6

 ライトル王宮内には、前例のないほど、ライトリアが集まっていた。国内のライトリア資格保持者は、およそ三百人。そのうち、二十人ものライトリアが王宮内にいる。

 通常、王宮に上るライトリアは五人ほど。その4倍の人数がいる事になる。そして、ウルドもその異様さに、気付いていた。何か、非常事態が起こったのかもしれない。

 王子という身分に縛られ、迂闊に動く事のできない、今の自分を、ウルドは悔やんだ。

 キルリアの事もそうだった。あれっきり国王やルークはその話をしたがらない。

 どうしたらいいのか。そんな事を考えながら、ウルドは王宮内の長い廊下を一人で歩いていた。特に用事というものがあるわけでもなく、ただの気晴らしなのだが、あまり気晴らしになってはいない。

 なぜならば、すぐにキルリアの事を考えてしまうのだ。そんなウルドは、見慣れた白いローブを見つけた。ライトリアである。

「あ」

 そのローブの人物は、そんな声を上げたウルドに気付き、向こうも驚いたように近付いてきた。

「ウィルダムじゃないか」

「イア先輩、どうしたんですか? こんなところで」

 そのライトリアは学院での先輩だった。去年、卒業して、正式にライトリアとして働いているのだ。

「俺は、仕事だよ。何でも、面倒な任務らしい。あのメンバーでは偵察かなんかだろうな」

「先輩、そういうの得意ですからね」

「得意ではあるが、あんまり乗り気な仕事じゃないんだ。お前の方がそういうのうまいだろ? 気配を消すにしても、術にしても。それに……」

 イアは声をひそめる。

「嫌な噂を聞くんだ。マステの城まで乗り込むらしいってな。そんなの、自殺行為以外のなにものでもない。俺はそんな仕事は御免だ」

 なぁ、とイアはウルドに同意を求めるが、ウルドはすでに聞いていなかった。

「……先輩、その任務、代わってもらえません?」

 ウルドが囁くと、イアは目を丸くした。

「お前っ、自分で何を言ってるのかわかってるのか? 冗談にしても、言って良い事と悪い事があるんだぞ?」

「冗談なんかじゃないです。マステに行くのならば、代わってください」

「おい、まてよ。それは、王命無視になるんだぞ。わかってるか? 王命無視なんて言ったら、重罪だ。」

「わかってます。陛下には、僕の方から進言します」

 何を言っても意見を変えないウルドに、イアは、頭を抱える。

「お前の宮内の立場では、それが可能なのかもしれないが……」

 いつまでも、渋っているイアを見てもウルドの気は変わらなかった。


「……とにかく、ウィルダム。馬鹿な事を考えるんじゃない。どうしてそんなに行きたい? 死にたいわけではないのだろ?」

「それは……」

 ウルドは、言って良いものか、少し迷ったが、続けた。

「キルリアが、いるんです」

「キルリア? ……誰だかわからないが、マステの奴に関わるな。良いことはない。やめておけ」

 やはり、イアもキルリアのことを覚えてはいない。ウルドは悔しかった。キルリアのことを唯一覚えている自分。それが、何か意味のある事なのか。意味があるのなら、どういう事なのか。とにかく、何かがしたかった。

「それじゃ、これから、説明があるみたいだから」

「はい」

 ウルドが答えるのを聞いてから、イアは歩き出した。その背を静かに見送ったウルドは、来た道を戻り、自分の部屋に向かった。



その数日後、極秘に、八人のライトリアが、マステヘ斥候として、派遣された。

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