第6話 トラッシュマウンテン

 異臭が鼻につく。

 トラッシュマウンテンと呼ばれているゴミ山に、鼓動たちとやってきた新田が顔をしかめる。猫男の目撃情報はこの地を中心に円を描くように発生していたからだ。この地に捨てられるゴミはなんの処理もされていないため、凄まじい異臭を放っている。逃げだしたい……。とてもじゃないが、ここに滞在できるような気持ちにははなれなかった。

 数週間前、新田はここを訪れていた。

 COREの任務でトラッシュマウンテンの地図を作成したことがあったのだ。

 なんのための任務か伝えられることはなかったが、佐藤の考えによると、日本がこの国に焼却炉を輸出しようとしているのだという。

 国がおこなう人助けには利権が隠されている。けれど、国策を考えたら、それも当たり前なのかもしれない。どこの国も自国の利益のために動くべきなのだ。冷たい言いかたかもしれないが、他国の難民を助ける余裕があるのであれば、自国の貧民を助けるべきだと思う。

 寝たきりの家族を放りだして、海外のボランティア活動にでかける必要はないのだ。

 けれど、例え利益目的だとしても、少しでもそれがその国の助けになるのなら、わるいことではない。焼却炉ができればこの国の雇用も増え、衛生環境が向上し、病気にかかる人間の数も減少するだろう。

 おかしい。ひさしぶりにトラッシュマウンテンを訪れた新田は違和感を感じた。「なんかさみしいですね」

「さみしい?」深澤が首を傾げる。「ただのゴミ山だぞ」

「それは、そうなんですけど……」

「あれっ?」山下が声をあげた。「こ、子供たちがいないよ?」

「えっ?」新田はあたりを見回したが、たしかに百人近くいた子供たちはひとりもいなかった。「どこにいったんだろう……」

「いいから、早く猫男を見つけようぜ」鼓動が歩き去る。

 ……子供たちが消えても、なんとも思わないのだろうか。新田は苛立たしげに鼓動の後ろ姿を見送った。初めてこの地にきたときは、ひどく驚いたものだ。こんなに異臭のきつい場所に、たくさんの子供たちが住んでいたのだから。いっぺんにたくさんの子供たちを見たのはあれが産まれて初めてだったかもしれない。中国のように一人っ子政策をとるまでもなく、少子化の影響で日本は子供の数が少なかった。兄弟がいる家庭はひどく珍しい。

 新田が驚いたのは子供たちの数だけではない。みんな、笑顔だったのだ。ゴミ山に住むという決して恵まれているとはいえない環境でも、彼らは無邪気に笑っていた。

 家や喰うものに困っていない日本の子供たちもあんなに無邪気には笑っていなかった。なんだか、日本の子供たちの方が不幸に思えた……。日本では決して見ることのできない彼らの笑顔を見たとき、新田は涙をこぼしそうになった。 

 お菓子でも買って欲しい。ポケットに入っていたわずかな貨幣を子供たちにあげようとした新田を佐藤が止めた。なんでも、子供たちに渡ったお金を巻き上げる大人がいるのだという。それだけならまだいいのだが、お金をほどこしてもらえるよう、大人が子供たちの手足を切断されることもあるのだという。

 新田は衝撃を受けた。こんなに可愛らしい子供たちにそんなことができるなんて。しかし、新田は商店街で手足の欠けた子供が物乞いをしているのを思いだした。 

 どうしても、何かしてあげたいのなら、お金じゃなく、直接、お菓子を配ってやれ。

 佐藤の言葉に納得した新田は、今度きたときは彼らにお菓子を配ってやろう。そう思ってた。

 しかし、その子供たちの姿はどこかへいってしまっていた……。

「痛っ!」物思いにふけっていた新田が叫んだ。背中に痛みを感じたのだ。

「大丈夫かっ?」新田の体を抱き寄せた深澤がゴミに這いつくばる。

 どうやら、攻撃を受けているらしい。一体、誰から? 

 身構えながらも新田は背中に手を触れた。背中に異常はないようだった。どうやら、傷にはなっていないらしい。攻撃を受けた瞬間は、アドレナリンが放出されているため、痛みに気づかないことが多い。少し、時間が経ってからじんわりと、痛みが襲ってくるのだ。人間の感覚なんて当てにならないことがほとんどだ。「やめてっ! 離してっ!」

 新田の耳に少女の声が聞こえてくる。なんだ?

「おいっ」

 新田が声の方へ視線を向けると、そこには鼓動の姿があった。

 鼓動は十歳ぐらいの少女を乱暴に掴んでいる。「犯人を捕まえたぞ」

 観念したかのようにおとなしくなった少女の手から石がこぼれ落ちた。

「えっ?」新田が驚きの声をもらす。こ、こんな少女が? 背後に衝撃を受けた瞬間は死をも覚悟したが、まさか少女が石を投げてきたなんて……。この娘(こ)もCOREを憎んでいるのだろうか……。新田は少女にたずねた。

「どうして石を投げてきたんだい?」

「あんたたちがレイをさらったんだろ!」

 新田たちが怪訝そうに少女を見つめた。

「……さ、さらっだ?」山下が吃りながらたずねる。

「この前もきてたじゃないかっ!」少女が鼓動の腕を振り払う。「あたしたちをさらう準備をしていたんだろっ?」

 新田はショックを受けた。ただ、地図を作っていただけなのに、少女たちにこんな不安を与えていたなんて想像すらしなかった。そのとき、新田は自分が制服を着ていることを思いだした。

 派遣会社から支給された安物の迷彩服。しかし、傍目には軍服となんら変わりなく写るだろう。

 少女が涙をこぼした。

 さらった……。少女はたしかにそういった。ここにいた子供たちはみんな、さらわれてしまったのか? ひとりとり残された少女は、僕たちがさらったと勘違いしたのか? そして、果敢にも少女は僕たちに闘いを挑もうとしたのか……?

「お前、猫の目をした男を見なかったか?」鼓動が少女にたずねる。

「鼓動さん!」新田が諌めた。泣いている少女にするような質問ではない。鼓動は少女の話を聞いていなかったのだろうか? 子供たちがさらわれたといっているのに……。

「どうなんだ? 知っているのか?」少女の胸ぐらを掴んだ鼓動が問いつめる。

 鼓動の迫力に圧倒した少女が泣きだす。

 問いつめるにも、もっと聞き方があるはずだ。少女を助けようとした新田は鼓動に片手で押さえつけられた。「ちょ、ちょっとはなしてあげて下さい!」

「お前の友達」鼓動が暴れる少女に告げる。「猫の目をした男にさらわれたのかもしれないぞ」

「えっ?」少女が声をもらした。

「知ってるのか?」

 少女が黙り込んだ。どうやら、なにか知っているらしい。

「……俺たちは猫の目をした男から仲間を助けるためにきたんだぞ」 

 新田たちの顔を見回した少女は泣くのをやめた。

 鼓動が降ろした少女に佐藤がたずねる。

「なにがあったか、話してくれないか?」

 困惑していた少女はゆっくりと口を開いた。

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