第26話

 今日もまた、待ちに待った休日がやって来た。

 昨日はお父さんやお母さんと一緒に遠くの観光地に出かけた私だけど、今日は自由にして良いと言われたので、迷わず図書館に向かうことにした。勿論、その一番の目的は、大好きなイケメンさんと一緒の時間を過ごすためだ。


「こんにちはー」

「お、よう!」


 普段どおりの場所で、いつもと変わらない笑顔を見せてくれたイケメンさんは、図書館から借りたという本を読みながら私を待ってくれていた。動物が人間に変身する、と言う内容の昔話を集め、それらを基に当時の歴史や文化を述べる、と言う、ちょっと複雑そうな感じの内容の本だ。どうやらイケメンさんは、ここに書かれていた昔話に興味があり、それをじっくりと読みふけるためにこの本を借りたらしい。


「動物たちの恩返し、ですか……」

「良い事をすれば良い事が返ってくるし、悪い事をすれば悪い事。昔も今も変わんないなーって」


 私がよく借りるような科学分野の本とは違うベクトルで難しそうな本だけれど、イケメンさんにとっては非常に参考になる、楽しい書物のようだった。楽しそうなその顔は、いつもより輝いて見えた。


 私とイケメンさんは、いつも違った考えを持っている。同じものを見たときでも、私があれはAだと言えば、イケメンさんはこれはBかもしれない、と別の内容を告げてくるように。でも、それは決して二人の間の仲を悪くする要因ではなく、むしろ互いに色々な考えに触れ合い、自分の中にある新しいものに触れる爽快感を味わい合うことに繋がっているように、私は感じていた。

 今までも、イケメンさんは落ち込んだ私に対して、考えもつかなかったような観点から言葉を投げかけ、私がずっと気づかなかったものを再確認できるように導いてくれた。逆に私の方も、様々な言葉を口にするたびにイケメンさんを驚かせ、それは面白い、と嬉しそうな返事を聞くことが出来た。

 

 そして、今回もまた、イケメンさんからそのような新しい観点を教えてくれる機会を得る事が出来た。



「あ、あの……」

「ん……?あ、そうだ……」

 

 私とイケメンさんが合流したのは、正午から少し経った頃。双方ともお腹が空いてきた頃だろう、と考えた私は、イケメンさんと一緒にお昼ご飯を食べたい、と誘う決意をした。ところが、それを口に出した瞬間、意外なことが起きた。


「「一緒にご飯、食べませんか?」食べない?」


 あっという間に、私とイケメンさんの顔に、同じような笑みが広がった。以心伝心なのかどうかは分からなかったが、やっぱりイケメンさんの方も、お昼過ぎと言うことでお腹が減っていたようである。あっという間に、二人で一緒にお昼ご飯を食べよう、と言う流れに決まった。場所は、図書館と同じ建物である市民会館の右側、図書館の向かいに立地しているレストランだ。

 こういう時は男の人がご飯代を奢ると言う事も多いみたいだけど、イケメンさんからの誘いを断って、私たちはそれぞれ別に支払うことにした。いつもイケメンさんに頼りっぱなしの私だけど、せめてお金くらいは自分で管理したい、と考えたからだ。なかなかしっかりしているな、と褒めてくれたけれど、まだまだイケメンさんには敵わない、と私はしっかりと自分の考えを伝えた。


 そして、注文をそれぞれ決めた時。


「すいませーん、このブタ……」


 豚肉入りのチャーハンを頼もうとしたイケメンさんが、私の顔を見た途端に急に言葉を止めてしまった。そしてそのまま、近くにあったオムライスに料理を代えてしまった。その理由を、私は勝手に頭の中で推測した。いつも学校でブタさんと一緒に楽しい時間を過ごしている私の目の前で、ブタの肉が入った料理なんて注文してしまうと、私が悲しんでしまうだろう、そうイケメンさんは考えたからだ、と。


 今日、私がイケメンさんに相談したかったのは、まさにこの事だった。お父さんもお母さんも、あの日以降私に配慮してあまり豚肉を料理に出さなくなっている。学校で一緒に飼育小屋の当番を担当するクラスメイトも、同じように豚肉を食べにくい、と言っていた。でも、正直言うと私は、そうやって他の人が私のために何かを我慢するという事がとても申し訳なかった。勿論、正直言って私も喜んで豚肉を選ぶと言うのは躊躇しがちなところはある。でも、それ以上に皆がたった1人の我がままに振り回される事を考えると、落ち込んでしまいそうだったのだ。


 そして、私はイケメンさんに言った。豚肉入りのチャーハンでも、私は大丈夫です、と。


「……ん、そうなのか?」

「は、はい……私は別に……」


 ところが、イケメンさんから返ってきたのは、予想外の言葉だった。


「……あ、あぁそうか!学校でブタを飼ってるんだったな!」

「……へ!?」


 なんと、イケメンさんは私が伝えるまで、ずっとブタさんの事を度忘れしていたのだ。今まで何度も私たちで話題にしてきたはずなのに、まさかその事が頭から消えていたことに驚いてしまった私は、しっかりしてください、とつい苛立ち混じりで言ってしまった。でも、悪い悪い、と返したイケメンさんの弁解で、逆に私は安心してしまった。イケメンさんが注文を変えたのは、チャーハンよりもオムライスの方が美味しそうだと感じただけだったらしい。


「……」


 でも、全く予想していなかった事態に、私はどう反応してよいか戸惑っていた。イケメンさんは私を励まそうとしているのか、それとも呑気にも気づいていなかったのだろうか。このタイミングで豚肉の話を出させてしまった私の判断は、間違っていたのだろうか。色々と考えているうちに、二人が注文した料理が店員さんから渡され、イケメンさんのオムライスと、私の注文したハヤシライスが、同じテーブルの上に並んだ。

 そして食べる前に言ったイケメンさんの一言に、私ははっとした。



 豚肉入りのチャーハンだけではなく、このオムライスにだって、私のハヤシライスにだって、豚以外の様々な命――牛さんやお米、様々な野菜などがふんだんに使われている、と。


 そのままいただきます、と軽く言ってお昼ご飯を一気に食べ始めたイケメンさんの姿をじっと見ながら、私は考えた。相手から色々と気遣われ、忠告されてばかりではいられない。目の前にあるご飯をたっぷり食べた後に、私の口からしっかりとイケメンさんに相談してみよう、と。 


 ただこの時、私は既に自分で答えを出していたのかもしれない。食べる前にしっかりといただきますと言い、美味しく料理を食べ終わった後には、イケメンさんと一緒にごちそうさま、と言って、私のお腹に収まる事になった動物や植物に感謝の挨拶をする。命を食べることに対しての礼儀を、私は自然に行っていたのだから。

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