Paint White!! on Black Blank?


□??/?1

└■■結■《■界■■き■■内




 001


 白く、白く、どこまでも白く。

 不気味なくらいに白く、暗い空間。

 見渡す限り乳白色が広がる、清廉潔白な。

 無垢で、純な、せかい。

 現実離れしきった、そんな異常な世界。

 際限の無い前後不覚、自分が自分でなくなるような。狂おしいほどまっさらに。

 どこまでも、どこまでも。


 その中心に場違いなくらいに、昏く、黒い少年。


 彼の名前ははこにわ とき

 一昔、二昔前なら女性から羨望の眼差しを向けられたのではないかという程の黒い、烏の濡れ羽色をした頭髪。

 あまりにもこの空間で浮いているその存在。

 少年は文字通りその空間にふわふわ、と浮いていた。


「なんだ…これ」


 今の現状を理解出来ていないらしい少年は座りの悪そうな顔で訝しむ。

 最大限の警戒をしつつも、何故だが身を包む暖かさに、少年はより戒心を厳かに。


「ホワイトアウト?」


 目を細めて熟考していると何故だかそんな言葉が頭に浮かぶ。

 それはカチリと歯車が合うように。

 遺伝子に刻まれていたかのように。脳髄に。

 聞き覚えが……ないでもない言葉。


(ホワイトアウト……山とかで雪、雲が永遠に続くと視界が白一色になって三次元的な位置把握が出来なくなる、みたいな症状のことだよな?)


 なんてことをぼぅっと考える。

 それに関しての知識はWikipediaに記載されている最初の数行ぐらいのものである。

 豪雪を味わったことはあるが、まあ前後不覚というほどではなかった。

 いやまぁ分かったところでだからなんだという話だ。


「あー、冷静になるまでもなく夢だな、明晰夢だっけか? 最近あんまリアルな夢見てなかったんだけどなあ、まあ、こういうのたまーにあるある」


 と、判断材料内で定義し、結論付けようとした時。心の内側から、視界の外側から、世界の内側から。


『たすけて』


 と、女性の声が、少し響く。

 音、として聴こえた訳ではないのに

 聞こえた。

 辺りを軽く見回す。もちろん、何もない。何も、ない。見当たらない。本当に聞こえたのか、幻聴なのか、何となくそう聞こえたのか。

 非日常を錯覚しているだけなのか。

 ただの夢、だろう。


「………」


 でも、そんなことは関係ない。

 目を凝らす、集中する、探す、探す、凝らす。

 何も見えない、いや、何かは感じるのだ。

 どこかに居る、いやきっと、そこに【在る】 

 探せ。

 そこに。


「…ん、がっ………ぁあ?」


 瞬間、右目にとてつもない熱が走る。

 余りにもの熱を一瞬脳が激痛と勘違いし、反射的に手で抑える、が。


「…んだ、これ………」


 抑えているはずの、何も見えないはずの、真っ暗であるはずの右の視界が、やけに明るい。

 指の隙間から光が漏れているとかそういうレベルではなく、白い。

 視界が白く奪われる。

 あまりにも透き通った白色の液体が、滝のように眼窩の奥から溢れ出すような。

 痛みはしないが強烈な違和感が、ひたすらに脳髄を襲う。

 ただ、嫌悪は、ない。

 産まれて初めて、水中で目を開いたときのように、なんとか目を開く。すると


「うお………」


 思わず声がでる。そこには白く、流麗な線が真っ直ぐに伸びていた。

 それを見たことなんて一度もないのに、自分にとって何を捨て置いても手繰らねばならぬ線と、命を懸けてでも掴まなければいけないものだと、そう確信する。


 運命の赤い糸とはこういうものなのだろう、いや赤くないけど。まっさらだけど。

 などと、少し場違いな思考をしてしまいながら。どこか心地よい感覚を抱く。


 直ぐ様意識を戻し、手繰るように線の差す方向へ進む。進む。

 すると、遠くの方に女性のようなシルエットを見つける。

 どくん、と右目が喜ぶような感覚。

 委細迷わずにその影に向け走り出そうとする。

 が、その白がより強度を増し、全てを覆い尽くさんように、強い圧力がかかっているかのように、身動きが取れない。

 というより最早動いているのかも分からない。   

 光、明かり、眩く、閃き、煌々と限りなく輝く。息すら吸えているか自信を持てない。

 が、止まらない。

 地を踏む感覚すら無くとも、走り続ける。

 走れていると思い込む。

 やがて、己の身体すら白に融けて混ざってしまったんじゃないかと錯覚する。もう、なにもみえない。けれど。

 ただ、まっしろ。だけど。

 目の前が。



 それでも。誰かが。



 めのまえが。



 呼んでいる。



 のに。






▼ めのまえが まっしろに なった!







