第23話

 朝日が射している。窓から外を見ると、ずいぶんと雪が積もっており、太陽の光が反射して煌びやかだった。部屋は、恐ろしいほど静かだった。時計の針の音も、聞こえないくらいに。

 机の上には、シルバーのライターが、ひっそりと置かれている。

 わたしはシャワーを浴びた後、そのライターをポケットに入れて、カバンも持たずに家を飛び出した。

 

 当てもなく街をさまよった。電車沿いを歩き、公園を三周して、丘のベンチから街を眺めた。ときどき、ライターを取り出した。そして、その炎が揺らめくのをじっと眺めたりした。

 夕方になり、マスターのお店に行った。

「鈴木さんに、連絡ってつながりますか?」

 開店と同時にやってきたわたしに、マスターはすこし困惑した様子だった。わたしは会社で支給されている鈴木さんの携帯電話の番号は知っていたが、プライベートの連絡先は知らなかったのだ。会社用の携帯電話を鳴らしても、無愛想な女性が決まりきった言葉を繰り返すだけだった。

「ちょっと、連絡が取りたいんですが、取れなくて」とわたしは言葉を重ねた。

 マスターはその場で鈴木さんに電話をかけてくれた。しばらくして、

「留守番電話につながってしまったよ」とマスターは言った。

 そうですかと、わたしは言い、お礼を言ってお店を後にした。

 

 駅前広場の宝くじ売り場の横に立った。

 いつも、鈴木さんの見ていた景色だ。

 この位置は、駅前全体を見渡すことができる場所だった。

 沢山のネオンが輝いている下で、たくさんの人が行き交う。待ち合わせをしている人の表情は、様々だ。嬉しそうに心を弾ませている人。眉間にしわをよせ、携帯電話と格闘している人。仲間たちとバカ騒ぎをしている人。

 しばらくして、相手がやってくる。そして、この広場から離れていく。まるで、港から船が出港していくように。停泊し続けている船はいない。早かれ遅かれ、ネオンきらめく街へと消えていく。

 鈴木さんは、こんなに辛いことをしていたのか。

 一人、ぽつんと、この場に立ち続けていると、一人きりであることを実感する。

 今日も雪が降ってきた。

 昨日のことが、もう何年も前のような気がする。

 空を見上げると、雪の粒がはらはらと顔に降り注いでくる。

 鈴木さんは、いまこの景色をどこで見ているのだろうか。


 ここに立ち始めてからかなりの時間が経過していた。

 かじかんだ手の感覚が、すこしずつ薄れていく。

 薄れていく感覚の中、ポケットの中にあるライターの存在を意識する。

 ――ずっと探していた待ち人に会えるんだ。そして、その待ち人に火を灯してあげれば、その人を幸せにしてあげることができる――。

 この言葉が浮かび上がる。

 

 わたしは、鈴木さんにとっての待ち人ではない。

 その証拠に、わたしはいま、幸せだと思うことなんて、できやしない。

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