テスト・パイロット〜その1〜

 「おはよう」奏志は目を擦り、欠伸をしながら明希に挨拶をした。時刻は午前五時半、真っ当な運動部なら朝練だ試合だと目をシャッキリと開けて、駅に赴く時間だが、そうではない奏志にとって、朝五時半に集合をかけられる、と言うのは苦行以外の何物でも無かった。


 「おはようございます」明希はそんな奏志の様子を見て、微笑みながら挨拶を返した。辺りは薄明かりよに包まれ、小鳥のさえずりがまだ眠りと静寂の中にある街中にこだましている。朝の陽光が雲を引き裂いて一条の光を差し始める頃、二人にとってはもう見慣れた士官が二人、息を切らしながら向かってくるのが見えた。


 「おはようございます……」


 「おはようございます」


 「ハァッ……ハァッ……フゥー、おはよ」

 

 「おはよう」口々に挨拶を終えると


 「風城さん、集合早すぎますよ」奏志は目の下を撫でながら口を尖らせた。


 「悪い悪い、上からのアレなんでな」風城は両手に大きなアタッシュケースを一つずつ抱えていた。


 「歩きで来たんですか? 」明希が聞くと、珠樹は風城からアタッシュケースを受け取りながら答えた。


 「そんな訳ないじゃない、ちゃんとリニアで来たわよ。軍人とは言え、そこまでタフじゃないわ」フフッと笑ってから両手に力を込めてアタッシュケースを引き起こし、体を支えた。


 「珠樹さん、良かったら持ちますよ、ソレ。重そうですから」見かねた奏志が珠樹の抱えていたアタッシュケースを受けとる。予想外の重さに顔を歪めはしたが、呻き声をあげるような真似はしなかった。


 「気が利くのね」


 「いえいえ、紳士ですから」奏志は清涼感溢れる笑顔で返した。


 「それを言わなきゃ完璧だったんだがなぁ……」風城の苦笑につられて住宅街に鳥のさえずり以外の音が加わった。


 「おっと、こんなところで油を売っている場合じゃなかったな、そろそろ行こうか」風城の呼びかけに三人は荷物をまとめて彼につづいた。


 「どこに行くんですか? こんなところに入っても何もありませんよ」風城が迷いなく路地裏に入ったのを不思議に思い、奏志は怪訝そうな顔をした。


 「まぁ見てなって、すぐだからよ」そう言って風城は情報端末スクリーンを呼び出した。二、三回指を滑らせたところで路面の一角がせり上がった。サイズこそ小さいものの、奏志が一週間前に見た地下通路の入り口とほぼ同じものだった。


 「こんなところにもあるんですか? 


 「ああ、これは人間用だけどな、AF輸送用は住宅街にはおけねーよ。ほら、入んな」


 「失礼します」


 冷たく、ひんやりとした空気の流れる通路内、ここを歩いていくのかと、奏志は一瞬恐ろしい気分になったものの、一歩、また一歩と歩みを進めた。


 「おーい、お前、どこ行くんだァー 」トンネル内に風城の声がこだまする。


 「だからァー、歩いていくんじゃないんですかァー? 」負けじと奏志が叫ぶと、すぐに風城がやって来て、地下通路の構造と地下に張り巡らされたリニア兵員、兵器輸送システムの説明を受けることになった。


 「これじゃ俺が馬鹿みたいじゃないですか」


 「ああ、お前は馬鹿だ。ここから軍本部まで何キロあると思ってるんだ? え? 歩いて行けるか? 」


 「無理ですね」


 「だいぶ物わかりがいいじゃないか、分かったらさっさと乗れ! 」風城は奏志をアタッシュケースで小突いた。


 「痛いじゃないですかぁ」奏志は背中をさすりながらシートに腰を下ろした。


 「騒がしいわねぇ、まったく……」


 「コイツの物わかりが悪いんだよ」風城は向かいから奏志のすねを軽く蹴った。


 「先に説明してくれれば良かったのに……原嶋さんは先に聞いてたんだよね? 」


 「ええ、の、あった日に珠樹さんに聞いてます」


 「ほら、やっぱり」


 「存外しつこい奴なんだな、お前って」風城の言葉に奏志は舌を出した。


 「そう言えば、あのアタッシュケースは一体何なんですか? 」明希の問いに珠樹はハッとして肘で風城をつついた。


 「俺達からのってとこだな」


 「ホントですか!? 何が入ってるんですか? 」鼻息を荒くして奏志が聞いた。


 「う・そ、ホントは国連軍の軍服と、ID、それから……パイロットスーツと、後はまぁ色々だ。開けてみれば分かる、と言うか……今開けてくれ、もうじき本部に着いちまう、そうなると忙しくてとても説明などしていられないからな」


 「そうですか」二人はおとなしく風城の言葉に従い、アタッシュケースを開いた。中には卸たての迷彩服(旭日旗のワッペンもピカピカだ、勿論、国連のオリーブのマークは言うまでもない)に、新型試験機に相応しい、仰々しく思えるほど程のプロテクターの施されたパイロットスーツと、IDカード、それからボールペンなどのちょっとした小物類が入っていた。


