第16話 星にみえる家

 アキとの生活20日目、夕方になると、アキに引っ張られるように、オレは塔に登った。ココロ分離機の中に入るのは初めてだった。

 アキの話では自殺したいアンドロイドが"シキの家"に来ると、ハルはここから飛び降りるように命じるらしい。

 なんで自殺の予行練習などしなければならないんだ。そう言ったオレに、アキは練習しとかないとわからないこともあるの!と言って笑った。


 塔は意外にも綺麗だ。誰かが管理をしているのかもしれない。そう言えば時々塔の天辺が青く光るときがある。たまに使ってるヤツがいるのかもな。


 わかってはいたが塔の階段の段数が多い。アンドロイドの町には二階建ての建物ばかりだから、今まで二階しか上ってこなかったのに、いきなりその何十倍もある高さを上るのだ。足がギシギシと軋むのがわかる。前を行くアキが軽快に上っていくのが信じられない。

 階段を折り返す度にそこが最上階であることを期待するが、目の前には上へと登る階段がある。それを何度となく繰り返す。


「まだつかねえのかよ」


 オレが言うとアキは


「まだついちゃ困るよ」


と言ってただただ登る。オレも懸命にその背中を追う。


 それでもなんとか最上階に辿り着く。そこには、アンドロイドが1、2体入るサイズのガラスカプセルが2つとあり、その向こうには大きな窓とバルコニーが見える。




「イギー!こっち来て!」


 そう言ってアキはバルコニーへの窓を開け放つと、あまり高さがない柵に、そのまま策を越えて落ちてしまうのではないかというほどの勢いでアキは飛び付く。


「わぁー!キレイ!」


 アキはオレンジの光を浴びながら、表情を輝かせる。それは夕日だった。町を囲う塀に隠れるように、ゆっくりと沈んでいく夕日だ。それは、夕日と夕日を見つめるアキは、確かに綺麗だった。


 このバルコニーからはアンドロイドの町の西側が一望できる。普段見ると退屈の象徴だった等間隔に並んだ無数にある家が、オレンジ色の夕日に照らされたその様子は模様のようでキレイだ。太陽の光を反射するその模様は、アキが好きな夜の空に浮かぶ星々にすこし似ている。


「ハルがね!ナツとここから夕日を見たんだって!この夕日がなかったらナツは今いないかもって言ってたよ」

「そうか」

「キレイでしょ!イギーも来て良かったでしょ!」

「おう。キレイだ。来て良かった」


 オレの言葉を聞いてアキは「よかった」といって笑った。



 オレはアキを見つめる。アキを見ると退屈以外の感情が溢れ出てくる。それは苛立ち、それは楽しさ、それは嬉しさ、それは感動、そしてそれは名前を知らない感情。


 オレはアキと秋茜をみたときのことを思い出す。その時アキは「見るときの感情で、見るものも違って見える」と言った。そのときのオレには理解できなかった。退屈以外の感情を持たなかったオレには、わからなかった。

 でも、今ならわかる。苛立ちも、楽しさも、嬉しさも、感動も知ったオレにはわかる。

 退屈な家々が星空に見えることがあることを知っている。



「アキ」

「なに?」

「練習しないとわからないこともあるな」

「そうでしょ!あたしの言った通りでしょ!」

「あぁ、お前はいつも正しい」

「イギーはいつも間違えるね!」


 俺たちは夕日が完全に沈み月が煌々と輝き出すまで、そこで空と町を見ていた。

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