イヴァリュエーション・ミーティング〜その1〜

 「機体の残骸及びパイロットの回収作業、概ね終了しました」オペレーターの一人が言った。


 「残骸の調子はどう? まだパーツとして使えそうかな? 」鈴木はおためごかして訊いた。本当はどこもかしこもぶっ壊れている方が彼にとっては都合が良かった。

 

 修理で菱井に持ち込まれゼネラル製の機体に改修を加えてやるのも鈴木の悪い趣味の一つだからだ。最新鋭のAF-8も導入から今日までの八ヶ月の間に判っているだけで三機は彼の餌食になっている、そのあまりにピーキーな機体挙動のため、当然扱える者は少なく、すぐにエース用にされた。そのうちの一つが風城の乗機であるファランクスカスタムである。


 「ええ、各関節部のモーターは完璧に生きてます、パーツとして使えるどころかそのまま繋げてもいいくらいです、頭部はそうもいきませんが」


 「随分とエコなパイロットなんだね……彼は」


 「残念そうですね」オペレーターのその言葉に鈴木は低く鼻を鳴らした。


 「あ~、武石さんのスナイパーライフルは完全にイってるみたいですよ」他のオペレーターが作業の進捗を確認して言った。


 「おっ! いいねぇ! 一回長物のライフルもいじってみたかったんだよなぁ……おっと失礼」鈴木は慌てて口を塞いだ。当然、満面の笑みでだ。





 「なぁ、どうだった? あの機体」風城は椅子に座るなり奏志に訊いた。


 「良い機体だと思います、機体の性能自体が高いってのは勿論なんですけど、やっぱり脳波制御が一番のお気に入りですね。だけど、システムが起動するまでには少し時間が掛かり過ぎですよ。起動した後は凄かったんですけど、まさかその為に初日の演習で殺されそうになるとは思ってませんでした」奏志は口を尖らせた。


 「当たり前だろ、そうじゃなきゃ実戦のデータにならないだろ? お遊びじゃないんだからさ」


 「だからって高校生を殺そうとしますかね? 正直な事を言うと、バイトを受けておいてなんなんですけど、他にもテスト・パイロットに適任の人ならいるんじゃないんですかねぇ」


 「さあな、俺にはよく分からん。だが、お前が上手いってのは確かだ、自信持っていいぞ」風城はそう言ったが、奏志はなおも憮然とした表情のまま、徐ろに立ち上がった。


 「おい、どこ行くんだ? 」風城の問いに奏志は答えず、手をヒラヒラと振ると、すぐに艦内食堂の人混みの中に消えていった。


 「明希ちゃんは、あの機体どうだった? 」不機嫌な顔をした風城を横目に見ながら珠樹は訊いた。


 「学校でよくやる演習で使ってるようなのとは全然違いました」

 

 「それは、確かにそうなんだけど……」明希の気の抜けた返事に珠樹は多少の戸惑いを持って応じた。

 

 「あっ……すいません」明希は恥ずかしそうに顔を伏せると、もう一度顔を上げて言った。


 「やっぱり、脳波で統括制御するまでの間、機体がピーキーすぎるのと……後はデータ処理がAIの処理領域の限界を遥かに超えて展開されるのが大きな問題だと思います」さっきまでの様子とは打って変わり、明希は極めて的確に機体の難点についてをスラスラと並べ立てた。


 「そうねぇ、あの機体はシステムありきでようやく本来の機体性能を発揮できるようになってるのが問題よね。実際のところ、私達も減給だなんだって焦らされるまではあの機体をAF-8よりちょっとマシな程度だなんて過小評価していたわ」珠樹は嘆息するように言った。


 「さっき戻ってきた時に見ましたけど、凄かったですね、って言われたあとの機体の動き」明希は楽しげに言った。


 システム起動後のクルセイダーの動きは凄まじいものだった。旋風に舞い上がる木の葉のようにひらめいたかと思いきや、後ろでドローンが火花を噴き上げる、放たれた荷電粒子の帯を踊るように躱す、その繊細にして優美な動きは一つの芸術のようだった。


