第二章 冒険の始まり
1話 始まりの町ミルリア
と、やりたいことを自らに意思表示をしてみたものの、人生そう簡単にいくわけでもなし。
人との関わりが俺の意識に変化をもたらしたのは確かだが、それを実践して成果を出せるかはまた別の話だろう。
だが、やろうとしなければ決してできないのだ。
だからこそ、まずはそのためにどうするかを考えるべきなのだろう。
まずは無事に転移が成功して、他のみんなもいることを確認した。
『奴』の言う通りなら、最初の町の近くに俺達はいるはずだ。
なら、そこに向かうことから始めよう。
魔物もいるらしい、と聞いているから警戒しつつ行くわけだが、どっちに行けばいいんだろうな…。
少し調べたら、新道君が道を見つけてくれたようだ。
道があるなら、その先に町があってもおかしくないか。
あとは道のどっちの方向に向かうかだが…ああ、物部君や三芝さん達索敵もできる目のいい人達には町が見えるようだ。
なら、行くとしようか、町までそう遠くはないようだが、気をつけていくに越したことはない。
始まりの町でどんなことが待っているのかはわからない。
期待と不安のどちらもある。
期待はずれになるのかもしれない。
期待していることが起きるのかもしれない。
それはまだわからない。
けれど、誰も歩みを止めることはない。
俺達の冒険はここから始まるのだから。
❖
そんなことを思いながら来たが、町までは本当に何も起きることなく着いた。
無事に着けたのは喜ばしいことだが、新道君や有馬君はなんとなく悔しそうだ。
それは置いといて、町に着いた以上はやることをやっていくべきだろう。
まずは今夜泊まる宿を探すことからになる。
そういえば、町の名前を確認しておかないといけないか。
この町の名前はミルリア、セイントール王国の東地方にある町のはずだ。
町の人に確認したが、間違いないようだ。
この町にはこの地方の村から冒険者志望の人達が集まってくるため、規模としては平均的な町、ということになる。
地方の村にも冒険者ギルドはあるが、出張所のようなもので正式に冒険者として登録するためにはこういう冒険者ギルドの支部がある町に来る必要があるわけだ。
俺達も冒険者登録するわけだが、その前に宿を探しておいた方がいいのは、それなりに冒険者が集まる町だから、宿に泊まれないかもしれない可能性があるからになる。
そういうわけで、その辺りにいる町の人に空いてそうな宿を聞いていくとしよう。
…案の定、グループ全員が泊まれる宿はなかったから、それぞれ別の宿に泊まることになった。
ちなみに俺が泊まる宿にグループのメンバーは誰もおらず俺だけだ。
宿屋の女将さんや看板娘さんが気さくな人達で良かったと心から思う。
それぞれがしばらく泊まることになる宿で荷物を置いて準備を済ませたら、冒険者ギルドへ、そのまま各自で冒険者登録してから、いったん合流という流れだ。
その後は、各自の方向性に合わせて、組んで動くか、それぞれで依頼を受けるかを決める形になる。
実質この11人グループはそこで解散ということになるんだろう。
冒険者ギルドでの登録はあっさり終わった。
その後の説明はまとめて行なうため、グループのみんなともここで合流となった。
依頼や冒険者ランクについての説明は少し長かったが、必要なことなんだろうから、真面目に聞いた。
ランクはFの見習いから始まり、Eで正式な冒険者となるらしい。
依頼にもランクがあり、推奨ランクよりも上の依頼を受けるときはギルドの承認が必要とのことだ。
まあ、失敗すれば依頼を斡旋しているギルドに傷がつくことになるから妥当なんだろう。
依頼毎にポイントがあり、一定のポイントが貯まってギルドの確認と承認が降りるとランクが上がる、という仕組みだ。
冒険者にはそれぞれに冒険者カードが支給され、そこに名前とランクが記載されるいる。
仕組みもカードもある意味王道の冒険者システムという感じでわかりやすくていいものだ。
登録と説明も終わり、さっそく依頼を受けるわけだが、受ける依頼によって組むかどうかも変わる。
当然ながら依頼にも種類があるわけだ。
討伐依頼、護衛依頼、調査依頼、採取依頼といういかにも冒険者な依頼の他にも、配達依頼や店番依頼、掃除依頼、といったような雑事依頼まで様々だ。
というか、雑事依頼の方がたくさんある。
