第18話 フードファイトしました

 南西区の西通り付近は露店が集中しており、区画の中心から外周方向へ向かうと酒場や娼館がある。恐らく一晩中飲んでいたであろう人や、朝っぱらから酒を飲んでいる人達がそちらからチラホラ現れていた。こいつら仕事してんのかとか考えたが、俺も他人のことは言えないので、特に何をするでもなく、露店が集中している場所へ向かった。


 露店の商品は実に多種多様であった。先程の店で見たような物が倍以上の値段で売られていたり、かと思えば半額以下の値段で売られているようなものもあった。そんな見る目がないと大分損をしてしまいそうである。まあ、俺の神力は無生物の鑑定にも使えるようなのでそこまで損をすることは無いと思うが、油断は禁物だ。口車に乗せられて買わされることもあるのだから。


 俺は露店を一軒一軒見て、掘り出し物がないか探していく。なんだかんだで昼も近づいて来ていたため、その合間に売られていたコーラもどきやらハンバーガーらしきものを食べたりもした。そうやって露店を物色していると、ふと声を掛けられた。


「そこ行く兄ちゃん! ちょっと見て行かないか。いいモンが揃ってるぜ」


 俺は声のした方を見た。そこには身なりの良い若い男がいた。その店の商品をザッと見たが、明らかに適正価格を逸脱した物ばかりであった。商品の値段は売り手に委ねられているとはいえ、通常の十倍の値段で売るのは如何なものかと思った。そんな店の商品を呆れて見ていると、気になるものがあった。


「すいません。これは?」


「お客さん、お目が高い! これはかの有名な伝説の賢者様が作られたと言われている魔道具でございます。今は魔石が入っていないため作動しませんが、その価値は一国の予算を傾ける程でございます。ですが! 本日は特別に、お客様だけ特別に! 百万センのところを十万センでお売り致します! 如何でしょう?」


 ふむ、十万センか。本来の価値を考えると百万センでも安すぎるくらいなんだがな。けど、ちょっと値切ってみるか。


「あー、そうだな。もう少し安ければ買ったんだがなあ。……五万センとか」


 俺がボソリと呟くと、商人は耳聡く聞いたようで、


「いやー、お客さんも人が悪い。この価値は先ほども申し上げたように、国家予算を積んでも買えないようなものなんですよ。流石に五万センは無理ですよ」


 んー、やはり交渉ごとは向いていない。どう言えば値下げしてくれるのかよく分からない。なので俺は抱き合わせ商法を参考にしてみた。


「なら、そっちのポーションとこっちの剣も買うから、全部で九万センでどうだ?」


 ポーション、剣は共に店頭価格一万センであった。通常価格はポーションは百セン、剣は千センくらいの物が、だ。恐らく魔道具もガラクタと思って売っているのだろうから、それを買うといえば少しは安くしてくれると考えた。


「んー、まあいいでしょう。お客さんだけ特別ですよ? 三点で合わせて九万センでお売りいたしましょう! それでですね、お客さん。あと、これなんどうですか? 王室御用達の石鹸というものなんですが……」


 その商人はカモが来たと嬉しそうな表情をして、次々と商品を勧めてきた。しかし、ほかの物は完全にぼったくり価格なので、九万センだけ払って、その場を立ち去った。


 俺は買ったものをストレージへ入れ、再び露店を見て回った。先程の出費が痛く、あまり買うことは出来なかったが、半額近い値段で売っていたポーション各種セットや状態異常回復セットを買った。実際チート装備があるので使う機会なんて無いはずなのに何で買ってしまったのだろうか。やはり限定とかいう言葉に弱いのは日本人の性なのか。あとは食料をパラパラと買い、ブラブラしていると時間もいい感じになって来たので、夕食を食べに中央通りへ向かった。




――――――




 中央通りに着いた俺は残金を確認した。本当は一流店でディナーでも、と思ったがちょっと心許無い。なので、それは今度にして、今日は正門付近の新進気鋭の店で食べることにする。中央通りは他と比べテナント料が高く、最も安い正門付近の店でも月に十万セン売り上げないと赤字になるため、入れ替わりが激しい。


