第4話 接遇④ 言葉遣い

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「テストはいいけど先に食わないか?」

俺は先程よりも湯気が小さくなっているカルボナーラを一瞥する。

「そうだね、食べよっか」

竹内は笑顔で言った後に手を合わせる。

俺と早乙女もそれに習い手を合わせた。

「頂きます」

『頂きます』

俺はカルボナーラの皿の横に置かれたフォークを取りパスタを適当に巻き付け口に入れる。

濃厚なクリームとチーズがトロリとしていて美味だ。

カルボナーラは正式には『スパゲッティアッラカルボナーラ』と言い、第二次世界大戦後に出てきたローマの料理だ。

豚肉の塩漬けと羊乳のチーズ、卵黄、黒胡椒を使って作るスパゲッティで、カルボナーラには炭焼き職人という意味がある。

それは、ふりかけられた黒胡椒が炭焼き職人が料理したら炭が落ちて、このような彩りになるからという由来だ。

塩漬けの豚肉の代わりにベーコンを使用するところが多い。

ふと横を見ると早乙女がフォークを持ちながらオロオロとしていた。

「どうした?」

「えっと・・・スプーンがなくて」

「スプーンを使うのは子供だけだぞ」

「えっ、そうなの?」

早乙女は驚いた声を出して俺を見る。

「乙女ちゃん、あれはね小さな子がパスタを食べる時にフォークの使い方に慣れるためにスプーンを使うんだよ」

向かいで見ていた竹内がにこやかに言った。

「そうなのですか、私ずっとスプーン使ってました」

「今の内に慣れておいた方がいいよ!ボンゴレ系とか食べる時は大変だよ」

「ボンゴレってアサリのパスタですよね?何で大変なのですか?」

ボンゴレはアサリのパスタを総称した物で、種類は大まかに分けて四つある。

白ワインを用いた白のボンゴレビアンコ。

赤ワインとトマトソースを用いた赤色のボンゴレロッソ。

バジルのペストジェノベーゼを用いた緑色のボンゴレヴェルデ。

イカスミを用いた黒色のボンゴレネロ。

この四つが主な種類となっている。


俺は、カルボナーラを食べる手を止める。

「早乙女は、アサリをどうやって食べる?」

「えっと・・・食べやすいように先にアサリの身を取って食べるかな」

相変わらず俺には敬語使わないよね。

まぁ、気にしないけどね。うん。

「不正解だ。正解は片手で殻を抑えてアサリをフォークで取ってパスタとバランスよく食べるんだ」

「手で抑えていいの?」

「フィンガーボールとかはないが、手を使ってもいいんだ。むしろ、全部の身を取って食べる方がマナー違反なんだよ」

「そうなんだ」

「これは、賄いだからないが本来はパンも一緒に出てくる」

「パンも?」

「あぁ、ソースを付けて食べるんだがな。マナー的にはアサリとパスタとパンとソースをほぼ同時に食べ終えるのが理想の食べ方だ」

「そんなことできるの?」

「日本食と同じだ。三角食べとかあるだろ、おかず、ご飯、みそ汁の順に食べるのと同じだ」

「そうなんだ」

早乙女はへぇーと言い頷く。

1へぇーはいらんよ、もう。

食事を再開すると、料理長や他の調理場スタッフがテーブルにやってきた。

「お先に頂いてます」

俺と竹内が料理長に挨拶をする。

「美味いか?」料理長が早乙女に訊ねる。

「は、はい!とても美味しいです」

「おう」

料理長は嬉しそうにしながら席に着いた。

まぁ、女性に言われれば嬉しさ倍増だろう。


11

賄いを食べ終え、竹内はゲス顏になって早乙女に言葉遣いのテストを続ける。

言葉遣いは簡単に言えば相手を敬い失礼のないよう、不快な思いもさせないように気遣う言葉だ。

基本は、尊敬語と謙譲語。

だがしかし、それでは表せない言葉も存在する。

それが書かれているプリントを持っている

竹内は、早乙女に向かってニコリと笑う。

「では、問題です。」

「はい」

早乙女はどもりながら応える。

いや、ビビりすぎでしょ・・・

「『すみません』の正しい言い方は?」

「えっと、恐れ入ります」

早乙女は思い出すように言った。

竹内はふふりと笑うと続ける。

「よし、じゃあ『いらないです』の正しい言い方は?」

「け、結構でございます。」

「結構毛だらけ猫灰だらけ」

「雅敏、うるさい」

俺がふざけようとすると竹内が悪即斬の如く切り捨てる。

「ごめんね、乙女ちゃん」

「はい・・・」

早乙女はちらりと俺を見る。

可哀想な物を見るような目で・・・。

「続きね、『どうしましたか?』は?」

「いかがなさいますか?」

「『どなたですか?』」

「どちら様でしょうか?」

「『どんな御用ですか?』」

「どのようなご用件でしょうか?」

早乙女の奴、しっかりと暗記してるな・・・

「『できません』は?」

「致しかねます」

「いいねえ」

竹内はニヤリとする。

「『Aさんは、おりません』は?」

「えっと・・・Aは席を外しております」

「うん!身内に敬語の『さん』付けをしないところはいいね!」

「ありがとうございます」

早乙女は照れながら言った。

お前・・・褒められるの弱すぎだろう。

「『わかりませんか』は?」

「おわかり頂きましたでしょうか?」

「じゃあ、『わかりました』は?」

「畏まりました」

「『ちょっと待って下さい』は?」

「少々、お待ち下さい。」

「『知りません』は?」

「・・・・存じ上げません」

少し詰まったな。

「『わたし、僕』を指すときは?」

「わたくし」

「『お荷物』は?」

「えっと・・・・お持ち物」

「『お靴』は?」

「お履物」

「『お上着』は?」

「お召し物」

「『いいでしょうか?』は?」

「宜しいでしょうか?」

「『大丈夫です』は?」

「問題ございません」

「『かまいません』は?」

「お気になさらないで下さい」

「『なるほど』は?」

「そうなんですね」

竹内は終わったのか「ふぅ」と息をつく。

「乙女ちゃん、すごいね。全問正解だよ」

「よかったです」

そう言って、俺に目配せをする。

「よくやったな」

俺は早乙女に褒め言葉を与えると、早乙女は照れて俯いてしまう。

照れ癖も直さなければならんな、こりゃ。

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