3

 国王が訪ねてきて、3日が過ぎた。そろそろ、魔王が動き出してもおかしくはない。それでも、キルリアはここを離れる事ができなかった。

 あの後、国王はウルドに命じて、キルリアの病室に結界を張った。何かが入るときも、出るときも、その結界に触れれば、すぐさまウルドに伝わる。さらに、国王は魔術師たちに王宮内でのフードの着用を禁止した。どちらも防犯上の理由ということだったが、キルリアが抜け出す機会も失われた事になる。これでは、完全に魔力が戻ってから、力業で出て行くしかない。

 しかし、それでは間に合わないだろう。キルリアには、打つ手がなかった。

「……キルリア?」

 不意に呼ばれて、キルリアは顔を上げる。目の前には、ウルドがいた。

 そういえば、ウルドが病室を訪ねてきて、話をしていたのだった。

「どうかした?」

「……ううん。ちょっとぼうっとしてただけ」

「そう?」

 キルリアの様子に首を傾げたウルドは、キルリアに持ってきた本をベッドのサイドテーブルに置く。

 そこで、ふと、ウルドは、動きを止めた。少し考えるようにして、やがて、意を決したようにウルドは言った。

「ねぇ、キルリア、あの時、僕のこと、ウルドって呼んだよね?」

「え?」

 急に問われても、キルリアには何のことかわからない。

「ほら、魔王にやられそうだった時……」

「……」

 思い返してみれば、確かにそう呼んだ気がする。

「僕が“ウィルダム”じゃなくて“ウルド”だって、何処で知ったの?」

「何処って……」

 そういえば、まだウルドに、キルリアの出生について、何も話していなかった。それに気がついて、キルリアは答えあぐねる。

 どう話したら衝撃が少ないのか、理解して貰えるのか、そもそも、どこから話すべきか。

 考え込んでしまったキルリアを、ウルドは不思議そうに見ている。

「……キルリア?」

 取り敢えず、キルリアが従妹だと言うところから話さなければならない。そう意を決して、キルリアが顔を上げたときだった。

 突然、扉がノックされて、すぐに開かれた。

「リリュート、気分はどうだい? 今日、庭園の薔薇が綺麗に咲いたっていうから、花束にしてもらってきたよ……って、あれ?」

 そう言いながら入ってきたのは、薔薇を持ったルーク。室内の妙な雰囲気に、ルークは首を傾げた。

「……なんか、お邪魔だった?」

 そう呟いたルークにキルリアはため息を吐いた。

「リリュート……?」

 そんなキルリアの反応に更に首を傾げたルークだったが、不意にその前にウルドが立った。

「兄上」

「ん? ウルド、どうした?」

「リリュートって、誰ですか?」

「え? それは……って、え? ……リリュート?」

 困惑したようにルークはキルリアを見やる。その様子に、キルリアはもう一度、深くため息を吐く。

 そんな二人を見比べて、ウルドはルークに詰め寄った。

「キルリアの事なんですか?」

「そう、だけど。……もしかして、まだ知らなかった?」

 あれから数日が経っていたから、もう話したと思っていたらしい。しかし、実際は今、話そうとしていたところだったのだ。そう、思いを込めて、キルリアはルークを睨む。

 その視線に気づいたルークは、苦笑して謝った。

「ごめん。余計なこと言っちゃったみたいだね」

「どういうことなんですか? そもそも、何故、兄上がキルリアを知っていたのですか?」

 一人、取り残されたウルドが痺れを切らしたように、ルークに迫る。そんなウルドに答えたのはキルリアだった。

「私があなたの従妹だからですよ、ウルド従兄様」

 はじかれたように振り向いたウルドに、キルリアは告げる。

「私の本当の名前は、キルリア・リリュート・ファクト。あなたの父親である、国王陛下の弟にあたる人が私の父なの」

「…………………え?」

 唖然として、キルリアを見つめるウルドに、キルリアはため息を吐いた。理解が追い付いていないのか、それとも理解を拒否しているのか、そんなウルドの様子に、隣に立つルークも苦笑している。