 「IDカードとはまた古風なものが入ってるんですね」

明希は、IDカードを光にかざし、まじまじと眺めた。


 「効率が良いのよ、逐一生体データを登録するよりも、こっちの方が手早く済むし、経済的なの、それに……コレ、ちょっと楽しいのよ」そう言って珠樹は首から下げたIDをひらひらさせた。


 「風城さん、これヘルメット入って無いですよ」


 「アホか、お前は、いや馬鹿だ。このサイズのものに宇宙用のヘルメットが入ると思うか? え? 」


 「ん……宇宙用? 今日は新入りの自己紹介と地上での歩行テストや武装の確認じゃないんですか? 」


 「どこにも、んなこと書いてない。今日は宇宙空間での機動性、運動性、各種武装の総合演習だぞ」風城の言葉に二人は顔を見合わせた。


 「出るんですか……!? 宇宙に!? 」先に口火を切ったのは明希だった。その表情はどこか嬉しそうだ。


 「そうよ、マスドライバーの発射時刻があるから、こんなに早く呼び出したの」


 「わぁーぉ、それはまた大変ですね」そんな風に冗談めかして言った奏志に対して、風城は今回の新型試験機であるAX-38のマニュアルを投げ、珠樹は明希に火器管制官用のマニュアルを手渡した。


 「へぇ〜、こんな機体デザインだったんですね、すごい格好いいじゃないですか、こないだはちゃんと見れなかったんでよく分かんなかったんすけど」奏志は感嘆の声を上げた。一方、明希はAIの補助領域の狭さに顔をしかめていた。これでは多少手間取ってしまうかも知れない、明希がそんな事を思った時。風城は二人のマニュアルを自分が持っていたものと入れ替えた。


 「そっちがお前らのだったわ、悪いね」と平謝りした風城は荷物をまとめ始めた。そろそろ着く、準備しておけ、と短く言葉を発すると、風城は急いで身なりを整えた。


 二人は新しいマニュアルを1読むことなく本部に着いてしまった。奏志は何を言うでもなく、二人分のアタッシュケースを抱えて箱を下りた。一行はそのまま一階へと上がる。


 「ようこそ国連軍へ、と言いたいところだが、発射まで時間がない、走るぞ! 」風城の号令に合わせて走り出す三人、彼らは途中何人かとすれ違ったが、誰もが彼らの必死な形相に道を開けた。


 既に発射の準備が完了したシャトルが見えてくると、作業員が急ぐように手を振っていた。四人がシートに座ると同時に対G用の装備が彼らの体を包んだ。すぐに隔壁が閉まり、アナウンスもなしにシャトルはローレンツ力によって撃ち出された。あっという間にシャトルは火星の大気圏を突破し、火星軌道上に浮かんでいる、最新鋭の航宙空母『出雲』に収容された。


 出雲に降り立つと、奏志たち四人はすぐにロッカールームに案内され、パイロットスーツに着替えることとなった。どうやらすぐに機体を動かすらしい、奏志は慌ただしく慣れない宇宙用の装備をしながらそう思った。


 「あれ、なんで風城さんもパイロットスーツを着てるんですか? 」


 「言ってなかったっけ、俺も乗るんだよ。新型試験機にさ、俺のとお前のとで二機あるの」


 「そうだったんですか」我ながら察しが悪かったと頭をかいた奏志に、風城は錠剤を投げた。手の中に収まったその錠剤を見て、奏志は火星軌道上のドックの外壁工事を行った時のことを思い出していた。あの日もこれとおんなじのを飲まされて、六時間は宇宙空間で作業をしてたっけ。


 「飲んでおけよ、テストはかなり長くなる予定だ。途中でトイレになんか行けねーからな、排便やらやら排尿やらを抑制するよく出来たパイロット必須のお薬だ。セーロガンなんかよりずっと効くぞ」


 「あぁ、はい。これなら飲んだことありますよ」奏志は笑うと、錠剤を水無しで胃に流し込んだ。


 「じゃあ、行くぞ」二人はロッカールームに置いてあったヘルメットを小脇に抱えると、女性用のロッカールームから出てきた明希たちと合流して格納庫に向かった。


 「出雲」の格納庫は広く、数十機のAFが並んでいた。その一番奥、五十人は下らない数の整備員があちこちに張り付いている機体が今回の新型機であった。


 そのうちの一つ、先日奏志が無断搭乗した方を四人は下から眺めた。


 「やっぱり格好いいな、これに乗れるなんてワクワクしませんか? 」奏志は真っ直ぐに機体を見つめて明希に聞いた。


 「そうですね。だけど、少し緊張します」


 「そうだね、気合いを入れないと……」


 「おい」新しい機体を前に楽しげに会話する二人に風城が横槍を入れた。


 「お前らが乗るのはそっちじゃねーぞ」


 「はい? 」二人が話を止めて風城の指が指された方向を見る。


 「な……なんだって言うんですかコレは……コレに乗らなきゃいけないんですか……? 」奏志はガタガタと震えながらその機体を見つめた―――

 


 


 

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