第10話 君、割れん

 幸い、累の身体も既に常人ではない。切れ削げ潰れ砕けた側から回復していく治癒力もそうだが、致命的な一撃を他の部位の犠牲の上で回避し続けられるだけの身体能力もまた、累はその身に得ていた。驚くほどに良く見える目と、反射に反応し的確に動作する四肢。格闘技どころか喧嘩もろくにしたことのない累にさえ、魔法少女の嵐のような連撃をかろうじて“防がせる”驚異の身体能力だった。

 が、反撃を“許される”だけの上等なシロモノでもない。もしこの連撃に食い込むモノがあるとすれば、それは四肢の追加、即ち触手の復活だけだろう。その触手は今も沈黙し、地に伏せている。

 コンクリートの上で干からびて死んでいるミミズのように、その長細な身を草原に横たえて微動だにしない。

 何とかしなければ。“隙を見つけて触手を回復しなければ”。そんな累の思惑を見透かしたように、魔法少女はしかし、顔色一つ変えずに呟いた。

「その触手には弱点がありますわね」

 右拳。逸らした右手首が砕ける。左蹴。頭を狙った突き上げるようなハイキックをかろうじてかわす。

「“左手に回収しなければ回復しない”」

 ダブルセイバーの言葉は、累に話しかけているものなのかどうなのか。どちらにしても累に答える余裕はなかった。イエスともノーとも答えず、ダブルセイバーは黙を肯と受け取ったようだった。

「そこからもう一歩進むのですわ。……さっきからあなたが使っていない、“触手の宿る左腕を破壊したらどうなるのかしら”」

 右拳。受けた右腕が折れ……るのではなく、ヒットから少し遅れて肩口までが一度に粉砕した。命中と破壊の間にあったラグは、拳の当たった地点から波紋のように衝撃が広がって爆発するまでの間だった。魔法少女の魔法なのか、それが本来の彼女の拳なのかは、累には判断が付かなかった。

 右肩から先が吹き飛んで血飛沫になる。断面では既に再生が始まっていたようだが、それだけの損傷が本のページをめくるようにぱたと治ることはない。

 落下時の累の推測は正しかったわけだ。触手と累、その再生力は破裂しようがあっさりと元通りになる触手の方が断然上である。

 左脚。殴打で軸にした左足を右に置き換え、くるりとその場で回転しながら空いた左を外から内へ。刈り取るような後ろ回しのローキック。累はあっさりと地面から離され、わずか宙に浮いた。

「潰しますわよ!」

 投げ出された左腕に、ダブルセイバーが拳を打ち下ろす。右腕はとうに死んで生き返らない。腕を狙った打撃に脚を使っての防御は届きもしない。左腕を逃がしても胴体ごと打ち抜かれるだろう。

 一連の流れは、左腕を破壊するためだけの連携だった。累でさえ、左腕を破壊されることが致命傷に成り得るかどうか分からないのだから、その左腕に狙いを絞ったことはダブルセイバーにとっても大きな賭けだった。触手さえ殺せばどうにかできる、その活路を切り拓くための一発なのだ。

 そしてそれは、累にとっての拠り所でもあった。触手がなければきっとどうにもできない。この身一つでは魔法少女の攻撃をかわしきることさえままならず、なれば攻勢に転じるなどますます不可能だ。

 だから左腕だけは守り通さなければならない。しかし防御に使える部位は残っていない。このまま、左腕の破壊が無意味に終わることを祈るしかないのか? 触手が宿っている事実を考えれば、むしろ他の部位よりも再生力はありそうだ。祈るまでもなく、流れに身を任せる方が賢いかも知れなかった。

 だが、“ありそうだ”や“知れない”で唯一の有効打を失う危険を冒せるだろうか。左腕が破壊されて触手が死ぬのなら、どうしたってこの戦いは終わったも同然だ。なら、左腕を守る盾として“別の死の可能性”を使うのは有りなんじゃないか?

 “壊されたら死ぬ知れない部位を防御に回せば、うまくすれば左腕が守れる。”

 目的はあくまで捕獲だ。有り体に言えば勝利だ。勝たなくては殺されるという現状で、卑しく生き残っても武器を失ったんじゃ意味がない。累は覚悟を決めて、ダブルセイバーの拳に相対した。

 彼女が博打を打つのなら、こちらもそうでなければ勝ちの目はない。

 ぶつけるのは、ない腕でも届かない足でも貫通されそうな胴体でもなく。

 頭だ。

 中空で身体を捻って左腕を自分の陰に。代わりにダブルセイバーの攻撃地点に自分の頭をぶつけにいった。

 ばしゃああん。

 みずみずしい果実を圧し潰したような音。弾けたのは果実ではなく、当然累の頭だ。果汁は血であり脳であり、果肉は骨であり肉である。果皮は皮膚。もっとも、どれがどれやら、粉々になって飛散し分かるものではなかったが。

 ともかく。

 一撃で上あごから上を丸ごと失って、ごとん、と累が落ちた。

 右腕の破壊から頭の破壊まで、わずか四秒の早業。

「…………え?」

 それでショックを受けたのはむしろ、ダブルセイバーの方だった。

「どう、して」

 ……彼は頭を差し出したのだ?

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