冒険者らしい依頼と比べて、報酬やポイントが少ないから敬遠されているんだろう。
俺か?見習いになったばかりだからな。
堅実にできる依頼からやっていくさ。
できそうなら1人で複数の依頼を同時に受けてもいいそうだが、まずは1つずつやっていこう。
終わって時間があれば、他の依頼も受ければいいからな。
依頼表を見てどれを選ぶかになるが…これにするか。
受付で依頼を受けて、現場に向かおう。
必要なものは依頼者が用意してくれているようだから、俺はそれを実行するだけで済むのもいいことだ。
受付で、本当に俺がこれをやるのか聞かれたから、一応こちらの認識と合っているのか確認したら問題ないようだったので、行くとしよう。
雑事依頼というのは本当にいろいろなものがある。
冒険者がやるようなことじゃないと思うようなものもあるが、個人的には安全に依頼の流れを確かめられるなら、むしろ進んでやることだと思う。
他のみんなもそれぞれで依頼を受けたようだ。
同じ町にいるなら、また会うこともあるだろうが、ここでいったんのお別れだ。
だから、こう伝えておこう。
それじゃ、また、みんな気をつけて。
「はい、またです」
「元気でね!」
「うん、またね」
「これまでありがとう!」
「ああ」
「怪我は…してもおかしくないが、無理はするなよ?」
「そうだな、それはみんなに言えることだが」
「そうですね、お気をつけて」
「安全マージンを忘れずにね」
「さよならじゃなくて、またって言ってくれたのは嬉しいわ…またね」
それぞれの言葉が返ってくる。
こういうたくさんの挨拶返しもこれで終わりかと思うと、少し切なくなる。
集団行動よりも個人行動の方が性に合っているのもわかっているから、そこは折り合いをつけていくべきなんだろう。
みんなと別れて、依頼の場所に向かう。
さあ、俺の冒険者としての初めての依頼を始めよう。
❖
そうして、冒険者としての初依頼の現場にやってきた。
俺が初めて受けたこの依頼はこの町のとある老夫婦が出したとのことだ。
ドアをノックして、声掛けをしてみると年老いたお婆さんが出てきた。
俺のような見た目20歳前後の女が何の用事なのか、そう聞く声は本当に不思議そうだ。
冒険者ギルドに出した依頼を受けたことを話すと、もう2ヶ月以上前に出した依頼だったから忘れていた、とのことだった。
家の中に入れてもらい、お爺さんも含めて話を聞くと、こういう雑事依頼は受ける人が少ないため、消化されないことがよくあるそうだ。
今回老夫婦が出していた依頼はこの家の屋根の修理だ。
前まではお爺さんがやっていたそうだが、腰を痛めてできなくなったため、冒険者に依頼したとのことだった。
専門の業者に頼まないのかと聞くと、専門であるが故にお金がかかりすぎるとのことだったが、そういう仕事の素人が来たらどうするつもりだったんだろうと思えた。
たらればを考えても仕方ないので、用意されていた材料と工具を使って、さっそく屋根の修理にかかることにするか。
大工スキルが生えているおかげで屋根の修理は我ながらなかなかの出来栄えだった。
老夫婦も俺がここまでできるとは思っていなかったらしく、予想以上に喜んでくれた。
その後、老夫婦に誘われ、ティータイムを過ごした後に依頼書にサインをもらって冒険者ギルドへと戻った。
「ありがとう、またよろしくね」
そんな老夫婦の言葉を嬉しく思う。
自分のしたことが誰かに感謝される、それはレベルが上ったときやスキルが生えたときとはまた別の感動があった。
たしかに報酬もポイントも少ないが、それでもなにかを求めて依頼を出している人達がいる。
安全マージンを取りながら、というのもあるが、俺にはこういう依頼が向いているのかもしれないと思えた。
冒険者ギルドで達成報告をしてから、再度依頼を確認しよう。
依頼は期限のあるものもあるが、先程の雑事依頼のように期限を決めていないものもあるため、複数の依頼を受けて、何日かに分けて消化しても問題ないとのことだ。
今日受けて、できなかった依頼は明日に、そういうスタンスでやっていってみようと思う。
とりあえず、できそうな雑事依頼を3つくらい受けておこう。
…草むしり、教会にある大きな不要物の片付け手伝い、あとは採取依頼か。
採取についてはそういう知識がないから、冒険者ギルドで教えてもらおうか。
