シーン3 中二病忍者の誤算
再び玉三郎が手を叩く。
瑞希は相変わらず不満気である。
「で、何がやりたくてニセ台本なんか作ったの?」
玉三郎は大げさに、今度は肩をすくめてみせる。
「まあ、まず声に出してみてよ」
再び稽古場面の再現が始まった。
だが、今度は瑞希が芝居を止めた。
台本で横面を叩かれそうになった玉三郎が、紙一重の差でこれをかわす。
「顔はやめろって言ってんだろ」
「人が真剣に読んでやってんのに!」
瑞希がたどたどしく読むそばから、玉三郎が関係ないことを口走ったのである。
「どういうつもりよ」
「お兄さんの苦労を少しでも分かってもらおうと」
玉三郎は、芝居がかった口調でなだめる。
「兄貴の?」
怪訝そうに眉根を寄せる瑞希に、急にふてくされたような口調で、稽古の顛末が語られた。
「亜矢センパイさ」
ロレンス神父が書いた手紙を、ジョン修道士が「これは他の男に貴女が書いた恋文だ」と言い出したところから、混乱は始まったのだった。
冬彦にしてみれば、よく覚えていない台本を読みながら、状況を推測して芝居をしていたのだが、台詞を覚えてしまった他のキャストはパニックになった。
事件はそこで起こった。
普通なら舞台監督が稽古を止めるところであるが、この芝居を亜矢センパイが見事に受けて立ったのである。
――稽古場では、こんな光景が展開した――。
中傷の手紙を非難するジョン修道士にシラを切ったジュリエットは、両親や乳母に口を挟む隙も与えず、しゃあしゃあと言ってのけた。
「私、あなたが嫌いではありませんのよ。でも……」
「あなたに置いていかれるのが当然の、修行の足りぬ私でございます」
一生懸命語るジョンの一言ひとことは、「そうお思いになるのはあなたのご勝手」と軽く受け流される。
さらに、「なぜロミオ様へのお手紙で私を非難なさっているのかは分かりません」というジョンの訴えにジュリエットは開き直る。
「それは親しい女友達への手紙ですの。恋文に見えるのは当然」
私の不甲斐なさは日頃からお叱りくださっていること、とへりくだれば、ジュリエットは高飛車に見下す。
「それも私の愛とお受け取りくださいな」
それでもジョンは食い下がる。
「ただ、そのような私をロミオ様にご承知いただければ……」
ジュリエットは素っ気ない。
「せめて私を見守っていたい、ということかしら?」
自由奔放に女のわがままをふりかざすジュリエットを、ジョンは力の限りたしなめる。
「ですからジュリエット様もせめて誠意のある女性としてお振る舞いください」
――だが、ジョンの努力はもはや徒労でしかなかった。
こうして、ジョン修道士とジュリエットの痴話喧嘩が始まったわけである――。
「それで?」
こめかみをポリポリ掻きながら瑞希が尋ねた。
玉三郎は、その後のゴタゴタを面白くもなさそうに説明する。
「稽古場は大爆笑。そのうち、キャストもみんな落ち着いてさ」
ふっ、と自嘲気味の鼻息ひとつ。
「ジョンとジュリエットの間にどっと割って入ったから、何もかもうやむや」
そこですぐに、気を取り直したかのように自慢する。
「因みに冬彦さんの台本は、その場のどさくさ紛れに本物とすり替えたんだけどな」
瑞希は呆れ顔である。
「フツーに考えたらあんたの仕業だってバレるでしょ?」
その表情を嫌味ったらしく見下ろしながら、長身の少年が冷ややかに切り返す。
「昨日今日知り合ってお好み焼き食ったばかりの相手を疑うような人かな、君のお兄さんは?」
瑞希は反論できなかった。
確かに、そういう疑いも微塵も抱かないから危なっかしいのである、菅藤冬彦は。
「人の兄貴にそこまで恥かかせて何が面白いわけ?」
瑞希が悔しげに突っかかれば、玉三郎は片頬を吊り上げてぼやく。
「いやあ、恥はかいてないと思うな」
「何で?」
いい加減なこと言うと今度こそ顔面に鎖が飛ぶからね、というニュアンスたっぷりでにじり寄る瑞希に、玉三郎は怯む様子もない。
「台本あれで行くらしいよ」
「え?」
「冬彦さんのアドリブってことになってるから」
「はあ?」
「こんなはずじゃなかったんだけどな」
意味不明の言葉を残して、玉三郎は姿を消す。
やがて、どこからか、微かに声が聞こえてきた。
……あの亜矢センパイ、相当のクセ者だぜ……。
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