第18話 君、進まん

 黙っていたアンヌが突如、反撃をしてきた上に、率先して向かってきた。それはぶっつけ本番の魔法が成功した以上の手応えを累に与えていた。投げ飛ばされて全身を割られることには無反応だったのに、ほんの一部を零砕にやられただけでこうも激昂する。

 その反応の違いはどこにある。“どうせ死なないとタカをくくっているのなら、確かに戦うなど起きない”のなら、効いていなければ、……身の危険を感じていなければ、無反応を貫き通したはずだろう。

 初めて、明確な殺気をもって遠目から自分を睨む三角錐の態度は、そのまま累の自信となった。

 正解だ。累が模倣した魔法は、アンヌに効いている。

【後はアレをアンヌの全体に対してできれば良い。簡単な話ね】

「言うだけは、な。アドバイスとかないのか?」

【ないわ】

 後一歩だというのに、にべもない。簡単な話だと豪語しておいて、素っ気ない。助けではなくアドバイスを要求する辺り、累も声に対しては多くを望んでいなかった。だからきっぱりと否定されて怒ったり落ち込んだりという気持ちは湧かない。

【あえて言うのなら、魔法は意思よ。強いハートに呼応する。いくら学んだって、どんなに鍛えたって、心が伴ってなければ真に魔法は得られない。自らの命を賭けて世界を守る魔法少女は、だからこそ魔法少女足り得る】

 魔法少女だから世界を守るのではなく、世界を守るために魔法少女で有り続けるのだ。

「なら、俺は?」

【何をもって戦うのかしら】

 アンヌは距離を詰めてくることなく、距離を取られたままの位置で累に右手の先端を向けた。

 指を指している、というよりは、堂々とした立ち姿から連想するに、野球で言うところのホームラン宣言に近いだろうか。勝利の予告、あるいは宣戦の布告? 何かのメッセージかと勘繰った直後、累は自身の右半身が消し飛んだことを知った。

「……っは!」

 残った左の顔で笑う。左半身でなかったのは不幸中の幸いか。言うまでもなく生き物の急所である心臓は左半身に、自身に異能を与えたアンヌは左腕に宿っている。頭は一度破壊されて急所でないことが分かっているが、心臓と左腕がどちらも再生可能か否かの検証はしていない。少なくとも、今の自分に急所があるのならその内のどちらかなのだろうと、累はそうした前提の上で戦いの手を選んでいる。加えて言うのなら、死ぬ危険性がある以上、差し迫っていなければ検証さえするつもりはない。

 何かを犠牲にしなければ守れないとなって初めて、頭を差し出したように、だ。

「今のは死んでたな。全く見えなかった。レーザー……の類じゃないか。自分の手を打ち出したんだな、あいつ」

 絶賛再生中の……言っている間に再生が終わってしまった、アンヌの手となっている三角錐だけでも結構な大きさがある。真中に当たれば累の全身など、水滴を壁にぶつけたみたいに跡形もなく消滅するに違いない。それが右半身で済んだのは、敵の狙いがずれたから、とはとても思えなかった。まるで機械のような風体で、そんなイージーおろかなミスを犯すようにはとても見えない。

【避けたのよ、あなた】

 累に自覚はなかった。声に言われてもピンと来ない。が、事実、身体は反応できていたわけだ。つくづく恐ろしい動体視力、反射神経である。

「キィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!」

 両手を左右に開き、アンヌの咆哮。“キ”と“イ”の文字で表してみても、果たしてその音で正しく再現できているとはとても自信を持てはしない。意味ではなく、音の時点で理解不能なアンヌの狂気。気を張っていなければ、叫びを耳にしただけで意識を持っていかれそうだ。

 じじじがこんじじじがこんじじじがこんじがこんじじじじがこんじがこがこんじがこんがこん。

 アンヌの周囲の空間に小さな亀裂がいくつも走って、“向こう”に吸われるように割れていく。中から現れるのは小さな三角錐。十や二十ではない。アンヌの頭上に展開するのは、空を覆うほどのとげの山。飾り鋲スタッズを散りばめて銀色に埋もれていく空だった。

 鈍く輝く先端は全て、累の方へ向いている。横目にダブルセイバーの姿を探すと、遠く未だに放心して座っていた。アンヌの射程範囲内ではないだろう。先端恐怖症の人間が見ればきっと卒倒してしまうに違いない悪夢の、その範囲の外だ。

 自分がそちらへ行かなければ、アンヌはこれまで通りダブルセイバーを放置するだろう。仇敵なはずの魔法少女を無視する理由は不明だったが、好都合には違いない。例えば、魔法の力を失っているから敵と認識していないのかも知れないが、アンヌの習性は累には分からなかった。何にせよ、その敵意が自分に向いているのなら一安心だ。

「壮観だな。全部弾丸か」

【近づくのは骨が折れるわね】

「身体が千切れてるよ」

 三角錐の弾丸が打ち出される。最初の一発を、累は真っ向蹴り上げて破壊した。魔法は足にも込められる。次の一発を触手で受け止めて投げ飛ばした。これで四肢が三角錐に対抗できると分かる。後は雨あられと降り注ぐ三角錐を、避け、壊し、かわし、割り、いなし、砕き、さばき、崩し、走って掻い潜ってアンヌの下に行くだけだった。集中していれば、発射と同時に地面にめり込んでいるような速度で飛んで来る鋲も目で追える。やっていることは、ダブルセイバーの連撃をかわしているのと変わりはなかった。致命傷を避け、それ以外の犠牲を大いに払っているのも同じだ。

「俺は」

 避け切れず頭が吹き飛ぶ。想定内の大怪我。記憶を頼りに降り注ぐ三角錐を迎撃する。いや、例え頭が吹き飛んでも累の五感は残っていた。仮想の脳があるように、あるいは、自分の身体を超えた外側から見ているように。

「――俺も、世界のために戦わなくちゃいけないのか」

【信じるものは何だって良いのよ】

「アンヌのように世界の敵となる、でもか?」

【そうね。そうではないことを、祈っているわ】

 無責任なのか、関心がないのか、しかしやる気のない声は遠回しに、累の思いつきを否定してはいた。

 それはそうだ。魔法少女を守ってくれと頼んだ当人が、新たに魔法少女の敵が生まれるような展開バッドエンドを願うわけがない。

 とげとげの雨は一向、激しくなるばかりだった。もう本当に雨のようになっている。大きさも速度もばらばらランダムな波状攻撃。無傷でないにせよ死なずに受け切っている累にも、もうほとんど自分がいかに立ち回って、この鉄の豪雨の中に命を残しているのかの自覚がなかった。

 魔法はハート、と声は言った。なればハートが今の自分を生かしているのか。

「ああ。俺の戦う理由は一つだ」

 ゆっくりと進めて来た歩がとうとう、アンヌへと到達する。途切れることのない無数の鋲が最後にして最高の攻撃なのだろう。累がいくら近づいても、どれだけ壊しても、アンヌは変わらず三角錐を降らせ続けた。

 近くなればなるほど、鋲の向きは累へと収束していく。尋常ならざる化け物だ。しかし化け物であっても、累の手足はたったの四本だけ。受け切れる数ではない。しかし、彼の歩みは止まらなかった。

 三角錐も止まらない。意地を張り合うように。

 累がとうとう、アンヌを射程に捉えても、なお、ひたむきに。

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