ育ってきたんだ。

失敗した仕事に間違いなんてない。

失敗をしたから学べる。

仕事だけでなく人類の進化もそこにあるんだ。

『失敗は成功の元』。

当たり前だけれど、その当たり前を肯定できない。

失敗は失敗・・・違う。

失敗は次に活かせば成功だ。

それでも失敗したなら相談すればいい。

聞くのが恥ずかしくても聞く、少しでもアクションを起こせば上司から聞きに行く、

どうかしたのか?・・・と。

上司に甘えていいのが新人の特権だ。

そして、向こうから聞かないから教えないのは見捨てているのと変わらない。

だから、俺は早乙女が少しでも聞きたそうにしている仕草一つで動く。

俺は、上司で先輩だから。

早乙女が女でなく男でもそうした。

店長がそういう仕草の場合は十割方、告白なので待ったなしにいつでも結婚はできます!と答えるまである。

まぁ、それは別にいい。


そしてこの先、新人の早乙女にはたくさんの壁がある。

超えられる壁もあるだろうし疲労やストレス、緊張、不安で超えられない壁も出てくるだろう。

もう無理だと『このままの自分』でいたいと思う時があるかもしれない。

だったら一度逃げ出せばいい。

逃げてまた挑めばいい。

チャンスは転がっていなくても、俺がチャンスを与えてやる。

気づけないなら気付かせてやる。

俺は早乙女の味方で教育係なのだから。

だから、早乙女には強くあろうとしなくていい事を教えてやりたいのだ。

弱いからこそ、人の気持ちがわかるのだから。


それでも所詮は綺麗事と言う人もいるだろう。

理想論だと・・・、神様でも魔法使いでもないのに全てのお客様に感動も満足も与える事など無理だと。

ピークタイムで考えてる余裕などないと。

しかし、サービスマンがサービスを諦めた時点でその人のサービス精神はそこで終わってしまうのだ。

停滞し落ちていくだけになる。

俺にも何度もあった。

特に新人の頃はピークタイムでは目の前の事を片付ける事で精一杯で周りを見る事が出来ずレジを長蛇の列にさせ、メルシーではビールやワインをお客様にぶっかけた事もある。

仕事終わりは次は頑張る!次は頑張る!だけだった

店長はそんな俺にアドバイスをくれた。

『かけ声だけで走ることはできないよ。かけ声を変えるだけで走り出せるときもあるのよ』と・・・。

やると言うのは頑張るというのは誰にだって言える。

具体的な行動を起こせるかが重要なんだ。

頑張るじゃなく、何のため、誰のためか・・・

正直なところ、俺にあったのはお客様のためではない。

香織のためだ!

だから頑張れた。

流石に、今はお客様の事を一番に考えているが・・・本当だよ?

新人の頃はどうしても背伸びをしてしまいがちになる。

役に立ちたいとか、迷惑かけたくないとか、誰よりも一番になりたいとか。

立派だと思う。

しかし、とんでもなく疲れるだろう。

最初は背伸びせず、自分の速度で自分勝手な考えでモチベーションを上げて取り組めばいい。

優しさから始まるサービスも、自分勝手な欲望で始める仕事のモチベーションでもいい。

『はじめの一歩』は、そんなところでいい。


因みに今の俺は愛する嫁(香織)のために早乙女を一人前にしてみせる!がモチベーションだ。

こんな風に動機が不純であろうと、行いと結果が良ければそれでいい。

自分なんて・・・とマイナス思考になるときもあるだろうし、常にマイナス思考なときもあるだろう。

だが、マイナス思考を持つことは接客業ではいいことだ。

マイナス思考は言うなれば危機管理ができすぎる人だ。

問題は自分を責めてしまうこと。

人は簡単に怒るが簡単には嫌いにはならない。

更に言えば、人は簡単に人に興味を示さない。

親や友人を殺されたなら別だが。

そしてマイナス思考を自分でなく店舗で思考できれば危機管理のできる人材になる。

その場その場でお客様の為にお客様に起こりえるマイナスを考えてあげる。

そして、それに必要な回避方法やアフターケアを考える。

何もないならそれでいい。

そして、実際に起きたのなら行動を起こす。

ぶっ飛びすぎた内容でも、ゴジラやら宇宙戦争でないのなら一万分の一でも起きるときは起きる。

それでいいと思う。

早乙女の場合は、どちらかといえば臆病なだけかもしれないが・・・。


13

ようやく、早乙女が泣き止んだところで竹内が銀のトレンチ(丸盆)にカップを三つ乗せて戻ってきた。

「雅敏・・・乙女ちゃん泣かせたでしょ」

低い声音で言った。

怒ってるよね?さっきの話じゃないけどこれで怒ってないなんて言ったら竹内の感情表現がおかしいからね!

