DIVE TO WORLD!! Shoot down The Shooting star!


 




 009




□?4/?1

└■■結■《■界■白き■■内





 白く、白く、どこまでも白く。

 不気味なくらいに白く、暗い空間。

 見渡す限り乳白色が広がる、清廉潔白な。

 無垢で、純な、せかい。

 現実離れしきった、そんな異常な世界。

 際限の無い前後不覚、自分が自分でなくなるような。狂おしいほどまっさらに。

 どこまでも、どこまでも。


 常葉はこれを知っていた。

 とても馴染み深い友人のような、なんというか嫌悪の情が一切湧かない、そんな空間。

 どうやら瞬間的にだが意識が飛んでいたらしく、じわり、じわりと感覚が手先に指先に戻っていく。はっ、と気付き辺りを見回そうとすると。


「あ、貴方……なんで、いや、でも、知ってたの?」


 これでもかと狼狽えた結希が、隣で強く強く、常葉の手を握っていた。

 常葉はふと安心したような表情を浮かべ、空いている方の手に付けている指輪を眺めながら。


「あぁ、いやなんか知ってたような気もするし、知らないような気もする。少なくとも考えてはない、体が勝手に?」


 そんな、と俯き気味にぶつぶつ何かを考えながら信じられないといった顔。

 完全にパンク寸前の彼女を横目に、ぽりぽりと頭をかきながらどうするか、だなんて思っていると。ぱきり、と小さな小さな音。

 結希はびくり、と肩を跳ねさせ、自分の額にパンッと手のひらを当てる。


「違う、あのね、常葉くん。その助けて欲しいとは言ったけども、こっちに来ちゃったらもう戻れないの。まだ、まだ間に合うから、えっと、その」


 よほど焦燥しているのか歯切れ悪くただ、ひたすらに細い糸を紡ぐように言葉を続ける。


「あー、いいよ、大丈夫」

「でも、二度と戻ってこれないんだよ」

「大丈夫」

「う、でも、その、ほら、なんでついてこれるの? おかしいこと言ってるけどさ、全く知らない人に、その」

「来てほしいの? 欲しくないの?」

「う……来て、ほしい」

「だったら、それでいいよ」


 力強く見つめられ眼を合わせて、一縷の揺らぎすらなく、そう言ってくれる常葉に、歯痒そうに、それでも嬉しそうにありがとうと、最後に付け加えた。

 依然、二人の背後ではぱきりぱきりと音が間をおかず連続する。

 結希は覚悟を決めたように。


「分かった、本当にありがとう。じゃあ助けてもらうね。これから、きっととても長い時間、貴方を頼らせてもらうことになると思う。それと」

「そういうのもいいよ、時間もあんまりないんだろ」


 また、度肝を抜かれたように唖然とする結希、早速常葉の人となりを少し理解し、半ば諦めかけたように。


「うん、わかった。とりあえずしっかり落ち着いて話せる段階まで振り回させてね、本当にありがとう」


 漸く、ふわりと笑う結希。常葉は少しだけ嬉しそうに合わせて笑う。

 白い空間はそこいらに大きな亀裂を走らせて、限界を告げる。それを横目に握る手のひらをの力を強める結希、常葉は悟ったように、眼を閉じる。


「じゃあ、世界をはじめに行きましょう」







 010






 大事な夢の話をしよう

 Show me fly the sky



□4/2

└第四大陸『梅楼京』

 └淨土地方『桜酒』

  └参島 超々上空



 空が、びりびりと裂ける。

 奇妙な、聞き慣れない音が弾ける。

 例えるならライターを地面に力いっぱい叩きつけた時のような、鋭い音が擘き、嘶く。

 澄み渡るような蒼穹ががぱりと穿たれ、直後、放り出されるように常葉と結希が現れる。

 まず、常葉の瞳に映ったのは煌々と輝く太陽。が、二つ? あるように見える。

