「スカウト」〜その1〜
「軍人さんが来たと思ったら、いきなり何を言い出すんですか!! 新型試験機のテスト・パイロットですって!? 」奏志の母である
「ちょっと待ってくれよ母さん、まだ決めた訳じゃないんだ。今のバイト先の菱井建設も良い所だから迷ってるんだよ……」奏志が困った顔で言うと、
「アンタは黙ってなさい」釘を刺されてしまい、枯れは無言で俯くことしか出来なかった。
「そのですね……軍役に就くとかそう言った話じゃ無いんですよ、ただ……彼のパイロット適正を見込んでの話です」風城はたじたじになりながらも、精一杯フォローにまわった。
「そう言う話じゃなくて! 時給は幾ら、勤務時間はどのくらい、勤務場所、交通費の有無、拘束時間、休憩、シフトはどう組む、だとか、そう言った基本的な事項についての話が全然ないじゃない! 」
「すいません、本当にうっかりしてました……」すっかり萎縮してしまった風城。
「しっかりして下さいよ、長くパイロットをやっていると、一般的な感覚が欠けちゃうのかしら? 」
「よせよ早織、軍人さんが可哀想だ」奏志の父、大志が早織を諌めた。二人は風城のスクリーンを自分の方に向け、一通り目を通すや否や大きく口を開けた。
「どうなさいましたか? 」風城が恐る恐る聞く、
「なんなの? この額は……時給が高すぎる……」
「一体どうなってるんだい? 危険手当かな? 」
「それについては、国連軍の機体性能試験というのもそうですが、菱井重工側の性能試験の依頼でもあるので、実際には給料の二重取りのような形になっている、ただそれだけのことです」
「そうなの……で、奏志、アンタは一体どうするつもりなの? 」早織は奏志の方に向き直った。
「迷ってるんだって……バイト先の先輩達はいい人だし、職場も結構気に入ってる。だけど国連軍の仕事は条件が良いだけじゃなくて後々人のためになるかも知れないし、別に戦争しに行く訳でも無い、だから……」奏志は頭を抱えた。
「ちゃんと自分で決めるのよ、人に言われてやったことなんてどうせ中途半端になっちゃうから」
「父さんからは特に言うことはない、お前の好きなようにするといい」
「うん」奏志は難しい顔をして頷いた。
「こちらもそこまで結論を急ぐもの訳では無いので……出来るだけ早い方が好ましいですが……」最後は小声で風城は呟いた。
「だってさ」
「うん」
「それじゃあ、僕はこの辺で失礼させて頂きます」風城がそそくさと逃げるように出ていこうとしたのを奏志は追いすがるようにしてリビングを出た。
「途中まで送ってきますよ」
「女の子じゃあるまいし心配いらねぇーって」風城はすっかり何時もの口調に戻っていた。
「でもま、お前に言っとかなきゃいけないコトがあるから、それだけは言っておきたいし、来てもらおうかな」と、口角と眉をつり上げた。
家を出てしばらくした所で風城はおもむろに口を開いた。
「テスト・パイロットのことなんだけどな、火器管制官には明希ちゃんが選ばれてて、珠樹が話をつけに行ってるらしい。まぁ、誰か他の奴が明希ちゃんを後ろに乗せる前に、ってこったな」風城はそう言ってニヤリと笑った。
「そんな……卑怯ですよ、風城さん」奏志は額に汗を浮かべながら口角を歪めた。
「明希ちゃんが受けるかどうかは知らんゾ」
「いや、ありがとうございます。判断材料が増えました」
「それは良かった、ところで……なんでお前はあんなに操縦が上手いんだ? あれは軍用機だ、そんでお前がバイトで乗ってるのは民生機、ずっと気になってたんだよ」
「ああ、それはバイトの新人研修がきつかったからですね」
「キツかったっていうと……どのくらいだ? 」
「中3から高1にかけての春休みは一日十二時間でしたね、大体の長期休暇は八時間、実際にシュミレーターに乗ったり、機体に搭乗したりした時間ですよ」しれっとそんな事を言った奏志に風城は目をまわした。
「マジかよ……」
「二週間で使い物になるようにしてやるから、って言われて、春休みの最初は民生機のシュミレーターと実機訓練、そんで最後の一週間はずっと軍用機でしたから」
「ソイツは凄いな、道理で俺の同僚や部下なんかよりもよっぽど上手く機体を扱えるわけだ、まさしく努力の賜物だな、それにセンスもある」
「ありがとうございます。それじゃあ、この辺で大丈夫ですか? 」ある程度のところまで歩いたところで奏志は風城に聞いた。
「もとから案内なんか要らないって言ったろ」風城は笑った。
「そうでしたね、さようなら」
「色よい返事をお待ちしております」風城はふざけて頭を下げると、奏志に手を振った──
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