間違いと若返りと

仁志隆生

間違いと若返りと

 昔々ある山奥におばあさんが一人で住んでいました。

 このおばあさん、若い頃はたいそうな美人であちこちから縁談が来たそうな。

 しかし若い頃のおばあさんは

「自分と釣り合うくらいのいい男じゃなければやだ」と縁談を皆断っていたそうな。


 しかしそんな男がそうそういるわけなく、おばあさんは嫁に行くこともなく歳を取っていき、かつての美しさもなくなっていきました。


 そうしてある時おばあさんは思いました。

 

 ああ、若い頃はあんな事言うとったが今ならわかるのう。

 人は顔じゃない、中身なんじゃと。

 この歳になって気づいてももう……ああ、戻れるなら戻りたい。




 そんなある日。

 おばあさんが家事をしていると、急に胸が苦しくなって気を失い、そのまま倒れてしまいました。



 そして気がつくと、おばあさんは周りがすべて真っ白で何もないところにいました。

「……ここはどこじゃろか、わたしは死んでしまったのじゃろうか?」


 そう言って辺りを見渡していると、向こうの方から白髪頭のおじいさんが走ってきました。

「いや、すまんのう。間違えてしもうたわい」

 おばあさんの側に来たおじいさんが言いました。

「間違えた? 何の話でしょう?」

「いや、お前さんはまだ極楽へ行く時ではないんじゃがの、同じ歳で同じ名前の別人と間違えて連れてきてしもうたんじゃ」

「ということは、わたしはやはり死んでしまったのですね。ではあなたは神様ですか?」

「いや、ワシは神に仕える眷属じゃぞい」

「は? えと、よくわかりませんがとにかく偉い人なんですね」

「偉くはないのう。さっきも別のばあさんを間違えて連れてきてしもうたくらいのボケジジイじゃからの」


 おばあさんは無言になりました。


「それよりのう、お詫びと言ってはなんじゃがお前さんの願いを叶えてあげようと思うのじゃ、もちろん生き返らせた後での」

「ええ!? いいんですか?」

「ああ、お詫びじゃからの。たださっきも言ったようにワシは神ではないから、なんでもというわけにはいかんのじゃ」

「そうですか、じゃあ若返らせてほしいというのは無理でしょうか?」

「すまんのう。それをワシの力でパッとやるのは無理じゃ。だが若返りの泉というものがあっての、そこの水を飲めば若返れるぞい。じゃから生き返ってから少し待っててくれんか、汲んで持って行くでの」


 そう言われた後おばあさんはまた気を失い、気がついたら自分の家にいました。


「はて、あれは夢だったんかの」




 それからしばらくしたある日の事、外から帰ってきたら縁側に風呂敷包みが置いてありました。

「はて、なんでしょう?」

 と風呂敷を広げてみたら小さなと徳利と何枚かの小判と手紙が入っていました。

 手紙を読むと


 

 待たせてすまんかったのう、水を汲んできたので徳利に入れて持ってきたぞい。

 これを飲めば望みの歳に若返れるぞい、だが寿命までは戻らん。

 じゃがあんたの本来の寿命はかなり長いので、望みの歳くらい若返っても普通の寿命の歳くらいまで生きられるじゃろう。

 だからせっかく若返ってもすぐ極楽へ行くなんてのはないから安心してくれ。

 あと小判はおまけじゃ。

 これで若いおなごが着るような着物でもこしらえたらいいぞい。

 それでは良い人生をな。


 手紙を読み終えたおばあさんは早速徳利に入った水を飲み干しました。

 するとどんどん若返って美人と評判になっていた頃に戻りました。



 そうしておばあさん、いや娘はまずお寺に行き和尚さんに事情を話しました。

 最初は「?」だった和尚さんも話を聞くうちにそれが本当の事とわかりました。

 そして和尚さんの提案で村人たちが混乱しないようにと、おばあさんの遠縁の娘と言う事にして山を降りて村に引っ越しました。




 村で暮らし始めてからしばらくしたある日の事、村人達が井戸端に集まって相談事をしていました。

 何かあったのかと聞くとこういう話でした。


 村の中に一人で暮らしているおじいさんがいました。

 このおじいさんは若い頃から力持ちで働き者だったが、寄る年波には勝てず体も弱ってとうとう寝込んでしまいました。

 村人は皆このおじいさんに何かしら世話になっていたので、今までのお礼に交代で面倒をみようという相談でした。


 娘はそれなら自分も手伝うといい、他の村人と一緒に面倒見ることになりました。


 そして何度か通っていたある日、おじいさんは娘に言いました。

 

 ワシは昔ある娘に惚れて結婚を申し込んだが断られてしもうたのじゃ。

 あれほどの娘は他にいなかった。

 皆顔だけで性格はあれだと言うとったがワシはそんな事はない、根はいい人なんじゃろうと思うとった。

 女々しいかもしれんがずっと忘れられず、とうとうこの歳まで独り者できてしもうたわい。



 娘は家に帰ると泣きました。

 あのおじいさんは昔縁談を断った人だったと思い出しました。

 断られてもずっと自分を思い続けてくれてたなんて。

 もっと早く気づけばよかったと。


「もうやり直せないのでしょうか? いや、あの人も若返らせる事ができれば。でも若返りの泉ってどこにあるんでしょう? あ、あの方に会えればわかるかもしれないけど死ななければ会えないのかなあ?」


 そう思いながらあの時貰った徳利を見ると、空だったはずの徳利には水が入っていました。

「え、もしかしてこれは?」



 次の日、おじいさんの家に行った娘は

「これを飲んでみてください、体にいい水ですよ」

 そう言って徳利を渡しました。

 おじいさんはそう言われると少し驚いたような顔になりましたが、すぐに徳利を受け取り水を飲み干しました。


 するとおじいさんはどんどん若返りました。

 かつて二人が出会った頃に。


「おお、あれは夢じゃなかったのか」

「え、どういうことですか?」


 するとおじいさんは語り出しました。


 少し前に夜寝ていて気がついたら真っ白で何もないところにいたんじゃ。

 そして辺りを見渡していると白髪頭のじいさんが走ってきて

「すまん、間違えてしもうた」

 どうやらまだ極楽へ行くときじゃないのに他の人と間違えて連れてきた。

 そのお詫びに何か願いを叶えてあげようと言われたので、じゃあずっと好きだった娘にもう一度会いたいと言ったんじゃ。

 それを聞いて少し考えこんでからそのじいさんは言った。

「いつもあんたのとこに来る若い娘さんがいるじゃろ? その娘さんずっと好きだった娘さんに似とらんか?」

「……ええ、たしかに似てますの。ちょうどあんな感じですじゃ」

「うん、それじゃあの、いずれその娘さんが徳利を持ってこの水を飲んでと言うてくるからそれを飲むんじゃ」

「そうすれば会えるんですか?」

「うむ、会えるぞい」



「そうして気がついたら家で寝ていた。夢だったのかのと思っとったが今日あんたが徳利を持ってきた。そして飲んでみたら……自分が若返ったのでわかったが、あんたは似た人でなく若返った本人だったんじゃな」

「……はい」

「もう一度どころか、いつも会うとったんか」

「……ええ」


「なあ、もう一度結婚申し込んでええかの?」

「はい、わたしでよければ」




 よかったのう。

 そのじいさん、いや若者の寿命も結構長いからのう。

 すぐ死に別れることないからな。


 では良い人生をな。




 おわり

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