 「死活問題だったからなやらなきゃ生活苦だもの」奏志が何処かへ消えて、手持ち無沙汰になった風城は二人の会話に横槍を入れた。


 「本当に危なかった、それにしても随分といきなりな事を考えるものね、あの変態鈴木さん」珠樹は眉を上げた。


 「いや、確かにあの人は変態だけど、メカニックとしての腕は最高だよ。機体も、乗ってて楽しかった」風城はと付け加えてはいたが、鈴木に対して尊敬の念を抱いているのは確かだった。




 「パーックション! ヴェッフェ! グヒュ! 」モニタリングルームに鈴木のくしゃみが三回大きく響いた。


 「大丈夫ですか? 誰か噂してるんですよきっと」オペレーターがそう言うと、鈴木はなおもぐずつく鼻をさすりながら、身震いを一つして言った。


 「若いのに、随分と前時代的な事を言うんだね」


 

  

 「風城さん、お疲れ様です」突然現れた、がたいのいい男は一言挨拶すると、風城の前の席に座ろうとした。


 「なんだ川俣じゃねぇか、お疲れさん。ついでにそこ、先客いるぜ」風城が指を指したため、川俣は引きかけていた椅子から手を離した。


 「川俣ァ、お前座んないならそこ、座っちまうぜ」後ろからひょっこりと顔を出した柿崎が椅子に手を伸ばす。


 「二度は説明しないぞ」どうやら俺の声は遠くまで通るような質をしてないらしい、風城はニヤリと笑った。


 「先客がいるんだってよ」川俣がそう言うと、柿崎は目を丸くした。


 「誰なんです? その先客って」


 「お前らを墜としたパイロットさ」


 「あぁっさっきのやつのパイロットですか、あれは上手かった。して、そちらの可憐なお嬢さんは中尉の妹さんですかな? 」柿崎は矢継ぎ早に質問をした。


 「疑問が尽きないね、お前は。きっとさぞや人生楽しいんだろうな」そんな柿崎に皮肉を込めて風城はこう言ったのだが、愛すべき柿崎少尉はにっこりと笑って頭を掻きながら「おかげさまで」と付け加えただけだった。


 「その娘は、さっきのやつの火器管制とデータ処理を担当してた娘だよ。それから、俺の妹なら地球の大学に行ってるってこないだも言ったと思うんだが」


 「えっ……こちらのお嬢さんが……」


 「原嶋明希です、よろしくお願いします」小さく頭を下げた明希を見て、柿崎は目を回した。


 「あぁ、えっと俺は柿崎駿です、こっちが相方? の川俣啓治です、どうぞよろしく」柿崎も小さく頭を下げた。


 「こりゃますますそのブラックバイトあがりのパイロットとやらの顔が気になりますなぁ」川俣は神妙そうな顔をした。


 「もう時期戻ってくると思うんだがな」こんなに聞かれるならしっかりと二人の事を紹介しておくべきだったな、風城はそう思った。実際のところ、奏志達にはなんという人が何番機に乗っているか、この間の戦闘で墜されたのは誰か、などの至極どうでもいい事は伝えてあった。


 「すいません、ちょっと通ります」奏志は盆に人数分のお冷とおしぼりを乗せたまま、柿崎と川俣の間をヌルリとすり抜けた。


 「おう、噂をすればなんとやらだな、にしても気が利くなお前、ありがとさん」風城はコップを受け取った。


 「えっ……あぁ、ありがとうございます」恭しく頭を下げてから風城の前に座った奏志の様子を見て、川俣と柿崎の二人は顔を見合わせた。


 「まさか、風城さん……」


 「そうだよ、コイツさ」なおもキョトンとしたままの二人を見て風城は笑った。


 「ははっ……ご冗談を、そんな冴えない感じのがあんな動きを出来るとは思いたくありませんな」柿崎は引きつった笑みを浮かべた。


 「ってなんですか、失礼しちゃいますね」奏志は柿崎を凝視した──

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