「別に泣かせたわけじゃない・・・言葉を間違えただけだ」

「それで傷付いたから泣いたんでしょ!謝りなさい!」

「なんで!?」

「あんたね、年上だろうと上司だろうと傷付けたのなら謝る!人として当然のことよ!」

「う・・・早乙女、悪かった。ごめん」

俺は早乙女に頭を下げる。

早乙女は赤くなった目をパチクリとした後、慌てて立ち上がる。

「平川さん、やめてよ。私嬉しかったから」

「嬉しい?」

椅子に腰を下ろしトレンチをテーブルに置いて訊ねる。

「とても、安心できたから・・・かな」

「そっか」と竹内は微笑んだ。

いやいや、何かハッピーエンドみたいになってるけど俺にとってはバッドエンドだから!

気持ち的にはデッドエンドなんですけど!

同じバレーボールチームのサーブボールが頭部に直撃したかのような裏切り行為だよ!

「紅茶淹れてきたから飲んで!」

竹内は笑顔でカップを俺と早乙女に配膳する。

「あ・・・美味しい」

早乙女は一口飲んで、感想を口にする。

「ありがとう!」と竹内は笑った。

俺も一口飲むが、やはり美味い。

いつ飲んでも竹内の淹れる紅茶は美味い。

「私ね、紅茶インストラクターと珈琲コーディネーター、ハーブコーディネーターの資格を持ってるの。だから紅茶なんて朝飯前よ!」

「凄い!」と早乙女は黄色い声をだし感激の目を向ける。

「昼飯食ったばかりだけどな」俺はぼそりと言う。

「は?」と竹内が睨め付けてくる。

俺は目を合わせないように紅茶を啜る。

「よし、これ飲んだら戻るぞ早乙女」

俺は話を逸らすように言う。

だって、まだ睨んでるんですもん竹内さん。

「うん」と早乙女は頷き、フーフーと紅茶を冷ます。

猫舌かお前。

「ごめん、乙女ちゃん食べたお皿は洗ってね」

「竹内・・・お前、皿食うのか」

ガッチャンかお前は。

俺が揚げ足をとると更に睨んでくる。

「あんた・・・私が乙女ちゃんの前だからって怒らないとでも思ってるのかしら?」

「待て待て、今のはお前が言葉を間違えたからだろうが!?自分の使った皿でいいだろ!」

俺が反論すると竹内はカップを持って立ち上がる。

俺は急いで立ち竹内の腕を掴む。

こいつ、俺に紅茶をぶっかけようとしやがった。

「ア・ン・タは本当に昔から人の揚げ足をとるわね!学生の時もそう!全然変わろうとしない!」

「昔の事を引き合いに出すな!」

俺と竹内が言い合いというよりも醜い争いをしているが、周囲の同僚たちは一切こちらを見ようとしない。

というより、クスクス笑っている奴もいる。

俺がメルシーで働いていた時には日常的な風景だったからだ。

だが一人、竹内の言葉に反応した奴がいた。

「竹内さんと平川さ・・・さんは同じ学校だったのですか?」

だから、何で俺の時だけさん付けを躊躇するんだコイツは。

「そうよ、乙女ちゃん。コイツ中学の時は自閉症で引きこもってたくせに予備校行ってた私と同じ高校に受かって、私が久しぶりって声かけたら『誰だ?』なんて言う失礼な奴よ!」

早乙女に怒鳴るなよ。

てか、いい加減にカップを持つ手の力緩めて欲しいのですけど。

「もしかして、お付き合いをされてるのですか?」

早乙女が意味不明な事を言い出す。

早乙女よ。俺は香織一筋だと言ったであろう。

「は、はぁ!?乙女ちゃん、何言ってるのよ!私がコイツと付き合うわけないじゃない!」

頬を染めて言うな!

勘違いするぞ!・・・いや、しない。

俺には嫁がいるんだ!(脳内妄想)

「それにコイツとは別に何ともないし、休みの日に映画とか水族館とか出かけたことはあるけど・・・別に深い意味はないし」

お前が無料チケットあるから付いていっただけだろう!

やめて!妻(妄想香織)に早乙女が密告してしまう!

「ふぅん、平川さん・・・デートとかしたんだ」

やめて!早乙女さん怖すぎ!

「早乙女、違うぞ。これには訳があってだな」

「訳って何?実際に竹内さんとデートしたんでしょ?」

何で俺が浮気のばれた夫みたいな立場になっているのですか!?

お前、どんだけ店長を盲信してるの?

「行ったけど!でもさ。付き合いってあるじゃないか」

なんで、休日に仕事で家族サービスができなくなった夫みたいな事を言っているのだろうか。

「乙女ちゃん・・・もしかして、貴女も?」

竹内のカップを持つ手の力が抜ける。

早乙女はチラリと竹内を見て顔を赤く染めて俯く。

「え、何なのこの空気」

俺が気を抜いて言うと、竹内が「ふん!」と言ってカップの中身を俺の顔面に直撃させる。

大して入っていないが目に直撃したため激痛が走る。

「ぐあぁぁぁ目がぁぁ」

俺は聖水をかけられた吸血鬼のように悶える。

「乙女ちゃん、この続きは今度話し合いましょうじっくりと。まずは食器洗いに行きましょう。洗い場に案内するわ」

俺は一人残され紅茶の激痛が治まるのを待ったのだった。

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