捜索


「グワキーン!」


 どこぞの辺鄙な野球場で、硬球を金属バットで捉えた快音……ではなく、それを上回るヘンテコな叫び声が響く。


 ボールは三塁ベンチの上をライナーで飛び越え、そこに立っていた木の枝をベキベキと折ったあと、生い茂る草むらの中に突っ込んだ。


 ……。


「いけね、いけね」


 そのボールを打った三輪みわ雅美まさみは、バットとヘルメットを置いてボールを探しに行った。



 しばらく他のメンバーで練習を続けていたが、十分くらい経過しただろうか、三輪はなかなか戻ってこない。


 不審に思った吉川は、三輪の様子を見に三塁ベンチ横からグラウンドを出た。

 ボールが飛び込んだと思われる一帯は、野球場の地面の高さに対してやや窪地になっていて、打ち捨てられた耕地を思わせるところだった。


 三輪の姿が見えないので、吉川はさらに歩を進めた。

 すると、ちょうど人の背丈くらいのこちらと窪みの段差の陰に、手を後ろに組んで立っている三輪が見えた。


「雅美……?」


 吉川が声を掛けると、彼女はビクッと反応して、慌てて草の茂みをかき分けてボールを探すをし始めた。


「何をしているのかしら……」


「あ! これはこれはキャプテン! 自分は今ボールを探しておりまして、なかなか見つからないのですよ……ははは……」

「……、それはご苦労様……」


 吉川が冷ややかな視線を送ったので三輪はすっかりひるんでしまったが、かわりに、やってらんないといった風に開き直って言い訳を始めた


「だって……全然見つからないんだもん……こんなの無理だよぉ」


「だったらサボってないで、すぐにこちらに報告してくれないかしら……。いつも言っているでしょう? 報告! 連絡! 相談よ!」


「まあ、そんなカタいこと言わないでよぉ……」


 しかし、どうやらサボっていたというだけではなく、本当にボールが行方不明らしい。



 吉川はグラウンドに戻って、高望先生にそれを報告した。


「よーし! みんな集合だ! ボール探しに行くぞ!」


 先生が緊急事態を宣言すると、部員総動員でのボール探しが始まった。


 そう。自衛隊の鉄線鋏カバーとかの脱落品よろしく、この野球部では、ボールが行方不明の時には一斉捜索する決まりがあるのだ。多分、野球部あるあるである。


 ひとりひとり窪地へ草の生えた段差を降りて行く。


「全員だな? よし、一列横隊!」


 先生が声を掛けると、部員たちは段差に沿って横一列に並んだ。要領を心得ない新一年生は、先輩の動きを見て、慌てて一番端に遅れて並ぶ。


「進め!」


 吉川が号令を掛けると、列が一斉に進み始める。皆、足元の草をかき分けながらボールを探す。これを何回も往復して行う。


 黒板を片っ端から綺麗に消すように、その一帯をシラミ潰しに探すというわけである。


 と言っても、これでも見つからない時は見つからない。


「これさ、ずっと見つからなかったらそのぶん休めるかな……? 最後のダッシュメニューも潰れたりしない?」


「余計なこと考えてないで、探すのに集中しなさい」


 二往復ほどしてなかなかボールが見つからないためか、三輪があまりのクズ発言をしたので、隣の吉川が呆れ顔でたしなめる。


 しかし皆が感じているように、この往復が終わる気配は全然なかった。

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