「スカウト」〜その2〜
(しかし、困ったもんだな……いきなりテスト・パイロットなんて言われてもなぁ……さらに原嶋さんの名前まで出されて……)奏志は昨日のこと、そして隣に座っている明希の様子が気になり、この日の授業に身が入らないでいた。
(いっそのこと原嶋さんにもどうするのかを聞けたら楽なんだけど、周りの女子たちが許さないだろうし、他の奴らにも怒られちまうだろうしなぁ……)等と彼が悶々と考えているうちに、その日の授業も終わってしまった。
「お前大丈夫か? なんか具合悪そうだぞ」駅に向かう間、康司は隣で難しい顔をしている友人に声をかけた。
「いや、ちょっと考え事がね……」苦笑する奏志
「あんまり考えすぎんなよ、明日は祝日だし、かなり長めにシフト入ってんだからよ! 」
「休みだったっけ? 」ポカンと口を開けて聞き返した奏志にやれやれ、といった様子で康司は返した。
「おいおい、しっかりしてくれよ。そんな調子でAFに乗るなんて危なっかしいったらありゃしないよ」
「分かってるよ」彼は精一杯の笑顔を作った。
(バイトだったか……それじゃあ一応、大木センパイとかにも、話はしとくかなぁ……)なんと言われるだろうか、奏志はその事も心配していた。
明くる日、彼は相変わらず様々な思考に苛まれながらも、いつものように二五式(民生用に退役機を改造したもの)を駆っていた。
「奏志ィ! 鉄骨全部まとめて持ってこーい! 」
「分かりました宮田センパイ! 」高らかに返事をすると、奏志は操縦桿を滑らせてマニピュレータを動かして鉄骨を掴み、そのまま肩に担ぎ込んだ。ペダルを踏み込めば地響きとともに機体が前進し、体は上下に揺さぶられる。そのリズムの中で彼は心地よさを感じていた。
(こうしてみんなと作業しているのは楽しいし、この機体のリズムも好きだ。こんな環境に身を置けているのが嬉しい、やはり国連軍のバイトは止めておいた方が良いのだろうか……? )
「おーい、奏志ィ! 場所間違ってんぞー! 」宮田の大きな声に奏志はハッと我に返ると、急いで元の場所に戻った。
「大丈夫か、お前? 」宮田は心配そうな顔をした
「ちょっと考え事があって……」
「コイツ昨日からずっとこんな感じなんすよ、学校でもこんな感じで、危なっかしいんすわ」康司はモニター越しに言った。
「丁度お客さんも来ているし、お前ちょっと降りて休んでこい」宮田は諭すように言った。
「分かりました……お客さん……ですか」
「なんか気のよさそうなニーチャンだったぞ」気のよさそうなニーチャン……か、多分風城さんだな、催促に来たのか? 奏志は急いで二五式を現場の脇に駐めてお客さんの所へ向かった。
奏志が事務所に入ると、最初に応対にあたったのであろうか、大木が何やら親しげに話をしているのがドア越しに彼の耳に入った。ドアを開けると、やはりそこにいたのは風城だった。
二人は入ってきた奏志を見ると顔を見合わせた。
「遅れてすみません」二人に頭を下げる奏志、
「気にするなよ、おかげで旧友と話をする時間があったってもんだ」先に口を開いたのは大木だった。
「旧友……ですか」
「そこまで古かねーけど、中坊ん時の友達だよ」風城は大木と互いに目配せをしながら言った。
「とりあえず、お前のバイトの件はコイツにしっかりと話は聞いたぜ、後はオメーがどうするのかしっかり決めろぃ」
「風城さんに先を越されちゃいましたか、自分から話をしようと思ってたのに」奏志は肩を落とした。
「そうかぁ……んまぁ俺としちゃあ、確かにお前がいないってのは寂しくはあるが、自分で育てた後輩が人様の役に立てる、ってのは酷く光栄だ。それに、コイツの所に預けるってんなら心配も要らねぇ」大木は付け加えた。
「済まないな、奏志。こっちも事情が変わっちゃってね、土曜には試験をスタートしなければいけなくなってしまったんだ。別にうちの若いのを乗せてもいいんだが、お前のほうが明らかに適任なんでね」
「う~ん」奏志は一つ唸ると頭を抱えて黙り込んでしまった。
「こりゃ長くかかりそうだぜ。そろそろ戻った方がいいんじゃねーのか? オメーはよ」
「そうさせて貰うよ。それじゃあ、早めに決めるんだぞ! なにしろ俺の首がかかってんだ! 」
「だってよ奏志ィ、まったくあの野郎……脅迫じみてんな」大木は大袈裟に肩をすくめて見せた。
「そうっすね」
「お前も、早く戻んないと怒られるぞ」
「はい! 」奏志は走って戻った。
「篠宮ク〜ン、お昼の時間二十分は働いて貰うゾ」宮田は声をかけた。分かりました、そう返した奏志は黙々と作業を続けた。お昼の休憩のうちの二十分がなくなるのなら、と片手間に昼飯をかきこみながらだ。
十二時のチャイムが鳴り、続々とパワードスーツとAFが作業を終えている。奏志は残った分の作業を引き継いで行っていた。
(金曜までにどうするか決めなきゃいけないのか、期限をつけられると余計に焦っちゃうなぁ……)強化セラミックの外壁をはめ込みながら奏志は考えていた。
『二十分経ったぞ、奏志。君も早く昼の休憩をとったらどうだい? 』
「なんだジョニーか、分かってるよ」ジョニーともお別れなのだろうか……彼はこの気さくなAIを気に入っていたのであった。起動キーを抜き取り、彼の顔が見えなくなるのが急に寂しく感じられた。
奏志が事務所に戻り、起動キーを棚に戻すと、何やら応対に当たっている大木に声をかけられた。
「ああ、奏志、ちょうど良い所に来た」
「どうしたんですか? 」
「また、お客さんだ、全く珍しいこともあるもんだなぁ、一日に二度もお客が来るなんて、しかも女の子だぞ、お前みたいなクソ童貞の所にわざわざ来るなんて『蓼食う虫も好き好き』とはよく言ったものだな、世も末だ」
「そこまで言わなくても……」
「早く行ってこいよ蓼くい虫め! アレな感じだったらあとで覚えとけよこの野郎! 」
「分かってますよ」奏志はヘルメットを小脇に抱えて走った。コンテナを三つ通り過ぎた頃から胃がムカつきはじめた。昼飯をかきこみながら操縦なんてするんじゃなかった……! 奏志は軽い後悔を抱えて現場の入口に着いた。誰だよ一体……俺を呼ぶなんて……奏志は辺りを見回した──
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