Chapter five  "The light of hope "

1

 キルリアが目覚めて、4日が過ぎた。

 はじめは起きていることさえ出来ず、一日の大半を眠っていたキルリアだったが、その頃には、普通に起きていられるようにはなっていた。

 しかし、回復する体力に対して、魔力はあまり回復していない。それは、不安を抱えているという精神状態の為だったが、理解はしても焦りは募る。キルリアはベッドで横になったまま、夕焼けで赤く染まった窓の外を見ていた。その表情は険しい。そして、その左手は無意識に右腕に刻まれた呪紋に触れる。

 この紋は、魔王と『繋がって』いる。この紋の先には魔王がいるのだ。しかも、魔王からキルリアを辿ることは出来ても、キルリアからは辿れない。あちら側が動き出さなければ、いつ、どうなるのか、分からない一方通行だ。恐らく、魔王も傷と魔力の回復を図っているのだ。あちらの準備が整う前にここを抜けなければ、何が起こるか想像もつかない。

 ・・・・・・いや。想像はできる。ここにいては最悪な事態を招く。それだけは確かだ。

 キルリアは、夕闇に染まっていく空を見て、そっと目を閉じた。

 眼裏に浮かんだのは、魔王の部屋で見た彼の表情。すべてを諦めた彼の残された本心。


『闇の使者を止めてください』

 それが、5年前、光を名乗った少女の言葉。無表情に彼女が告げたのは、キルリアに課せられた役割。少女は言った。200年前の悲劇の再来を防がなければ世界は今度こそ滅ぶと。

 200年前――今では『破壊の刻』と呼ばれた時代、人類は〈闇〉により滅亡の危機に陥ったという。しかし、そこに『魔法』を使う神使が現れ、人々を救ったのだと言われていた。

 それは、遠い昔の伝説。

 〈光〉は『闇の使者』である魔王によって〈闇〉が蘇り、その『破壊の時代』が繰り返されると話した。

 この世界が滅ぶなど、そんなのは嫌だった。何より、彼にそんなことをさせたくなかった。だから、防ぐ方法を聞いたのだ。

 しかし、〈光〉の答えは、とてもキルリアに出来ることではなかった。

『闇の使者を――殺してください』

 『闇の使者』が魔王ではない可能性があるのではないか。殺さなくても、なんとかなるのではないか。そう考えて、キルリアはすぐには行動を起こせなかった。

 しかし、すぐに気づいた。彼も、自分を殺そうとしていたのだ。その日を境に命を狙われることが増えた。

 ここにいたら、いつかは殺される。しかし、彼を殺したくはない。悩んだキルリアが選んだのは『逃げる』こと。

 半分は賭けだった。逃げ切れる保証はない。外に出れば他の人にも迷惑をかけるかもしれない。それでも、キルリアには彼を殺すことは出来なかった。

 彼は追ってこなかった。しかし、逃げてきたこの5年で、状況も変わらず、あるのは力を増す魔王と、迷いを振り切れず、魔王の手に落ちた自分。

 いや、それだけではない。このままならば、大切な人々をも巻き込んでしまう。

 それだけは、阻止しなければならない。

 もう、キルリアには迷う時間はなかった。

(明日、ここを出よう)

 幸い、体は動くようになった。魔術はまだ思うように使えないだろうが、ここでウルドやルークに迷惑をかけるわけにはいかない。

 キルリアは決意し、ゆっくりと瞼をおろす。せめて、夢の中では幸せであるよう願ながら。

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