 そんな中央通りで最近はやっているらしい飲食店であるラビットハウスへ行くことにした。この店は店主が冒険者で、兎が魔物化したラビットやウサギに角が生えた見た目のモンスターであるホーンラビットなど、王都周辺で狩れる兎系統の魔物の料理を扱っている。店主自身で狩ってきて処理を行っている為、原価は無いに等しいため、ほかの店より圧倒的に安く提供できているのがこの店の売りの一つである。また、料理も一風変わったものが多く、その中で最たるものが店主の気まぐれ料理というもので、毎日通っても飽きないことからリピーターが多いらしい。


 何でこんなに詳しいかというと、王都に来る途中、王都にはどんな店があるのかとか、ここがお勧めだとか延々とお下げ髪が話していたからだ。まあ、たまには役に立つものだ。


 俺が店に入ると、店内は多くの客で賑わっていた。


「お客様、何名ですか?」


「一人です」


「では、こちらのカウンターへどうぞ」


 入り口でキョロキョロしていると、店員が声を掛けてきてくれて、席まで誘導してくれた。うん、教育が行き届いている。席につくと、カウンターにメニューが立て掛けられていた。しかし、俺が頼むものは決まっていたので、そのまま店員に料理を注文した。


「気まぐれ料理を一つお願いします」


「かしこまりました。気まぐれ入りましたー!」


 俺が注文すると、店員が厨房に向かって叫んだ。これはちょっと恥ずかしいなと思っていると、周りがザワッとした。余りにもざわついているので聞き耳を立ててみると、勇者が現れたとか、命知らずだとか、アイツ死んだなとか不吉なことを予想させるような言葉ばかり聞こえてきた。


 ここで考えられるのは二つ。一つは、店主の気まぐれは本当に気まぐれで、とてもじゃないが食えたものではない可能性。もう一つは、とんでもない量で普通じゃ食いきれず、残したら制裁される可能性だ。ある程度不味いものを食べ慣れている身としては前者であることを願うばかりだ。


 と、そんなことをしているうちに料理が運ばれてきたようだ。


「お待たせしました。気まぐれ料理その一、イモ各種の冷製スープとホーンラビットの棒々兎です」


 その一? まあ、気にせず料理に取り掛かる。冷製スープはビシソワーズみたいだが、色が少しクリーム色っぽかったのでジャガイモ以外にもサツマイモとか何かが入っていそうだ。棒々兎は棒棒鶏の兎版だ。どちらもそんなに量は無くさらっと食べられた。


 食べ終わると、また店員が来て料理を持ってきた。


「気まぐれ料理その二、ファットラビットの油林兎です」


 ファットラビットとは、ラビットの二回りの大きいモンスターである。その肉はラビットに比べて脂が多く柔らかいのが特徴である。油林兎は油林鶏の兎版である。それらもおいしく頂くと、また料理が運ばれてきた。


「気まぐれ料理その三、ソードラビットのソテーです」


 ソードラビットは、ホーンラビットの角が剣になったものだ。討伐ランクはBでかなり強いが、その肉は最高級の兎肉と言っても過言では無いと言われている。流石にちょっとお腹いっぱいになってきたが、おいしかったので難なく食べることが出来た。食べ終わると、まるで見計らったように次の料理が運ばれてきた。


 そんなこんなでその十まで料理が出てきたが、その六辺りで正直もう食べられなかった。しかし、ストレージという裏技を使い、最後まで食べきった風を装った。最後まで食べきると、やはり周りがざわつき、アイツやりやがったとか、バケモンがとか聞こえてきた。そんな声を聞き流し、代金を聞くと三千センであった。普通の料理が千セン前後であることを考えると高い気もするが、料理の質と量を考えるとかなり安い。だが、もう二度と食べたいとは思わない。


 俺は代金を払い、膨れたお腹を擦りつつ宿へと戻っていった。


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