錆色の空

驟雨

プロローグ

プロローグ



「次の【浮遊都市シュタリーテ】までは、およそ20日の行程を予定しております。目的都市はーーです。お間違えのないよう再度確認をお願いします」


「………それでは狭い車内ではございますが、どうぞお寛ぎ下さい」



先程まで滞在していた都市を発つ際、無機質で変わり映えのしないアナウンスが車内に鳴り響く。

荷物の搬入を終え、全ての乗客はすでに指定された席へと着いている。

大型の都市移動駆輪ライフェニードには一般男性が寝そべり、寝返りをうつことが可能なほどの広さを持つベッド型の席が複数、中央に通路を挟むかたちで二列設置されており、天井からは簡易的な仕切りの役割を果たすカーテンを降ろせるようになっている。

ただの移動用車両には贅沢な仕様だ、と思うかもしれないが、乗客は次の目的地へ辿り着くまで基本的に車外へ出ることは許されない。

一時的な生活の場として考えるとプライバシーの保護などにあまり期待できそうにもないそれらは、これからの旅の行程の長さを思えば、少々心許なく感じられる。


しかし、そのことについて不満を言う乗客はほとんどいない。というよりは、そんなことを言っている余裕がないのだ。




ーー都市の外は【死の世界ファタリテリト】。都市間移動とは多大なリスクを伴うものであるーー


とは、まだ生まれてから両の手の指のかず分の歳も数えてないようなですら知る、この世界の常識だ。

外に特殊な装備無しで出ればどれだけ屈強な人間でも、ものの数分で死に至る。

外の世界ではどのような生物も生きてはゆけないのだ。


ーー ただ一種を除いて ーー





これからの危険を伴う旅路へ不安を抱える乗客が、車内を、どこか落ち着きのない雰囲気にさせている。

そんな中、乗客のひとりに、周囲とは種類の違う不安な表情を浮かべてはいる青年がいた。

顔に多少のあどけなさを残し、どこか頼りなさそうな雰囲気のあるその青年は、手もとの入学案内書類とカレンダーの間に不安そうな視線を彷徨わせることをやめ、やや諦めを含んだ面持ちで車内に設置された窓から窺える外の風景へと視線を移す。




眼前にはどこまでも広がる死の大地。

地形には、秩序のようなものが見当たることがなく、ただただ荒れるに任せたままの状態になっている。

ゴツゴツとした赤茶色の乾いた地面が空に向かって剥き出しに晒されていおり、その細かい粒子が轟々と吹く風に巻き上げられ視界全体を赤茶色に染めている。

その様はまるで生命を持つものすべてに対する怒りであるかのようだ。

乾いた血にも似た色のそれらは、動植物に対してはどこまでも残酷で、凄惨で、容赦が無い。

この世界には希望なんて無いのでは無いか。

世界は生命を、我々の繁栄を憎んでいるのではないのか。

この景色をずっと眺めているとそのような絶望にも似た感覚を覚えるのは、生命を宿すものとしての宿命なのかもしれない。



ーー【錆質ダスト


この世界においてありふれたものでありながら、ただ一種類の生命体【錆鬼ダストレーベン】を除いて等しく死をもたらす物質。

都市の外が【死の世界ファタリテリト】と呼ばれるのには、空気中及び地中に含まれているその物質が関係する。

それらは人の皮膚を、眼を、口内を、鼻腔を、喉を、肺を焼き、特殊な装備を無しでは場合によってはものの数分で生物に死をもたらす。

錆鬼ダストレーベン】を除くいかなる生物もそのもとでは繁栄どころか生命維持すら許され無い。

酷く厳しいこの世の


その厳しい状況下に適応し生命維持することが可能な唯一の生命体が、【錆鬼】である。

単に【錆鬼】と一括りにしても、個体により様々な形態を持つことは確認されている。

古代の神話に出てくる竜のような個体もいれば、本能的に嫌悪感を示さずにはいられ無い異形もいたりする。

一般の人間が知っているようなことは、【錆鬼】は【錆質ダスト】を糧に生きていること。

また、【錆鬼】この世界における絶対的強者であり、それを前にしてはほとんどの人類はただの餌へと成り代わる、ということくらいである。

滅亡・絶望の象徴、理不尽の権化。

捕食者である【錆鬼】に、餌である人間の理屈など通用しない。



ーーではそのような環境下で人類はなぜ存続してられるのか。


それは【浮遊都市シュタリーテ】が存在するおかげである。

【浮遊都市】は、動力機関や【神蔵部ガイストヘルツ】、その他インフラ設備の制御などに必要とされる機関等が円筒の内部に納められ、その上部に人の居住空間が乗っかっているような構造をしている。

そして円筒の表面に円盤状に広がる都市の淵からその上方に向かって、半球状の巨大な透明膜ーー【浄化層フェルティル】が存在する。

またその都市の円筒部の側面には【都脚】と呼ばれる部分が、

都市上部では【浄化層フェルティル】の半球にまとわりつくように半球の三分の一高さまで、

都市下部では、地面に向かって

先に球の着いた重厚そうな棒が幾本も曲がりながら伸びている。

浮遊都市シュタリーテ】を外から見ると半カプセルに付いた蜘蛛の足のように伸びるその【都脚】で歩いているようにも見えるが、実際は【都脚】の下部に付いた球から地面へと特殊な作用が働き浮遊するために【浮遊都市】と呼ばれている。

【浄化層】を物体が透過する際に物体に付着している【錆質】は取り除かれる。そうして過酷な世界から隔離されることで人の生存圏は確保されている。

また、神蔵部にはである【都市精霊】が居ると言われ、それが地表にいる【錆鬼】に反応し、まるで恐れるかのように、地表の【錆鬼】を避ける移動経路を常にとり続けることで【浮遊都市】はこの世界から人類種を保護している。


しかしながら、【浮遊都市】は人類にとって唯一の生存圏であるにもかかわらず、人類は【浮遊都市】についてほとんど何も知り得ない。


ーー【浮遊都市】の起源、製作者や製作技術、存在理由、【神蔵部ガイストヘルツ】に居るといわれる【都市精霊】ーー


それらについて知る手がかりには、信頼性の高い文献などはなく、噂や道聴塗説レベルの口伝しか残っていない。また下手に【浮遊都市】をバラし調べようにも、先立つ知識のない状況下の作業のどれが原因で都市が機能停止するかもわからないので、今や完全にブラックボックスと化している。




今、ある【浮遊都市】から放たれた一台の大型の都市移動駆輪が、左右二列計12輪のゴム性タイヤを荒れ果てた大地の上で駆動させている。


都市移動駆輪にも【神蔵部】などがあり【都市精霊】の持つ探知・回避と似たような機能を持つので【錆鬼】から逃れるように移動経路を選択し自動で移動する。

そこに人間の意思の介入する余地は無い。

行き先も、事前に、都市の精霊どうしの連絡網ーー【精霊網】ーーを介して都市移動駆輪の発着・接近都市の情報を取得し、それぞれの大型都市移動駆輪に割り振られているといわれる。

それらを考慮すると、都市移動駆輪も【浮遊都市】と同等の条件で、【都市精霊】の庇護下にあると解釈できなくもないが、【浮遊都市】よりも【死の世界】をひどく身近に感じてしまうことから不安は拭えない。

車内に伝わる振動も、【死の世界ファタリテリト】の荒廃した大地を意識させるようで不安を煽る。



その悪魔のいびきともいえる車内の振動に身を任せながら青年は、ひとり、不安げに呟くのであった。


「入学式に間に合うかな…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

錆色の空 驟雨 @tanabota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