「え? ちょ、ちょっとまって、それって、僕とキルリアは従兄妹ってこと?!」

「そう言っているでしょう? ウルド兄様」

 呆れたようにキルリアがそう返すが、理解しても信じられないのか、ウルドは助けを求めるようにルークを見やる。ルークもそんなウルドに頷いて答えた。

「そういうことだよ。キルリアは10年前、魔王にさらわれた僕らの可愛い従妹だ。お前にも話したことはあるだろう?」

「……はい。10年前、叔父夫婦と従妹が魔王の配下に襲われて殺害されたことは聞きました。しかし……」

「何か問題でもあるのかい?」

 まだ納得できていない様子のウルドに、ルークが問いかけと、ウルドは難しい顔で言った。

「……おかしいですよ。従妹の姫は僕よりも2つも年下のはず。キルリアは僕と同い年です」

 その言葉に、ルークが目を見張る。そして、問う様にキルリアを見た。二人の問うような視線に、もう一度ため息を吐いて、キルリアは答える。

「おかしいことはないわ。だって私、今13だもの」

「……え?」

 目を見張るウルドに構わず、キルリアは何でもないことのように言う。

「私が魔王のもとを飛び出したのは8歳の時。学院は10歳からしか入れない。他に行く当てもなかったから、身元と一緒に年もごまかすしかなかったのよ。幸い、体つきは大きい方だったからあまり問題はなかったわ」

 子どもは置かれた状況に合わせて、その精神や体を適応させるという。過酷な状況で育ったキルリアは、2歳くらいの差をとってもごまかせる程度に成長していたのだろう。ルークはそう冷静に考えることができたが、実際に騙されていたウルドはそうもいかなかった。

「ちょっとまって。それじゃあ、ライトリアの試験に通ったのは……13じゃなくて」

「11歳ってことね」

 何でもないことのように答えたキルリアに、ウルドは頭を抱える。当時、13歳でのライトリア試験通過は最年少記録だった。

「……」

「……まぁ、学び始めて3年目っていうのは一緒でしょ?」

 茫然としたウルドに、キルリアは問題ないという様に言う。その二人の様子、ルークはほほえましく思った。王族として出会っていたならば、ここまで自由なことを言い合える仲ではなかっただろう。二人を見ていると、学院での様子も分かったような気がした。

 不意に考え込んでいたウルドが顔を上げて、キルリアを見る。

「……ってことは、キルリアは初めて会った時から僕のこと知ってたってこと?」

「まぁ、そういうことね。……あまりに見ていられなくて、不慣れな寮生活に困っているウルドを、何度も助けてあげたわ。王族って周りは知らないし、ウルドも知られたくないだろうからって思って、いろいろ気にかけてあげていたのに、ウルド兄様は私のことなんて気づいてすらくれなかったわね」

「……」

 ウルドは言い返すことができない。確かに、話には聞いていたが、その従妹が、目の前に、しかも年を偽って存在しているなんて、誰が考えられるものか。

 何とも言えない顔をしているウルドに、ルークが苦笑して助け船を出す。

「まぁ、リリュートがが攫われた時、ウルドはまだ5歳だったからね。覚えていなくても無理はないよ。それに、彼女は死んだと思われていたからね」

「……10年前の事件、ですか」

 話には聞いた覚えがあったが、その内容はうろ覚えだ。思い出そうと呟いたウルドの考えが分かったのか、ルークが確かめるように話し出す。

「そう、10年前のあの日、王宮に来るはずだった叔父一家は、時間になっても王宮に現れなかったんだ」

 その日は、王家の最年少の姫君であるリリュートが、王族としての名前、ファーストネームを正式に授かる日だった。

 “キルリア”――それが、父親である王弟が考え、王が認めたファーストネーム。正式な場への参加と王族を名乗ることができるようになる為の大切な儀式。そのために、一家は普段住んでいる地方の城から、王宮へと向かっていたのだ。

