唯  見失った先輩と猫。

 あれから一週間、愛猫レオはまだ帰ってこない。

 外に遊びに行っても、夕方にはちゃんと戻って来てたのに。おなかすいてないだろうか、どこか怪我してないだろうか。

 ねぇレオきゅん、先輩とケンカしちゃった日に、何でキミまでいなくなっちゃったの? あれから私、一人ぼっちになっちゃったんだよ。すごく私のこと大切にしてくれてたのに、彼にひどいこと言っちゃったんだ……。

 ――もしかして、先輩を傷付けたからばちが当たって、キミまで消えちゃったのかな……。


 大学にも行かずに毎日あちこち探してるけど手がかりはゼロ。張り紙も効果なし。心配でたまらなくて、食事も睡眠もロクにとれない。

 今日もレオ探しでクタクタになった私は、体を引きずるように家に戻った。

 すると――、部屋の前に、何か生き物がうずくまっていた!

「レオ!」

 私は思わず駆け寄った。でもよく見たら、それはレオじゃなくて……白ウサギ?

 その子はくるりと私の方を向くと、

「ざんねーん、僕は李斗りと。レオの友達だよ」と、真っ赤な瞳をぱちくりしながらしゃべりだした。

 ……私、疲れて幻覚でも見てるのかな?

「レオの奴、うちで保護してるんだけどさ、さっさと引き取ってくれないかな?」

 そう言ってウサギは、私のスカートの裾をきゅきゅっと引っ張った。

 私は試しに自分の顔をつねってみた。いたたたた、幻覚じゃない。

 信用してもいいのかな? どうやら悪霊でもなさそうだし。

 もしかして、こないだの『しゃべるレオきゅん』も、夢じゃなかったのかな?

「レオはどこ?」

「ついてきて!」ウサギはその場でバク宙をした。

「わ! ば、化けた!」

 ウサギはいきなり、袴姿の華奢きゃしゃな男の子に変身した。私の頭はパンクしそうだった。

「ウサギがその辺歩いてたら目立つでしょ?」

「え、そこぉ?」キミもそこそこ目立ちます。


 ウサギの後についていくと、五分程で近所のさびれた神社に着いた。うーん、ここって何の神社だっけ?

「ボクね、ここの神様やってるの」

「えっ! ホントにぃ?」

「ホントだってば~。信じてよぉ」

 石段を登り、半信半疑で鳥居の前で突っ立っていると、彼はすたすたと本殿前に行き、賽銭箱の脇に腰掛け、私を手招きして自分の隣に座るよう促した。

「あの……うちのレオ、どこにいるんですか?」

「とりあえず座ってて。すぐ来るからさ」

「はぁ……」

 私は、渋々ウサギの隣に腰掛けた。

「君可愛いね。化け猫にはもったいない」

 神サマ(?)はいつのまにか私の肩に手を回し、紅い瞳を私の顔に近づけてきた。

「ボクのお嫁さんにしちゃおっかなぁ……。いいでしょ?」

 神サマ(?)は突拍子もないことを言うと、いきなり私を床に組み伏せた。

 私は腕をガッチリと掴まれて、身動き一つ取れなかった。

「いやっ……放してっ」

「あいつが構ってくれないから、欲求不満なんでしょ? 一緒に楽しもうよ……唯ちゃん」

 ウサギは私の両手を押さえつけて、空いている手をブラウスの中に差し込んだ。

「いやぁ、先輩! レオ! 助けてぇぇっ!」

 叫んだ瞬間、境内に怒号と悲鳴が響いた。

「このクソウサギッ! ブっ殺すッッッ!」

「えっ? ……ぅぐぎゃッ!」

「せ、先輩!?」

 強烈な蹴りを喰らったウサギの体は軽々と吹き飛んだ。数メートル先の狛犬の土台に『ぐしゃっ』とぶつかると、玉砂利の上に転がり落ちた。

「大丈夫か、唯!」

 先輩は駆け寄って私を抱き上げ、乱れたブラウスを直してくれた。

「先輩、どうしてここに?」

 あんなひどい事を言っちゃったのに……。

 ほっとしたら、急に涙がこぼれてきた。

「怖い思いをさせて済まない。もう大丈夫だから……」

 先輩は私にそう語りかけると、頬の涙を舌で優しくすくい取ってくれた。

 ――まるでレオがするように。

 そのとき私は、先輩の頭の上に不思議なモノを発見した。

 蝶々結びのリボンのような――?

