第15話
小学生の頃だと思う。実家の庭で、やきいもを作った。箒で落ち葉を掃き、大きめのサツマイモをアルミホイルに包み、それをその落ち葉の中に押し込めるように入れた。炎はゆらゆらと燃え上がり、落ち葉がぱちぱちと音をたてた。あの頃はまだ、わたしの家族はうまくいっていたように思う。いや、まだ小さかったから、気づいていなかっただけだろうか――。
たぶん、その日以来のやきいもだろう。
なめていた。やきいもなんて、ただ焼くだけだから、楽チンだろうと思っていたのに。
「そろそろ、取り出してくれ!」
「はい!」
このやり取りを、ひたすら繰り返していた。わたしはやきいも部隊に所属することになった。こんなに大きなイベントだとは思っていなかった。やきいもだけでなく、超巨大なセイロを使ったふかしイモ、その他の野菜の市場もひらかれており、前夜祭には火入れ式まで行われていた。
軍手をつけて、金属製のトングでやきいもを取り出し、串を刺す。最初は串を刺しても焼け具合を判断できなかったが、かれこれ朝から八時間近くやっていれば、嫌でもその感覚を体得することになる。
辺りはすっかり暗くなっていた。時計を見ると、十八時を指しており、ようやくこのイベントも終わりを迎えようとしていた。
「いやー、本当に助かったよ」
このイベントの幹部がわたしのところにやってきて、ふかしイモを手渡した。
「これも、是非持って行ってくれよ」
そう言うと、彼から段ボール一杯のサツマイモを渡された。
「いや、嬉しいんですが、ちょっと持って帰れないです」
「家族で是非、食べてくれよ」
「いま、一人暮らしなんですよ」
「じゃあ、実家に送ればいいんじゃないかな?」
わたしは伝票を渡され、仕方がなくそこに一人暮らしの住所を書いた。
「もうそろそろ一般開放は終わりだから、運営メンバーで残っちゃったサツマイモを食べよう。若い人はどんどん食べてくれよ!」
そう言って、幹部は去って行った。
わたしは軍手を外し、ようやく暇を貰い、このイベント会場を一周してみることにした。
辺りは暗くなっていたが、活気はまだ溢れていた。町内会の催し物であるこのイベントには、多くの企業や地元民が参加しているらしい。わたしはもうサツマイモを見るのも嫌だったので、焼きそばを購入することにした。
テントを片付け始めているところも多かった。サツマイモ掘り体験場は、もうすっかり人がいなかった。多くの人が集まっているのは、広場の中心にある、サツマイモの神を現したモニュメントが置いてある場所で、そこではまだたくさんのやきいもが作られていた。サツマイモの神の横では、神々しく焚き火が行われており、火の粉がはらはらと夜空に向かって上っていた。
わたしはその広場に用意された椅子に座り、その火の粉をぼんやりと眺めた。
焼きそばの中から、崩れたサツマイモが顔を出した。
やけに甘い焼きそばだと思っていたが、その原因はこれのようだった。取引会社の人には、挨拶をしただけで終わった。あの一分間のために、わたしは一日中サツマイモを焼き続けたのかと思うとやるせない気持ちになる。
毎週のように駆り出されるこのようなイベントは、どうにかならないものなのか。
本当は、鈴木さんが羨ましかった。
でも、やることがないから、うまく断ることができない。
そういえば、鈴木さんのことをすっかり忘れていた。
結局、鈴木さんは断り、わたし一人が運営を手伝うことになった。
さすがに申し訳ないと思ったのか、イベントには足を運ぶと言っていたのだが、結局、会えず仕舞いである。
「お疲れ」
わたしが振り返ると、五反田さんが立っていた。
「助かったよ」
本当にそう思っているのだろうか。わたしはそう思いながらも、笑顔で会釈をした。
「そういえば、鈴木さんに会いましたか?」
「ああ、さっき来たみたいだ。遅過ぎだよ」
本当に来てくれていたのか。五反田さんの視線の先には、焚き火の前にたたずむ鈴木さんの姿があった。
「何をしているんですかね?」
「さあ」
そう言うと、五反田さんは誰かに呼ばれて、広場から去って行った。
鈴木さんは、座り込み、何やら紙を眺めているようだった。
近寄ってみるが、わたしの存在に気付かない。
「鈴木さん!」
そう呼ぶと、振り向いた鈴木さんの瞳から、はらりと、涙が落ちた。
わたしは驚いて、何も言葉が出なかった。
鈴木さんは、その紙を焚き火に投げ入れた。
火力が強くなり舞い上がる。しばらくすると、また元の状態に戻った。
鈴木さんは、唇を噛みながら、鼻を小さくすすった。
「僕だって、わかっているさ。愛想がつきたんだろう。あの日以来、ずっと悩んでいるんだ」
突然、鈴木さんは語りだした。いま、焚き火の中に入れた紙は、何か特別なものだったのだろうか。わたしには、それが何かわからなかったことを、うまく伝えることができない。
「ヒロコとはね、ずっと一緒にいたかっただけなんだよ……」
再び、鈴木さんの瞳から涙が落ちた。
「……、悪い、別にこんな話は聞きたくないよね」
「いや、そんなことないですよ」
わたしは、一歩鈴木さんの傍に近寄り、その燃え上がる焚き火を一緒に眺めた。
それをどれくらい続けていたのかは、ぼんやりとしていてあまり覚えていない。
そのあいだ、鈴木さんとの会話はなかった。
それでも、初めて鈴木さんの力になれたような、そんな感覚をわたしは燃え上がる炎を眺めながら感じていた。
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