 その儀式は、王族の中だけで行われるもので、公式な場での会見はそのあとになる。それでも、国民は小さな新しい姫君の誕生を今か今かと待ち侘び、街はいつも以上に活気づき、お祭り騒ぎになっていた。しかし、その日になっても、王弟一家の馬車は街に着くことはなかった。

 時間になってもやってこない事を心配した王は、すぐさま捜索を命じた。その結果、王都の郊外で、打ち捨てられた馬車、そして、無残な夫婦と護衛兵の死体を発見した。王弟夫婦は優秀なライトリアであったことから、足手まといはいらないと、もともと大げさな警備を嫌っていた。しかし、二人が優秀であったのも事実で、そこらの護衛兵や魔術師では手も足も出なかった。そんな二人が、死体で発見されたことに、王はショックを受けた。それ以上に、不可解だったのは、幼い姫の姿が、死体すら発見できなかったことだ。

 報告を受けた王は、この時すでにその才能の片鱗を見せ始め、【光の申し子】と称されていた姫の力を脅威に感じた闇の者たちが、その才能を断とうと襲ったのだと結論付けた。そして攫われた姫の命も、奪われていると、誰もが思っていたのだ。

「……だけど、私は魔王に命だけは救われ、その城に閉じ込められた」

 ルークの話を継いだキルリアが、感情の籠らない言葉で言う。

「そして、5年後、魔王の隙をついて城を抜け出した私は、身分も年も偽って、学院に入学した。そこに、ウルドが居たのは予想外だったけどね」

 話を聞いていたウルドは改めて、キルリアを見た。

 俯きがちに話すその姿は、この5年間、ともに学院で魔術を学んできたキルリアだ。まさか、そんな過去があったなんて思いもしなかったが、それでも、キルリアがキルリアであることは変わらない。だから、少し考えて、ウルドは言う。

「……正直、僕に何が出来るかわからないけど、僕はキルリアの味方だから」

「ウルド……」

 顔を上げたキルリアの赤い瞳が不安げに揺れてウルドを映す。そんなキルリアを安心させるようにウルドは笑った。

「ま、僕よりキルリアの方が強いんだけどね」

 そんなウルドの言葉に、キルリアもクスリと笑いをこぼした。

「それ、自分で言ったらおしまいよ」

「だって事実だろ? 何時だってキルリアは本気にならないし」

「ウルドが優しすぎるのよ。……そんなウルドが好きだけどね」

「……」

 ウルドは複雑な表情でキルリアを見返すが、キルリアはそんなウルドを面白がるように笑っている。

 そんな二人を見て、ルークは微笑んだ。キルリアが無事と知った時は、嬉しさと共に不安も感じた。闇の国で育った彼女は、この国をどう思っているのか。そして、彼女を見捨てた自分たちを恨んでいるのではないかと。しかし、キルリアは少なくともウルドには心を開いている。血縁とか、王族とか、そういうものに関係なく、二人は5年間、仲間として過ごしてきた。その事実が、今はとても心強い。

 たとえ、今すぐにキルリアが話せないことも、もう少し落ち着けば、ウルドになら話してくれるかもしれない。そう思えたのだ。

 そんなルークの考えもよそに、キルリアとウルドは何かを言い合っていた。どちらかと言えば、ウルドが一方的に責められているようにも見えるが、そんな二人を眺めていたルークはふとノックの音を聞いて、扉に向かった。

 ルークが扉をあけると、その向こうに居た侍女が、その姿に驚いたように目を見張る。それはそうだろう。第一王子が自ら扉を開けていたのから。しかし、構わずルークが聞く。

「何?」

「……お薬のお時間です」

「おや、もうそんな時間か」

 思ったよりも長く話していたようだ。

「……じゃ、また来るから」

 ウルドも、それに気付いた様で、キルリアにそう断るとルークと共にその部屋を後にした。

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