第25話

「それじゃ、今日のホームルームはここまでだ」


 私たちの学校では、いつも学校の終わりにホームルームが開かれ、生徒や先生から様々な連絡事項が交わされ、明日の予定などを把握する事になっていた。先生の合図と共に、今日の学校での日程は終了すると言うのがいつもの流れだ。


 突然の急展開から月日が経ち、先生が代わり、例の女子生徒もいない学校での日々にもだいぶ慣れてきた。あの日、イケメンさんと話すまでは、目の前にあった壁が突如として消え去ったという現実をなかなか受け入れられなかった私だけれど、過去のことよりも未来を見つめろ、と言う言葉通り、前の事ではなく後の事、明日の予定や今度借りたい本など、様々な事を考えるようになると、ふわふわとした不安な感触が少しづつ薄れてきた。そして、同時に私が、ようやくこのクラスの一員として受け入れられた、そして皆が私を受け入れてくれたことへの実感も強くなってきた。勿論、私も同様――と言いたいけれど、まだ時々緊張してしまうことがあった。


「えーと、今日は飼育小屋の担当が俺たちのクラスだったな……」


 星野、丸斗、三神、白柳。


 これまで当番だった女子生徒たちが学校を去ったために新たに選びなおされた飼育小屋担当の生徒の名前が、新しい先生に呼ばれた。今までずっとブタさんや動物たちの世話を一人で担当していた事もあって私はそのまま続投と言う形になったけれど、これまでと違うのは、残りの3人のクラスメイトも、私と一緒に積極的に動物たちの世話を担当してくれる、と言う事だ。


「よし、早速行こうぜー……ってあれ」

「逆、逆だよ!」

「こっちの道のほうが近いってー!って、そうだっけ?」

「う、うん……大丈夫……」


「やっぱりそうだってさー!」

「ほらみろ、頼りにならないんだからさー……」

「うるせえよ!」


 ホームルームが終わると、早速皆で動物たちの世話に向かうけれど、まず先に動物たちの餌を貰う必要がある。『ベテラン』である私に他の3人がついていくと言うのは相変わらず少し恥ずかしいけれど、みんな私の事を『ブタ子』とは呼ばず、ちゃんとした名前で呼んでくれる。特に明るい性格のクラスメイトの女子――私の隣の席にいるクラスメイト――は、こうやって私に積極的に話しかけてくれるようになった。その言葉に悪意が一つも無いのは、言うまでもないだろう。

 

 賑やかなクラスメイトたちと一緒に私がやって来たのは、事務の先生がいる部屋の前だった。

 今までは事務の先生から担任教師を介して動物たちの餌などを貰うようになっていたけれど、生徒がブタさんに暴力を振るい、それを担任教師が把握しきれていなかったと言う事態を受けて、直接事務の先生から餌を貰い、動物たちの状態や注意点をしっかりと伝えてもらうという形に改まった。場合によっては、事務の先生も直接飼育小屋に赴き、動物たちの世話を手伝ってもらう事もある。

 先生たちは勿論、生徒たちにとっても、動物たちとずっと触れあっていた事務の先生に任せた方が安心できるという利点はある。でも、私にはそれ以上に嬉しいものがあった。理由は一つ、私の夢を応援してくれる事務の先生に会う機会が多くなるからだ。


 私たちがドアをノックすると、たくさんの野菜や果物、そして固形の食料がたくさん入ったバケツを持った事務の先生が出てきた。4人全員が揃っている様子を喜んでいるかのような気さくな笑顔を見せながら。


「はい、今日の動物たちのご飯だよ。ちゃんと掃除も忘れずにな」

「了解でーす」「分かりました」「はい!」「は、はい……」


 各自の思い思いの返事につい押されそうになりながらも、私もしっかりと返事をした。

 こんなのをずっと一人で動物たちの元に持っていったのか、と言いながら男子のクラスメイトたちは山盛りのご飯を軽々と持ち、私たちと一緒に飼育小屋へと向かった。そこまで重くないし、私一人でも十分持ち運びできるけれど、正直少々がさばるところが悩みの種だったのは確かだ。こうやって何も持たずに、ブタさんたちの元へ向かえる、と言うのは、まだ少し不思議な気分が残っている私だった。


 そして、目的地の扉を開けると、今までとは考えられないほど賑やかなお世話の時間が始まった。


「うお、ちょ、ちょっとどけよ!掃除が出来ねえよ!」

「随分懐かれてるみたいだなー」

「やかましい!」


 私ともう1人の女子が餌や掃除場所の確認をしている一方で、早速男子2人は騒がしく掃除を始めていた。彼らに呼応するようにニワトリがドタバタと動き出す一方で、高い位置に停まっている小鳥はその様子をまるで生暖かく見守るような目線を向け、カメは知ったことかと殻に篭ってしまっている。


「なんだか、動物たちも分かってるみたいだね」

「そ、そう……かな?」

「うん!絶対にそうだよ!」


 隣の彼女も私と同じような考えで動物の様子を見ていたようだ。あまり動物を人間に例えすぎるというのは良くないかもしれないなんていう人もいるけれど、案外動物たちも人間と同じように物事を判断しているのかもしれない。

