第5話 アキとフユ

 ナツさんとの生活が二ヶ月目に入ると、僕は他のアンドロイドとも交流を持つようになった。アキというアンドロイドとフユというアンドロイドだ。アキは背が低い女型のアンドロイドでフユは背の高い男型のアンドロイドだ。アキの目と髪は金色でフユの目と髪は黒。アキは元気で活発、フユは物静かで内向的。なにもかも正反対の二人は、ナツからココロ分離機の管理を引き継ぐことを了承した。必然的に二人は僕がヒトだということを知っている。


 アキはフユに片想いしている。


「アタシはね、フユと一緒に入れればそれでいいの!」


 アキはそういって輝く笑顔を浮かべる。この日、ナツさんの家の二階にある僕が使っている部屋で、僕はアキさんとフユさんといた。ナツは、アンドロイドのパーツを探しに行った。まだ足りないパーツがたくさんあるらしい。


「フユさんはこれからアキさんを好きになるかもしれないですよ?」


 僕がそう言うと、それまで僕とアキの会話を聞いていたフユがこちらを向いてボソリと呟くように声を発する。


「俺には他に好きな相手がいるから」


 僕はその言葉に少し驚く。常にアキさんとフユさんは一緒にいるからてっきり両想いではなくとも、フユさんは少しアキさんのことが気になっているのだと思っていたのだ。


「どんなひとですか?」


 僕がそう尋ねると、フユさんは少し考える素振りを見せ、そしてゆっくりと口を開く。


「とても傷ついているアンドロイドだ。ヒトではない」

「あぁ、どんな"ひと"って、たしかに表現として不適切でしたね」

「そうだな」

「傷ついているって?とても古いアンドロイドってことですか?それともヒトによるアンドロイド狩りの被害者ってことですか?」

「とても的を得ているが、君は少し勘違いをしてる。傷ついてるのはこころであって体のことを言ったわけではない。ただ、今では最も古いこころを持ったアンドロイドだし、アンドロイド狩りの被害者だ」


 最も古い?それってもしかして……。そこで今度はアキが口を挟む。


「フユはね!ナツが好きなんだよ!」

「あぁ、やっぱり。ナツさんって、二番目にこころを持ったアンドロイドですもんね」

「そうだ。そして、ナツが俺とアキの名前をつけた」

「もしかして、お二人は3番目と4番目のアンドロイドですか?」

「違う」

「違うよ!」


 声を揃えて二人は否定した。


「えっと、じゃあ、アキさんがフユさんを好きで、フユさんはナツさんが好きってことですね」

「そうだ」

「そうよ!」


 今度は、二人が声を揃えて肯定する。そしてアキはとても明るい声で続けた。


「つまり、私たちの恋は絶対叶わないの!」

「え?」

「だって、アンドロイドは生涯一人しか好きにならないからさ、ナツがずっとハルを好きなように、フユはずっとナツが好きだし、アタシはずっとフユが好きなの!ナツはハル以外好きにならないし、フユはナツ以外好きにならないし、アタシはフユ以外好きにならないの!」

「それは……、なんていうか、とても辛いですね」

「しかたがない。それが俺らアンドロイドのこころだから」


 僕らヒトには理解できない感情だ。叶わない恋をずっと続けるなんて、辛すぎるじゃないか。


「ヒトにはわからないだろうな」

「はい」

「わからなくてもいい。わからないほうがいいかもしれない」

「辛いもんね!」


 アキは辛そうに見えない。明るく朗らかな笑顔で辛いという。それに僕は僅かに嫌悪感を覚えた。


 ヒトは、笑顔の底に暗くて冷たい感情を横たえている。それが嫌で僕はアンドロイドの町に来たのに、アンドロイドたちは、笑顔の底で、悲しみとか辛さが見え隠れする。そこにどんな違いがあるというのだ。ヒトもアンドロイドも変わらないじゃないか。


 僕は、60年前アンドロイドを恐れたヒトたちの気持ちが少しわかった気がした。それは、根源的な恐怖感と嫌悪感だ。


「俺はヒトのこころが羨ましい」

「アタシもすこし」


 それは、ナツが前に呟いた言葉と同じものだ。辛くても、朽ち果てるのを待たなくてはならないアンドロイドたちの慟哭だ。僕は言う。


「フユさんは、なぜナツさんの自殺に協力を?今、ナツさんが抱えている苦しみをフユさんは抱えることになるんですよ?」

「そうだな」

「止めないんですか、ナツさんを」

「止めない。それが、ナツの幸せになるなら。それに……」


 そこで、フユは言葉を止める。


「それに?」


 僕が先を促すと、フユは窓をしばらく見つめ、少し嬉しそうに言った。


「ナツの今抱えている気持ちが理解できるのは、嬉しい。それが悲しみであっても」


 その言葉で、僕はフユが見つめていたのが窓ではなく、ナツが飛び降りようとしているあの場所であるということと、そのフユを見つめているアキの目が寂しげなことに気づいた。


それでもアキはきっと、次の瞬間には笑顔を浮かべる。

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