受付嬢のリームさんに聞いてみると、そういうことが書かれた本の貸し出しもできるが、貸出料もかかるとのことだった。
屋根の修理依頼の報酬で足りたので、借りて読み込んでみると、採取目的の植物についてもわかりやすく書かれていた。
場所も町のすぐ側の森にあるそうなので、暗くなるまでまだ時間があるから今日のうちに行ってみよう。
町の入り口にいる門番の人にも一応場所を確認して、その森、ミクリアの森にやってきた。
借りた本にはどういう場所にその植物が生えていて、どんな特徴をしているのかも書かれていたため、採取自体は30分もかからずに終わった。
道中に角の生えた兎のような魔物が襲ってきたがレベル16は伊達じゃないということで、剣の一突きであっさりその命を終わらせた。
どうやら魔眼は動体視力も上げてくれているらしい、突進に合わせてのカウンターは綺麗に決まった。
魔物の部位は冒険者ギルドで買い取ってもらうこともできると聞いていたから、持っていくことにしたが、血の匂いと命を奪う感覚にはまだ慣れきっていないことを再認識させられた。
採取依頼の報告を終え、魔物も買い取ってもらった。
状態がそこまで悪くなかったことと、新人ということでその分金額に色をつけてもらえたのは良かったのだと思う。
残りの2つの依頼は町中での依頼、それに教会の方は屋内から運び出すとのことなので、これから行っても問題はなさそうだ。
教会の場所をリームさんに聞いて、行ってみるとしよう。
❖
その教会は町の外れにあった。
少しは礼拝に来ている人はいるようだが、そこまで多いわけでもないようだ。
この世界の神様の扱いについて、そういえば聞いていなかったことを思い出す。
こちらを見ているシスターがいたので、依頼を受けてきたことを伝えると、依頼を受けてもらえるとは思っていなかった驚きと、俺の見た目からして割と大きい不要物を運べるのかという心配があるようだ。
とりあえずやってみて駄目だったら応援を連れてくるので、ということで話は進めさせてもらった。
古くなって壊れた机や棚、持つ場所に悩んだが、持ってみたら意外といけたので、シスターに誘導してもらいつつ、外へと運ぶ。
レベル16の力でもこのくらいはいけるようだ。
シスターもかなり驚いていたが、やれるとわかってからはかなり遠慮なく物を運ばされた。
それでも1時間ほどで終わったので、その後は教会について少し話を聞かせてもらった。
この教会は特定の神様に祈る場所ではなく、来た人が信仰している神様に祈ることのできる場所、ということらしい。
孤児院も併設されており、そこの子供達が依頼中にちらちらとこちらを見ていたのを思い出す。
ともあれ、神様に祈る場所、ということで、『奴』…俺を選んだ神様にも一応祈っておこうかと思い至る。
シスターに導かれた礼拝堂で祈りを捧げる。
『奴』の名前は知らないけれど、この世界での出逢いとそれをくれたことに感謝を込めて、真摯に祈る。
―ありがとう―
その感謝を、強く、深く、真っ直ぐに。
この想いは確かに今ここにあるものなのだから。
『どういたしまして』
そんな声が聞こえたような気がした。
そうして、目を開いて立ち上がると、シスターと子供達が惚けたような顔で見ている。
どうしたのか、とも思ったが、そろそろいい時間になっていたから、宿に戻ることも考えた方がいいのだろう。
話はまたいつかできるのだから。
シスターに声をかけ、依頼表にサインをもらい、それじゃあ、また、と教会を後にする。
「あの、またきてください!」
「またねー!」
そんな声が聞こえたので、振り返って手を振りながら、首肯しておいた。
これで今日の依頼は終わりにしよう。
冒険者ギルドに戻って、サイン済みの依頼表を渡して、宿への道を歩く。
草むしりの依頼の場所は聞いてあるから、明日は朝からそこへ行こう。
冒険者としての最初の1日を振り返り、これからもやっていけるようにと心に思う。
明日はどんな1日になるだろうか。
宿で夕食を取り、部屋で休みながらそう考える。
他のみんなのことも考えたが、次に会えたときに話をすればいいんだろう。
心地よい疲れとともに俺は眠りにつく。
おやすみなさい。
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