 002



□4/1

└大阪府大阪市住吉区『我孫子』





 寝息を、立てている。

 吸って吐いてを繰り返す。意識の外で。

 機械的に。規則的に。

 ただただ正しく上下する胸。

 静かに静かに眠っているこの少年。

 名前は箱庭常葉。

 かち、かち、と秒針の音だけが室内にこだまし続ける。そんなアナログな時計。

 それとはまた別に、少年の枕元に置かれたデジタル時計が主人を起こすため。

 今、その静寂を打ち破らんとしていた。

 時刻はまもなく午前七時。

 五………。

 四………。

 三………。

 ニ………。


「ん」


 ぱちり、と目を開ける常葉。

 それと同時にぱたん、とデジタル時計の頭を優しく撫でる。

 今日もまた鳴り響く事の出来なかった時計は、少しもの悲しげで。


 さらさら揺れるカーテンの隙間から冷たい明かりと空気が差し込む。

 心地よさとほんの少しの鬱陶しさを感じながらも、枕元のスマホをすらすらと操作し、これまたずらして設定されてあった、アラーム機能をオフにする常葉。

 この人生において彼はアラームで目を覚ましたことはなく。

 必ず鳴る前に起きることができるとかいう特技はさておいて、なんだかんだ不安ではあるのでアラームは必ずセット(念押しで二重に)している。


「んんんんんーーー……」


 ゆっくりと身体を伸ばす、血が巡る、酸素を体中に送る。徐々に脳を覚醒させていく。

 頭が起きていく感覚をじわりじわりと味わいながら、ふと、思い出す。


「なんかやけにリアルな夢見たな、疲れてんのかな」


 などと言いながら、ベットから這いずり出ることに成功。カーテンをばさりと開け、日光をしっかりと浴び。春らしき陽光を感じながらも。

 しかしまぁ未だに肌寒いことは肌寒いので、寒さに滅法弱い常葉は体をこれでもかと縮こまらせる。


 ふと、何やらいい匂いを感知。


 食欲をそそられ、恐らく朝ごはんの準備が出来てあるのであろうと考え、急ぎ足で顔を洗いにいくのであった。




 003




「あ、おにーちゃんおはよー」


 一度一階まで降りて、洗面台で完全に目覚ましを終えて二階に上がると、ちょうど食卓に朝ごはんを並べ終えたらしい箱庭家次女、箱庭 双葉ふたばが朗らかに笑って出迎えてくれた。


「うぃー、おはよー」


 一度三階から一階へ降りるときに挨拶は交わしているのだが、挨拶至上主義が家訓の一つである箱庭家においては、先に挨拶されたら返さざるおえない。

 まぁ半ば反射的ではあるのでせざる、というほどではないのだが。

 丁寧に常葉の食器まで配膳されていたので、慌てて調味料なりお茶なりを運ぶのを手伝いながら。

 しっかりと揃ったのを確認してから席に着く二人。


「はい、じゃあいただきます」


 両手をぴたりと合わせ、一拍おいて常葉が手を合わせるのを待ってから口に出す双葉。


「あーい、いただきまーす」


 常葉も直ぐに続く。

 脳と共に、肉体の方がそろそろ起きてきたみたいで、胃と脳が元気よくエネルギーを寄越せ、寄越せと騒ぐので箸を進める。


「うめぇ、いつもありがとう。てかあれ?今日双葉一人? ゆずねぇもいねーの?」


 やけにふわふわのプレーンなオムレツを白いご飯と一緒にかきこみながら。

 ちなみにオムレツにはマヨネーズ派の常葉、卵に卵? とうるさいほど言われている。


「こちらこそありがと、そうだよ、昨日言ったでしょ? 春休みも真ん中だしね」


 オムレツには普通にケチャップ派な双葉がそう返す。

 そもそも献立が洋風なのでケチャップをかけるのを前提にしている部分はあったらしいが、特には言わない。


「んー、そーだっけ? んで双葉はなんで制服きてんの?」


 ずずず、と香ばしいスープを啜り、身体が暖まっていくのを感じながら、首をかしげる。


「もー、やっぱり聞いてない、二人は仕事の出張? でウルヴァーハンプトンだったかな? に行ってるし、おねーちゃんはおねーちゃんで3週間ぐらい帰ってきません。で、それも昨日言いました、私は生徒会のお仕事です、引き継ぎが大変なのです」


 んん、そういえばそんな事を言っていた気もするような、と小声で。

 やけに記憶がない。

 なんだろう、弱い、弱い違和感。

 気にするほどではないが。


 朝の時間はゆっくり、ゆったりとる家系である箱庭家。二人はそんな他愛のない会話を数十分ほど続ける。


「あ、んじゃそろそろ間に合わなくなるから行ってくるね、戸締まりお願いねー」


 颯爽と紺色のスカートを靡かせながらぱたぱたと出る準備をする双葉。

 ぎりぎりまで話し込んでしまうのが悪い癖だと自覚はしているらしい。


「ふぅむ、懐かしい、若いなあ」

「まだ十九歳でしょ、そういう高校卒業した後高校生若いとか言うのほんと痛いからやめてね? ときにぃも課題かなんかで友達待たせてるんでしょ? だらだらしてたら駄目だよ。じゃあね、いってきまーす」

「急にうるせえなこいつは、いってらー」


 ばたばたと階段をかけ降りる様を見送りながら挨拶を交わす。

 数十秒後ばたん! と扉の閉まる音が家に響いた。

 時計を見ると短い針がもうすぐ8を指そうとしていたのでそろそろ自分も準備をしようと立ち上がる常葉。気だるいなぁ、と思いながらも。

 軽く家のなかの確認を終え、戸締まりをしっかりとする。がちゃりがちゃりとドアノブを回して。


「いってきます」


 と、呟いた。

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