第4話 微笑み

 ナツは過去を語り終えると、なにかを吐き出すようにため息を吐く。


「これが私があなたを助けた理由よ」


 そういってナツは期待と不安が混在した視線を僕に向ける。僕はその視線を受け止めきれず目を逸らす。ナツさん、僕には重すぎるよ。


「今すぐっていう訳じゃないわ。このアンドロイドを完成させなきゃいけないし。ココロ分離機の管理を他のアンドロイドに引き継ぎしなきゃいけないし。そうね、4か月後くらいかな」

「4ヶ月ですか……。長いような短いような」

「私が耐えた60年に比べたらとても短いわ」

「……そうですね」


 それでも僕は納得はできない。ナツは僕を助けてくれた僕が初めてあったアンドロイドだ。その行動がたとえ原則にしたがった反射的な行動だったとしても、ヒトの町で恐怖に押し潰されそうだった僕に手を差し伸べてくれた唯一の存在だ。そんな彼女に死を宣告しなければならないなんて僕には荷が重い。


 そんな煮えきらない僕を見かねてナツは再び口を開く。


「あなたはアンドロイドの感情に憧れてこの町に来たのよね」

「……はい」

「私たちの感情は純度が高いって」

「そうです」

「その高い純度で愛していた相手を失った私の悲しみもすごい純度が高いのよ?」

「え?」

「あなたたちは好きなヒトを失ってもいずれ立ち直れるわ。記憶が薄れ感情が薄れそしてまた誰かを好きになる」


 僕は俯いていた顔をあげ、ナツを見つめる。


「私たちにそれはできない。生涯変わらず愛し続けるはずだった相手を失ってしまった私は、生涯悲しみにくれ続けるしかない。文字通り朽ち果てるまで。」


 現代のアンドロイドの平均駆動期間は450年と言われている。ナツが耐えてきた60年よりも遥かに長い。僕にはうまく想像できないほど先の未来だ。


「私にはもう耐えられない。この悲しみを抱えて生きていく気力はもうない。あなたが、ヒトが現れてしまったら、私はすがらずにはいられない」

「……はい」

「お願い。手を汚せとは言わない。死を命じるだけでいいの。それまでここにいてくれるだけで」

「…………はい」

「わかってくれた?」


 僕は頷かないわけにはいかなかった。






 その日以後と以前で、ナツの態度に変化はない。しかし、僕と僕らの間に漂う空気は確実に変わった。僕は極力彼女になんの思い入れも持たないで済むように、ココロに壁を作った。そんな僕に対しても変わらず接してくれる彼女に対して後ろめたさも覚えた。


 少し気まずく心苦しい関係も、一月が過ぎるとまた変化が生じた。僕の足が回復してある程度自由に動けるようになったのだ。ナツの家には地下に書斎があり、とても古い本が大量にあった。古い本の少しページがざらつく感じや、鼻がムズムズするのは嫌いじゃない。僕はナツさんとそこで読書することが朝の日課になった。


 外にも出るようになった。木造建築の景観美しいアンドロイドの町の人通りはあまり多くない。アンドロイドの数はあまり多くないのかもしれない。そもそもあまり家をでないのかも。ナツの話ではここは昔ただの森だったと言う。アンドロイドたちは有り余る木を使ってこの町を作ったのだろう。


 そんな木の温もりに溢れたこの町で唯一といっていいほどのコンクリート製の背が高い建物がある。階層で言ったら70はありそうだ。200メートル程の高さのその建物が、ナツさんが管理しているココロ分離機らしい。機械というからもう少し小さいものを想像していたが、棟のようなビルのようなこの建物全体がココロ分離機だとナツに聞いたとき、僕はとても驚いた。


 今ではほぼ使われなくなったココロ分離機を、いまでもナツが管理しているのは、影で使うヒトが後を絶たないためだ。自殺しようとする人に対して、改善策が見つかるまでの繋ぎとして、さながら冷凍保存のように使うヒトや、ココロをなくしたヒトを奴隷として使いたいヒトがココロ分離機に訪れるらしい。そのため、ナツはヒトに管理を命じられている。三原則のせいでハルさんの敵であるヒトに従わなきゃいけないなんて、かなりの屈辱だろう。しかも、憎しみを消したせいでナツはそれを憎むことすらできない。


「私、ココロ分離機から飛び降りて死にたいわ」

「え?」


 そうナツが言ったのは、ある日の昼食の時間だ。日が高く、地面をジリジリ焦がしている。


「アンドロイドは薬が効かない」

「はい」

「アンドロイドは窒息しない」

「はい」

「毒を服用して死ぬことも、首吊りもできないなら、飛び降りしかないと思わない?」

「そうかもしれませんね」

「飛び降りるならちゃんと壊れるようにこの町で一番高い場所からじゃなきゃ」

「だからナツさんはココロ分離機で?」

「そう。その日はあなたもあそこに入れてあげるわ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして」


 死ぬときの話題になると僕はココロに壁を作る。


「あまりこういう話しはしたくない?」

「できれば」

「でも、できるだけあなたに対して死への耐性をつけてもらわないと。間接的にも私を殺すのだから」

「随分ストレートな物言いですね」

「アンドロイドは正直なの」


 僕の壁は脆い。簡単に崩れて悲しくなって、僕は微笑む。あぁ、ナツさんは微笑みをこんな気持ちで浮かべてたのか。僕はそう思った。



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