 とてもとても大きい、あまりの熱線に目が内側から焼かれるように熱くなる。

 何より太陽をここまで近くで見たのは始めてだ、などと考えながら反射的に眼を背ける。

 すると視界に映った景色に一瞬思考が止まった。

 天空。大天空。

 雲を俯瞰するほどの高度。

 落ちる、落ちる。

 頬を、身体中を冷たい風が切り裂くように襲う。

 死。刹那、脳裏に浮かぶ可能性。

 いやいや、待って待って、流石に。

 流石によ、知ってる知ってる、こういうのよく観るぞ。

 流石に予定調和、絶対にな。

 なんかふわふわ浮いたり、うまく着地したりなんだのするやつね、アニメのオープニングとかであるあるのやつ、知ってる、知ってるよ。


 と決定付け、ゆっくりと隣を見る。




「え、嘘!! なんでなんで!! 転移位置がずれた? 式にミスがあった? 待ってしかも朝? 時間もズレてる? 嘘でしょ、そんな予兆はなかったはずよね?! やだ聞いてない!!」




 めっっちゃくちゃ全身全霊で予想外らしい。


 嘘やん。

 えーーーーーーーーーー……。

 うーーん、えっと。これはーー………。

 不味、い、か?


 ぶわり、と粘りのある嫌な汗が浮き出る。

 落ちる、落ちる。

 高過ぎる、もうかなり落下しているはずだが未だ地面が見えない。

 うーんこれ死ぬやつじゃあないのかなあ、たっかいなぁ。

 にしてもこの人いつもわたわたしているな、だとかまだしっかり回る脳髄を確認する。


 うん、大丈夫、冷静だ、ありがとう。


「なぁ、これどうすんの?」

「あーーー、えーーっと、どうするんだろう……ごめん、今私ぽんこつなの、うん、えーー、待って、えっと、嘘。死んじゃう?」


 ひらひらと手のひらをこちらに振り、無力であることを誇示する、だんだん思考が追い付いてきたのか青ざめていく結希。

 一方、逆に冷えきる思考をぎゅるりぎゅるりと回す常葉。

 が、しかし。

 どれだけ辺りを見ても、ただただ広がる大空。未だ雲だなんだを見下ろせてしまう、建物や自然の類は黙視できない。

 せめて鳥かなにかがいればなぁ…と考えていると。


「や、やだ。ほんと、待ってよ、嘘でしょう?」


 己が手を砕けるんじゃないかというぐらい握りしめている結希が、ぽつり、と呟く。

 もう青ざめるところなどないと思わせられていた表情が更に青ざめるので、結希の視線を辿る、と。


「おおう、まじでか」


 巨大な巨大な、今までの常葉が抱いていた常識などでは推し測れないほどの巨躯が、これまた一振り高層ビルぐらいありそうな翼を大きく羽撃かせていた。

 ああ、そう、そういう感じのやつなのね、と常葉は思考を放棄しかけた脳をなんとか働かせる。

 眼前に現れたそれは、空想上とかの生き物であるはずの、所謂、龍、ドラゴンなどと呼ばれる存在で。

 一つの山のような身体で優雅に空を我が物としていた。

 確かに、鳥かなにか、とは言ったが。誰もドラゴンを寄越せなどとは言っていない。

 未だ少しの罅しか入っていなかった常葉の常識はこのタイミングで完全に砕け散る。


「……あれ、何?」

「……征龍オペラノート。HundredDragon'sよ、古龍種かつ災害指定の至天二十二龍が一体、しかもちゃんと成体。……こんなとこに居ていい種じゃない、そもそも生息域が」

「HundredDragon's?」

「あー、えっと、うーんと、世界が選ぶ! このドラゴンがヤバい100選! みたいなやつ」

「なるほど、分かりやすい、百なのに二十二ってのは?」

「えっとね、HundredDragon'sに選ばれてるってだけで元々龍種なんてのは何かしらの属別に区切られてるのよ。始祖十八龍だったり禍ツ三十六龍だったり、四聖護剣だったり、ね」

