魔王の息子だけど、檻に閉じ込められた

ヒュドラは九つの首を持った蛇で、しかも切っても切っても生えてくる驚異的な再生力を誇る魔獣である。


ちょっと前に父様がヒュドラを捕まえて、毎日首を落として食べていたのを思い出した。

朝昼晩、全てヒュドラの頭の丸焼きが出てきてたことも。


あの時は四姉様がぶちギレて、目の包帯という名の封印を取ったことで収まった筈だ。

恐らくこのヒュドラは、その時のだろう。



バジリスクは四姉様と同じ、石化能力を持った全長五メートル程ある魔物だ。

四姉様と違うのは、目を見てから石化されるまで若干の時間差があるということ。

ここを狙うしかない。


「……ルールは、十分間石化されなかったら貴方の勝ち。……どう? 簡単でしょう……」


髪の蛇を指で弄んだ後、四姉様は細く青白い指先で僕の頬を撫でた。

体温の低いその指先に僕の肩がびくりと跳ねる。

四姉様は口元を吊り上げた。


「……あの、私は参戦する必要はないですよね?」


恐る恐る従者が声を出す。全く、この従者は何を言ってるのだ。


「勿論、参戦するよ?」


今回、相手は魔獣とはいえ二匹だ。

ならばこちらも同じ数で挑むべきだろう。


「……ええ」


四姉様もこくりと頷いた。


従者が声のない叫び声を上げた。

前に四姉様に石化されてからトラウマになったと言っていた気がするが、今はどうでもいいことだ。

普段の報いを存分に受けたらいい。




「…………始めるわ」


四姉様がそう言うと頭上から檻が落下してきた。



ーーこれは聞いてない!



六兄様の時と同じように逃げながら戦おうと思ってたのに!


「……田舎にいる父母よ、私は一足先に地獄へ行って参ります……」


「そんなこと言ってる場合じゃないから!」


隣で泣きながら遺言を言っている従者の襟首を掴み、ヒュドラの攻撃を避ける。


そしてバジリスクの光る目の範囲に入らないよう、背後に駆けた。


泣きながら付いてくる従者を尻目に僕は、六兄様の時に使ったフォークを片手に装備する。

もう一本は従者に投げ渡した。無いよりマシだろう。



ヒュドラが地面を這いながら体をくねらせ、素早く近寄ってくる。


「もう嫌です坊ちゃまぁあ」


従者が悲鳴をあげながら貴重なフォークを、ヒュドラに投げつけた。ああ! 勿体無い!


案の定ヒュドラはその一撃を軽く避けると、従者に九本もある頭で一斉に噛み付きにかかってきた。


絶体絶命の従者といえば、白目を剥いて完全に放心していた。


「どんだけ苦手なのさ!?」


僕は従者とヒュドラの間に走り、攻撃を代わりに受ける。


九本もの頭に噛み付かれるのはかなり痛いが、その代わりヒュドラは無防備だ。


僕はヒュドラの首を全てフォークで切り裂き、胴体を蹴り飛ばす。

全部落としたら再生スピードは著しく落ちるはずだ。


そして、その場からすぐ離れる。


バジリスクの石化攻撃から逃れるためと、従者が投げ損ねたフォークの回収に向かうためだ。


「坊ちゃまぁああ!」


助かりました! と、どこか六兄様を彷彿させる泣き方で、従者がフォークを拾う僕に縋り付いた。やめて! 逃げれないから!



「……やっぱり、良いわぁ……」


背後から四姉様の恍惚とした声が聞こえてきた。

ちらりと背後を見ると、四姉様の視線は僕の傷跡にロックされている。


……そうだった! 四姉様、傷跡フェチなんだった!


血の匂いが好みの魔族はいるが、傷跡自体が好きなのは四姉様だけだ。

皆に傷をつけて回り、興奮する変態だった!



もしこの戦いに、僕が負けたらどうなると思う?


……確実に、嬲られる!


四姉様の思惑に気付いた僕は鳥肌を立てた。


「……何としてでも勝つしかない」


六兄様は見た目以外はそれ程変態ではないがーーバトルジャンキー以外ーー四姉様は違う。


「従者、しゃがんで!」


「へ? は、はい!」


従者を無理矢理しゃがみこませ、僕は従者の背中に足を掛ける。

両手にはフォークが二本。


従者の背中を蹴り、僕は宙へ飛ぶ。


ーー狙うはバジリスクの目!


バジリスクの石化能力は四姉様には劣る。

それを利用する!


バジリスクが僕を石化させようと目を光らせるが、遅い!

僕はバジリスクの頭に飛び付き、両目玉にフォークを突き立てた。


「ーーッ! ーーッ!」


バジリスクが声にならない悲鳴を上げる。

僕はバジリスクの頭から降りると、フォークに付いた体液を払った。

これで僕が石化されることはなくなった。



つまり、僕の勝ちだ。



ーーなのに、どうして悪寒が止まない?


ばっ、と僕は四姉様の方を振り返る。

四姉様が目の包帯を外し終えたところで……


「……誰が石化させるか……はルールに乗ってないわ……」


四姉様が妖艶に微笑んだ。



***



結論から言おう。



戦いは僕達が勝利した。


僕が咄嗟に従者を盾に使ったからだ。


理由は簡単。

僕がやられた後に、トラウマ持ちの従者が一人で勝てる見込みがゼロだったからだ。


それなら壁代わりに使った方が幾分か役に立つというもの。


実際、従者に石化能力を使い、疲労した四姉様の首元にフォークを当てたことによって勝ちが決まった。

これも全て尊い従者の犠牲によるもの。


今までありがとう、従者。

ゆっくり休むといい。


「死んでませんからっ!」


石化から解けた従者がツッコミを入れてきた。


「冗談だよ。……そうだ、従者のお陰で勝てたよ」


にこにこしながら僕が言うと、従者は「全く、坊ちゃまは……!」と文句を垂れながらも悪い気はしてないようだった。

これが人間でいう、つんでれ?



「……判子、仕方ないから、押す」


それから、ずーん、と沈んだ様子の四姉様が判子を押してくれた。

インクを付けすぎたからか赤いインク液が紙の上を垂れていく。まるで血の涙のようだ。


人間界に行くには後十人の判子が必要だ。

この調子で集めていこう。

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