 しっかりと準備を整えた私たちも加わり、4人で役割分担をしながら飼育小屋の掃除は順調に進んだ。今まで私1人だけでこなしていた時は、動物たちとじっくり触れ合いのんびり行っていた事もあるけれど、掃除を終わらせるだけでもかなりの時間がかかってしまった。こうやって一緒に飼育小屋の担当をしてくれるクラスメイトも、ここまで大変な仕事を1人っきりでこなさせてしまって申し訳ない、と以前謝った事があるくらいだから、きっとそれだけ大変なのだろう。私にとっては完全に慣れてしまった仕事だし、それに動物たちと近くで接する機会だったから、あまり大変さは感じなかったけれど。


 そして小さな動物たちの場所が綺麗になり、彼らに美味しいご飯をあげた後、私たちはその隣の部屋に移動した。そう、この学校で飼育されている一番大きな動物、ブタさんの部屋だ。


「お邪魔しまーす……」

「相変わらず太ってるなー、このブタ」

「こらこら。ちょっとごめんねー……」


 頭が良いブタさんは私たちが部屋に来た意味をすぐに察知したのか、立ち上がって奥のほうへ移動してくれた。ブタ小屋なんていう言葉もあるけれど、本来ブタさんはとても綺麗好きで繊細な性格の動物なので、しっかり掃除をしないと病気で倒れてしまう、と以前、私も含めた4人に事務の先生は伝えてくれた。もしかしたら生徒たちの身にも影響するかもしれない、と言う先生の脅し文句はさすがに大げさじゃないかと思ってしまったけれど、しっかりと念入りにブタさんの部屋を掃除する意味はしっかりと受け取ってもらったようだ。

 部屋が綺麗になったところで、最後に私たちはブタさんにご飯を上げることにした。昨日と同じ、新鮮な野菜の詰め合わせだ。でも、頭が良い分ブタさんはなかなか素直にご飯を食べることはしなかった。


「な、何で食べてくれないんだ……?」


 やっぱり人の言葉が分かるんじゃないか、と突っ込まれたのは、部屋に入ったときにブタさんを太っていると馬鹿にした男子のクラスメイトだった。たっぷりのご飯を口元にやっても、ブタさんはすぐに顔を別の方に向け、一切受け取ろうとしなかったのである。自分を馬鹿にした奴からのご飯なんて貰いたくない、と言っているかのように。しばらくの苦闘の末、結局そのクラスメイトは根負けしてしまった。

 そして、彼の持っていた餌は、私に託された。


「やっぱり、慣れた人から貰ったほうが安心するみたいだね」

「そ、そうかな……?」


 先程とは打って変わって、私がご飯をあげるとブタさんは美味しそうにたくさんの野菜を頬張り始めた。その瞳や口元には満面の笑みを見せ、まるで私から貰ったものを嬉しがるようだった。でも、その様子を見ても周りのクラスメイトは私に悪口を言ったり、ブタさんを貶したりすることは無かった。それどころか、しっかりとした信頼関係が出来ている事を、私の隣の席のクラスメイトは褒めてくれたのだ。

 勿論、今までの頑張りが評価されて嬉しくないはずは無かった。でも、まだこういう事に慣れていない私は曖昧な、自信の無い返事をしてしまった。あまり有頂天になりすぎるのも良くないし、こうやってクラスメイト――私にとって『友達』になり始めた人たちとふれあう中で、きっと加減や対応の仕方をしっかりと身につけていくのかもしれない、と私は思った。



 少しづつ、私は自分自身の力で、心を開くことの出来る仲間を見つけ始めていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 無事に当番が終わり、教室に戻るべく皆で一緒に歩いていた時だった。真面目そうな感じの男子のクラスメイトが、私たちにある意見を投げかけたのだ。

 こうやってブタと仲良くし続けていると、豚肉が食べづらくなってしまう、と。


「……あー、た、確かに……」

「意識しなきゃいいんじゃねーか?食べ物は食べ物だって」

「でもさ、やっぱり頭にちらつかない?結構可愛い動物だって、僕たち少しづつ知ってきちゃったし」

「そ、それを言われるとな……」


 皆が悩む中で、どう思うのか、と話を振られてしまった私だけれど、分からない、と言う回答しか返すことは出来なかった。


 正直、今までも私は何度かそう言う気分になってしまった事はある。ポークカレーやハンバーガーなど、私たちの身の回りにはたっぷり育ったブタの肉を使った料理が溢れている。でも、いざブタについて詳しいことを知ってしまうと、つい彼らの姿が頭に思い浮かび、食べる事に戸惑ってしまうのだ。お父さんやお母さんもそれを察してくれたのか、最近はあまりそういう豚関連の料理を出さないようになっていたけれど、そういう気遣いに対しても私は複雑な気分だった。たった1人のために、料理のレパートリーに制限をかけてしまうのと言うのはどうなのか、と。そして、私自身も、食べられるチャンスのある料理を丸々残して、無駄にしてしまうと言うのはどこかやりきれない思いがあった。


 一体、私はどうすれば良いのだろうか。

 一緒に悩んだクラスメイトと別れ、私の家への通学路を1人で歩いていた私は、この事態の解決策を思いついた。


 私の相談にいつも親身になって接してくれる、イケメンさんに尋ねてみよう、と。

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