第13話 温故知新

「お前の頭のなかどうなってんだよ!」


 オレが怒鳴っても、ハルは特に気にするようすもなく飄飄としている。


「だってイギーさん裏切るかもしれませんから」

「死んだら裏切るもなにもねえだろ」

「死ぬ前にですよ。土壇場になって僕がヒトだって吹聴されたりしたら困りますから。だからアキさんに監視兼ほんとに死にたいのかを審査して貰うことにしました」

「フユもシキもお前もいるのになんで一番ウザそうなアイツなんだよ!」

「シキはまだ幼いですし、僕は幼いシキの面倒を見る必要がありますし、フユさんには他に仕事があるので」


 これは何を言ってもダメそうだ。無茶苦茶だがハルは頭が悪くなさそうだ。オレ程度の頭の出来じゃ説得する言葉が思い付かない。


「ということで、イギーさんは1ヶ月後アキさんとまたシキの家にお越しください」

「…………わかった」

「じゃあ僕はアキさんを呼んできます」


 そう言って2階にいくハルを、オレは恨めしそうに見送った。

 しばらくすると、ハルの説明を聞いたであろうアキの「えー!」とか「なんでー!」とか「フユと一緒にいるー!」とかいう喧しい声が聞こえてくる。


 同じ部屋に残されたのは、シキとシキに本を読んでいるナツだ。しかし、ナツが読んでいる本は『精神分析と深層心理学』という明らかに難しそうな本だ。まだ起動して間もないアンドロイドに読ませる本ではない。そこまで自我が成長しきっていないだろうに。

 その証拠にシキは詰まらなそうに足をバタつかせて、ナツを見上げている。

 オレは見かねて声をかける。オレは子供が割合好きらしい。


「そんなつまらなそうなの放っておいて外で遊んでこいよ」


 その言葉に答えたのは意外にもオレがこの家に来てから一言も発していなかったナツだった。


「私たちの教育方針に口を出さないでください」


 抑揚がない口調でオレにいうナツにオレはすこし苛立つ。


「私たちって誰だよ。お前が作った訳じゃねえだろ」

「私とハルで作りました」

「ハルはヒトの子供だろ?シキみたいなの作れるかよ」

「ハルは大人のアンドロイドです」

「はぁ?お前知覚機能壊れてんのか?」

「ヒトの子供はハルです」


 ハルといいナツといいここの家のやつらは言葉遊びが好きらしい。もしくはナツの回路が壊れているかだ。


「お待たせしました」

 そこでハルがアキをつれて階段を降りてきた。


「これから一ヶ月よろしく!」

「さっきまでの不機嫌はどうした?」

「ハルがイギーの監視終わったらフユとアタシに休みくれるって!」

「よかったな」


 望んでではあるものの自分の死のあとにイチャイチャするやつらがいるのはすこし胸くそ悪い。


「行ってきます!」


 ハルやフユ、シキ、ナツが各々返した答えも聞かずに、アキはオレを置いて元気に家を飛び出していく。


 オレはアキの背中をおって、"シキの家"の扉をくぐる。

 外はもう暗くなっていた。暗い町並みを歩くのはいつ振りだろうか。ハルもいっていたがアンドロイドは町をあまり出歩かない。暗くなってからは尚更だ。

 アキは、花を見つけてはあちらへ、変わった蛾をみつければそちらへ、かと思えば上を見て、星がきれいだー!と忙しい。自然オレの視線もあちこち動く。

 木の家が等間隔に立ち並ぶまっすぐな道も、これだけあちこち見ると違って見える。大して変わらないと思っていた家々にも個性があることに気づいた。

 この家は窓が多い、あの家は煙突が大きい、そっちの家は玄関がふたつある。玄関2つなんてなにに使うんだ?


「夜の町ってこんな感じなんだな。木なのに暖かみは感じないし、塔の回りの林もすこし不気味だ」

「そんなことも知らないのぉー?イギーはバカなんだね!」

「いかにもバカっぽいお前に言われたくない」


 オレがバカにしてもアキは変わらず笑顔だ。なにが楽しいのかわからない。退屈だから死にたいオレとしては羨ましい限りだ。

 それをアキに伝えると、アキは屈託なく答える。


「退屈って意味わかんない!世界はこんなにも新しいに溢れてるのに!」


 シキの家のアンドロイドはみんな知覚能力が壊れてる。

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