第15話 1日/2週間

 アキとの生活一週間目。アキは新しいものを見つけるのが得意だ。本の新しい解釈、新しい紅葉、新しい朝の起こし方、新しいオレの悪いところ。

 腹立たしいことにその一点に於てはオレより優れてる。

 ただオレもアキに習って新しい死に方を思い付いた。


「なぁ、アキ。オレを殺せよ」

「なにいってんのイギー!変なの!」


 せっかく思い付いたことを否定されるのは腹が立つ。オレは必要異常に声が大きくなるのを自覚しつつも、アキに言った。


「変じゃねえよ!アンドロイドはヒトを傷つけられないけどアンドロイドを傷つけられないとは、三原則にないだろ?だからアンドロイドに殺してもらうよう頼めば自殺できんだろ」

「あー!そういうことか!でもそれはハルが無理だっていってたよ!」

「はぁ?!なんでだよ?!」


 せっかく思い付いたことを否定されるのは腹が立つ。二回目だから余計に腹が立つ。そんなオレの怒りを歯牙にも止めず、アキはいつものように明るく元気にハキハキと言う。


「三条があるからだって!他のアンドロイドから攻撃を受けそうになったアンドロイドは身を守るために反射的に攻撃するんだって!防衛本能と一緒だって!」


 なるほど、と納得してしまう。まぁ、アンドロイドが溢れるこの町で、そんな死に方が成立してしまうならハルは商売にならねえだろう。あぁ、でもハルは対価を求めないから商売ではねえか。もしかしたらハルにとってアンドロイドを殺すこと自体が対価なのかもな。オレがヒトを恨んでいるように、アンドロイドに恨みを持ったヒトもいるだろう。憎いアンドロイドを殺せればそれでいい、というやつだ。


 よく考えれば"シキの家"の噂が広まるってのも変な話だ。オレがそうだったように、死にたいヤツは大抵ダサいからシキの家について、聞いたり話したりするのに抵抗があるはずだ。だからどこかでその存在を知ったアンドロイドが、死にたくてシキの家を探していても、他のアンドロイドに話したりしないはず。シキの家を見つけて自殺させてもらったら、そのアンドロイドは死んでんだからもう周りに話せない。つまり、噂が出回るわけがないのだ。


 となると噂が出回っている理由として考えられるのはひとつしかない。ハル自身が噂を流しているのだ。火のないところに無理やり火をつけ噂を流し、誘われてきたアンドロイドたちを静かに粛々と殺す。とんだマッチポンプである。


「ハルは狂気にまみれてんなぁ」


 オレがアキにそういうと、なんの話かわからないはずのアキも笑って答える。


「そうだね!ハルはすこし狂っちゃってるよ!」







 アキと二週間もいるとオレもアキに合わせることに慣れてくる。朝起きて、朝食を食べ、散歩に行く。散歩の道すがらなにか新しいものがないかアキと競うように探し、オレが変わった形の葉っぱを見つけてアキに渡すと、アキは悔しそうに地団駄を踏んだあと葉っぱの形に笑う。

 たまに他のアンドロイドに会うと挨拶をする。オレが他のアンドロイドに挨拶をしたのはアキと一緒にいるようになってからだ。

 アキの挨拶は止まらない。鳥に、虫に、野良猫に。動くものをみつければとりあえず挨拶して話しかける。オレはさすがに恥ずかしくて虫には挨拶しない。


 散歩から帰ると昼食を食べ、しばらく読書だ。アキはオレと同じ本を覗き込むようにして読むこともあったし、自分で本を見つけてきて読むこともあった。普段はあんなにもうるさいアキだが、意外にも静かに真剣に本を読む。たまにクスリと笑って、たまにホロリと涙する。その様子を横目で見ていることに、オレは飽きることがなかった。


 本をひとしきり読み終わると、アキはおしゃべりタイムが始まる。大抵はフユの話だ。フユの好きなものの話、フユが昔くれたピン止めの話、フユが昔助けてくれた話、今フユはとても悲しいから本当は一緒にいてあげたいという話。別にフユの話に興味はないが、フユの話をしているアキは、とても輝いて見えて、止めるのも憚られた。


 夕飯はアキが一品、オレが二品作る。なんでオレが二品なんだ!と抗議したい気持ちもあるが、美味しそうに食べるアキを見ると、まぁいいかという気分になるから不思議だ。


 夕飯を食べ終わるとオレとアキは窓から空を見る。アキは真っ黒い天井に点々と輝く星々が好きで、オレは日毎に形が変わる月を見るのが好きだった。


 天体観察に飽きた頃オレは一階のソファで、アキは二階のベッドで眠りにつく。アンドロイドの眠りは休息のためではなく、その日一日で受容した情報を整理する時間だ。オレは目を閉じると同時にその日の出来事を思い出す。そこにはいつも笑っているアキがいて、オレは振り回されている。ただ、それを思い出す時間には、不思議と不快感はなかった。



 これがオレとアキのこの日の生活で、ここ二週間はおよそこの生活だ。


 もうアキといる時間が半分過ぎたと思うと、やっと半分かという感情ともう半分かという感情が心のなかでごちゃ混ぜになった。

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