5

 部屋を飛び出したキルリアは、魔王が動きだした気配を感じて焦りを覚えた。彼がライトリアと出会ってしまったら最後。誰も助かることは無いだろう。魔王には誰も勝てない。いくらライトリアと言えど、ここは魔王の城。魔王は最高の策士だ。自分の居城に、何もしてないわけはない。

 だから、キルリアは、ライトリア達の気配を感じた広間に急いだ。そして、広間が見えたキルリアは、舌打ちしたい気持ちになった。

(遅かった……!)

 二人立っていたライトリアの片方が倒れる。床にはもう幾人かが倒れていた。そして、一人残ったライトリアの前には、余裕の笑みを浮かべ、剣に付いた血を払う魔王の姿。

 そして、息を切らしたキルリアが入り口に姿を見せると、魔王がこちらを見ていた。残されたライトリアも、こちらに目をやる。そして、そのライトリアは驚愕して叫んだ。

「キルリアっ!」

 その声にキルリアも目を見張る。それは、紛れもなくウルドの声。そして、それは最後の一人、魔王に対峙するライトリアが発したもの。

 驚愕するキルリアを知ってか、魔王は低く嗤った。

「もう来たのか。あと一人だったのだがな」

 残念そうな言葉とは裏腹に、魔王声は可笑しそうに笑っている。

「ああ、でも、今のお前には何も出来ないのだった」

 思い出したように言った魔王。魔王が暗に示したことに気付いて、キルリアは右肩を押さえた。

 そこにはヴァツェルに掛けられた呪紋がある。コレがあるかぎり、キルリアには魔術が使えない。

 だが、何も出来ないわけじゃない。

 じっと睨み返すキルリア。

 余裕の魔王。

 一人、ウルドだけが予想外の状況に困惑していた。そもそも、キルリアは姫のはずだ。しかし、何処か違和感があった。取り敢えず、キルリアがウルドの事を助けようとしていることはわかった。

「“ウルド”、早く逃げてっ!」

 不意に叫んだキルリアは、同時に魔王目がけて走りだす。魔王も同時に動き出した。短剣を握り返しウルドに切り掛かる。

「うわっ!!」

 反射的になんとか避けられたウルドだったが、思いきり体勢を崩す。その隙を逃さず、魔王は短剣を振り下ろす。これで終わりか、と目を閉じたウルドだったが、振り下ろされた短剣は、キンと乾いた音と共に弾かれる。気付いて目を開けたウルドの前には、魔王の刃を自らの短剣で受けるキルリアの姿。

「ウルド、早くっ!」

 魔王を睨み付けながらキルリアは、背に庇ったウルドを急かす。しかし、ウルドは唖然としていた。

「……何故、その名を?」

 キルリアはウルドをウィルダムとしてしか知らないはずなのだ。思わぬ名で呼ばれて、ウルドは思わず聞き返していた。

 その言葉に、キルリアはしまったと後悔したが、今はそれどころではない。魔王に隙を与えたらおしまいだった。今、魔王に魔術を使われたら、キルリアには防ぐすべが無い。

「……後で説明するから、早くっ!!」

 キルリアの叱咤で慌てて立ち上がったウルドは、キルリアと魔王から距離をとり、キルリアの援護をしようと魔術を組もうとして、気が付いた。この場所では魔術は使えない、魔王がそう言っていたことを思い出し、歯噛みした。

 この状況ではウルドには何もできない。

 一方キルリアも、魔王と刃をあわせて、睨み付けるが、あとが無かった。それをわかっているのだろう。魔王は不敵に笑っていた。

「折角の再会が最期になるのか。なぁ、キルリア」

 魔王の言葉に、キルリアは睨みながら応える。

「そんな事にはさせない。貴方はまだ私を殺せない」

「だが、お前にも俺は殺せん。そして、俺にはあいつを殺せる」

 淡々と話す魔王。確かにその通りだ。そもそもが剣士である魔王にキルリアが勝てるわけが無いのだ。しかし、諦める気はなかった。

「私がさせない」

「そんな強気で良いのか? お前は俺のモノなのになぁ」

 そう言って笑う魔王に、キルリアはびくりと肩を揺らした。ヴァツェルから告げられた言葉が脳裏をよぎった。

『陛下が、お前を“繋いだ”らしい』

 それは、命も身体も相手のすべてを握る呪術。代わりに、魔王も容易にキルリアの命を奪うことは出来ないが、行動の自由を奪うのはそこまで難しいものではない。

 それでも魔王を牽制して睨むキルリアだったが、内心は焦っていた。その焦りを見透かしたように、不意に魔王が刃を弾いて短剣を繰り出す。その動きに、キルリアも迎え撃つが、精神的な動揺が隙となった。

 次の瞬間、魔王が刃を返し、キルリアの短剣を弾き飛ばす。キルリアの手を離れた短剣は宙を舞い、乾いた音を立てて地面に落ちる。

「しまっ……」

 慌ててキルリアは短剣に手を伸ばすが、魔王の方が早かった。

《動くな》

 魔王の言葉が響いた。途端に、キルリアが動きを止める。

「くっ……!」

 キルリアは必死に体を動かそうと意識するが、全く体は言うことを聞かない。驚愕するキルリアに、魔王は笑みを浮かべてその肩を叩いた。そんなキルリアの視界にはウルドが映る。そして、その耳元に魔王が囁く。

「そこで見ていろ。お前の躊躇いが生む結果をな……」

 そして、魔王はゆっくりと体をウルドに向ける。

(いや、ダメ……!)

 キルリアの思いも、体を動かすことは出来ない。目を閉じることも、背けることも出来ない。こちらに気付いたウルドが顔色を変えた。

「キルリアっ!」

 動かないキルリアの様子に異変を感じたウルドが叫ぶ。しかし、そんなウルドに魔王が迫ってきた。はじめはゆっくりと、しかし、次の瞬間には、ウルドの目の前に。慌てて魔王の剣を受けたウルドだったがそれ以上は無理だ。絶対絶命だった。

(イヤだっ……、また目の前で……)

 キルリアの脳裏に浮かんだのは、遠い昔の光景。突然止まった馬車、馬のいななき。飛び出した父の悲鳴、自分を庇い盾になった母の血飛沫。

 助けられなかった。突然崩れた平穏。

(……そんなの、もう)

 ウルドの剣を魔王が弾き飛ばした。そして、その刃がウルドに真っすぐ振り下ろされる。

 その光景を見た瞬間、キルリアの中で何かが弾けた。

「……駄目ええぇーー!!」

 キルリアの叫びが響く。その瞬間、力が、光が爆発した。目を焼くほどの光が放たれ、その光が魔王を襲う。そして、視界が真っ白に焼け付き、何も見えなくなった。

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