 まさか……これって、耳!?

「せ、先輩に……猫耳? 尻尾? ええ? こ、こここれって……ほ、本物っ?」

「な、何でもないっ」

 先輩は慌てて猫耳を両手で隠した。それはまるで、以前洋画で観た『オーマイガー』のポーズにそっくりだった。

「そ、それより、何でお前クソウサギにオモチャにされてんだよ! 十五回も捨てられてんだから、いい加減学習しろよ、バカ唯!」

 十五回……? 私、そんなの先輩に言ったことないよね?

「もしかして貴方……レオなの?」

 猫耳先輩は、苦い顔で首を縦に振ると、

「俺のこと、怖くないのか? こないだ悪霊だのなんのってパニクってたろ」と呟いた。

 ――間違いない、レオきゅんだ。その時、私の頭の中で、全てのモヤモヤが晴れた気がした。

「正直驚いてるよ。でも、先輩もレオきゅんも、どっちも大事だし。さっき神サマの変身も見たから、少しは免疫がついたのかな?」

「免疫……ね」

 彼は怖々と頭から手を下ろした。そこには見慣れたアメショ色のレオの耳が立っていた。

「ショックだったよね。悪霊憑きだとか、顔も見たくないとか、ひどいことばっか言って」

「もういいよ……唯」先輩レオは私をぎゅっと抱き締め、長い二本の尻尾を私の体に絡ませた。

「少し……痩せたな」

「この一週間、ずっと探し回ってたんだよ」

「寂しかったか?」

「うん。すっごく寂しかったんだから……」

「勝手に出てって済まなかった」

「ほんとだよ……このバカ猫」

 腹いせに先輩レオの太股を、思いっきりつねってやった。

「いででッ、悪かった。で、何でここに?」

 私は先輩レオに一部始終を話した。ウサギがうちに来たこと、先輩レオを引き取ってくれって言われたこと等々。

 先輩レオがジロリと神サマを睨むと、ウサギは境内で呑気に寝転び、こっちにピースサインを送っていた。

 みんな師匠の茶番かよッ、と凄む先輩レオに、神サマはさっきの蹴りにこたえた様子もなく、

「だって君さ、唯ちゃんと仲直りしたいって言ってたじゃん。元サヤに戻れたし、カミングアウトも出来て良かったでしょ。何か問題あるぅ?」

 と、悪びれもせず言った。

「アリアリだ! 『呼ぶまで出てくるな』とか言って、何ヒトの女をいじくりまわしてやがんだ! このエロウサギ!」

「でも~、キミのコーチ代とエサ代と考えれば、格安でしょ?」

「それとこれとは別だ! クソエロウサギ!」

 私は彼等のやりとりにすっかり呆れた。

 ……で、コーチ代ってナニ?

 先輩レオはむっとしたまま、私をひょいと抱き上げた。お姫様だっこされるのって初めてで、なんだか胸がドキドキする。

「帰るぞ、唯」

「戻ってきてくれるの?」

 先輩レオはふぅ、とため息をついて、

「まだ猫缶たくさん残ってるだろ。俺が食わずに誰が食うんだ」とむくれた。でも彼の尻尾は、ユラユラと嬉しそうに揺れていた。

「バレバレだよっ、レオきゅん」

「……きゅ、きゅんはやめろ。恥ずかしい」

 彼は顔を真っ赤にして、ぼそっと言った。

 石灯籠の陰から、神サマが満足そうにこちらを見ている。

 そっか、思い出した! ここの御利益って――。

 私は先輩レオに抱かれたまま、神サマに向かって親指を立てた。

 サンクス、縁結びの神サマ!


P.S.――それから私は、先輩レオにちょっと大きめの帽子をプレゼントしました。

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はみ☆ミミ ~恋する猫と女子大生~ 東雲飛鶴 @i_s

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