「……ドラゴン、すきなの?」

「へっ!? あー……、うん、好き」


 尚も落下を続けながらも。

 どんな肝をしていればそのまま会話をすることが出来るのだろうか。

 どちらかといえば片方は完全にそういった感情が麻痺してしまっているのだが。


「おっけ、んじゃいくか」


 がしり、と結希の手を握り直し、引き寄せると、抱き抱え、体制を整え、重心を上手く上手く手足のように操ると、肩で、腕で、太腿で、足首で、風を掴み、遊泳するかのように征龍の方へ向かっていく。腕を振れば風は生まれる。


「へ、ちょ! 何してるの! だめ!!」


 ぱたぱたと腕や脚を振り、抵抗するも、結希を抱えた常葉は綺麗に征龍の背に着地する。

 驚くほどすんなりと、足にほぼ衝撃がこなかった。鱗?

 確かに衝撃が来ないように回転を加えながら、平行に乗るように着地したのだが、一切足が痛まなかった、ので訝しんでいると、腕に抱いていた結希が顔を手で覆っている。

 どしたの? と声をかけようとした時。


『グギャオオオオオオオッッッッ!!!!』


 怒号、号哭のような凄まじい咆哮。大気が揺れる、鳴動する。あまりの轟音に骨が軋む感覚が続く。音に、圧し潰される、質量を持っているかのように伸し掛かる。

 数秒、地獄かと錯角するほどの時間。ようやく音が止む。


「駄目、高位竜言語だ。本気で怒ってる。複雑すぎる……全く何言ってるか分からない、取っ掛かりの一つもないと会話できない…」

「ごめん俺やらかした?」

「やらかしちゃったどころじゃない…、オペラノートは人って種族を認めている分関わる相手を選ぶし、龍でもかなり気高い種族だから断りなく背に乗ったりなんかしたら…きゃあああっ!」


 やけに早口で、が。

 突如、急旋回、またしても大空に放り出される二人。その体躯からは想像出来ないほど空を自由に駆け、正面をとられると、あからさまに敵対心のような、殺意のようなものを向けられる。

 凄まじい重圧、無意識下で体が強張る。やばいやばい、と周章てている結希。

 それを離すまいと抱えながらどうしたものかと、きょろきょろ辺りを眺める、と。


 《遍縁の魔眼:Auto!!》



 目が、合った。



 この段階においても建物すら視認出来てはいないが、確実に、目が合った。

 いや、正しく言えば右目が捉えた。

 刹那、銃弾で撃ち抜かれたような衝撃が右目を貫く。


「ん、が、あああっ!」


 何度か、この目で捉えたものを光だとか、稲光だとかと形容したが、比喩抜きに雷鳴のような閃光が、稲妻が。

 征龍より巨大なイカヅチが九つに枝分かれして、絹のような銀色の光と、柔らかい金色の光がそれを覆い尽くしていく様が見えた。

 途端、右の視界が真っ赤に染まる。

 いや、違う、物理的にどぷりと大量の血が溢れていた。どくんどくん、と怖いほどの勢いで流れていく。


「常葉くん!? どうしたの!?」

「わっかんねぇ……」

「え、やだそれ、遍縁の魔眼じゃない、何で気付かなかったんだろう、嘘、先天的な魔眼持ちだったの……?」

「あまね、えにしの…まがん……?」

「そうか、そもそも魔眼て概念がそっちにはないんだっけ……それも後で説明するわね、えっと、完全に暴走してる、縁を受け止めきれてない……痛いよね? 痛いよね? 大丈夫?」


 優しく眼窩の辺りを撫でる結希、大丈夫だよ、と返し、右手で眼を抑えていると。

 勿論そんなこと知ったことではないと言うように、征龍がもう一度けたたましく咆哮をあげる。

 びくりと二人が身構えると。


 ばちり、ばちりとストリーマーのようなものが征龍にふわりと触れる。

 瞬間、今まで雲量が1%を切っているであろう快晴だったはずだが。

 気付けば、そこに黒く、重たい、鈍色の雲が付近に顕現する。二人が不思議がるのも束の間、とてつもなく目映い光。

 数秒後。天を裂くような稲妻が征龍を撃ち抜く。

 それは常葉の眼に、この人生で見たどんな雷よりも綺麗で、気高く見えていた。

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