第4話

 電話の千本ノックを受けながら、その他の業務――経費の処理、発注業務やデータ整理、商品の値引き処理などについて一通り学んだ。

 わたしは熱心にメモを取りながらも、殆ど理解することができなかった。

 ペースが速過ぎる。わたしはその困惑を、隠すのに必死だった。隣の課からは、同期社員の楽しそうな笑い声が、ときどき、いや、常に聞こえてくる。

 そもそも、鈴木さんはどうして営業事務をやっているのか。

 入社して二十年のベテラン社員のする仕事とは到底思えない。何か、問題を起こしたのか。 それともよほど営業の仕事ができないのか。鬱病になったとか? 疑問がぐるぐると渦巻く。

 なにより気にかかることがあった。

 先日の課内会議で、鈴木さんは「どうして子どものような子の指導を担当しなければいけないのですか」と、そう言ったらしいのだ。その事実に、委縮する。

 きっと、とろいやつだと思われている。

 だめだ。わかっていないことがバレてしまったら、さらに嫌われてしまう。

 値引き処理の説明を終えた鈴木さんは、「どう、理解できた?」と言った。

「あ、はい!」とわたしは元気よく答えた。

 そんなやりとりをしていると、あっという間にお昼の時間になった。

「ではまた一時間後に」と言い、鈴木さんはオフィスから出ていった。

 ドアの締まる音が響いた。

 緊張感が解け、久しぶりに息継ぎをした気分になる。

 ――あ、お昼ご飯。

 わたしはひとりぼっちになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る