4−12

 そして狭い部屋にジョーとケーリー、アルゲーノ王、が、処刑人であった薄赤色の三頭身の人形を囲む。その人形には顔が無い。ケーリーはやや厳しいトーンで言う。

「あなたの記憶を解析したが今のところ声のトーンと名前しか判明していない。マルダ・レーヴィディジナ。」

『左様・・・。』

低い声で処刑人、マルダは答えた。

『わたしは、モーリア街で生まれた・・・。』

「記憶が戻ってきたか。」ケーリーはつっけんどんに言った。「こちらには、アルゲーノ王だ。」

『わたしが殺したはずだが、生きていたのか。』

「あなたの中では記憶が鮮明らしいですね。珍しい。」

『珍しい・・・そうだ・・・苦々しい事実だが、わたしは特別な存在だ・・・誰もわたしのことなど分かるまい・・・分かるのは王だけだ・・・。』

「・・・そして僕が君を復帰手術したケーリー・プラーシックバウエ。」ケーリーはマルダのよくわからない話には答えずに自己紹介した。「そして、こちらの人形が、僕の弟で復帰手術をしたジョー・プラーシックバウエだ。レリビディウムに所属していた。」

『プラーシックバウエ・・・バウエ山の出身ですね。』

「そうだが。」

『バウエ山に住んでる兄弟ってひょっとしてあなた方だったんですか』

「え?」

『覚えていますよ。全てはあれがキッカケでした。』

「どういうことだ。」 ケーリーは驚く。

『わたしは洞窟に住んでいたのです。』

『オバケか!』

ジョーが叫んだ。

『洞窟で出会った、お前が、処刑人、だったの、か!』

『オバケと呼ばれてるのですか。まあ仕方ありませんね。私はモーリア街で生まれましたが、母方が工場勤務だったもので、見るも恐ろしい姿で産まれてしまったのです。』

「それで。」

『最初わたしは人間になれるよう熱心に勉強した。共通学校でも隔離されて授業を受けていて、先生は気味悪がって先生としてまるで使い物にならなかったので、自分で図書館で勉強した。沢山の詩や物語だって読み、拙いながら楽器も嗜んだ。しかしまあ口も著しく歪んでいて言葉もろくに喋れなかったわけだが。

『だが結局誰もわたしを人間と認めてくれなかった。そもそも文章を書こうとするだけで怖がられる事を奇怪に思った。そうか、人間じゃないからむしろ、人間らしくする事に恐怖を覚えるんだな、とわたしは悟った。ついに私は命を狙われそうになったので、遠く遠くを旅し、バウエ山の洞窟でひっそり暮らす事にした。何人かわたしを見て悲鳴を上げた。そして君たちがそのうち毎回ここに来るようになった。』

処刑人マルダはジョーの顔をまっすぐ見た。

『ジョー・プラーシックバウエ。思い出した。どうも見覚えがあると思ったら、わたし、あなたを殺そうとしてたんですね。』

 ジョーは無言でいる。マルダは続ける。『洞窟で君たちは植人について話していましたね。とくに兄さんの方は特に植人に詳しい様子だった。ああ、わたしも植人になろうかな、その方が幸せだな、と思ったんです。

『ケーリーさん、ですよね。あなたは、当時の技術では植人を人間らしくするには大男になる必要がある、と仰っていました。そこで閃いたのです。大男、むしろいいじゃないか、いっそ怪物から大男の機械に昇格してしまおう。わたしはそう考えました。幸いにして志願制に必要な試験を合格するのに必要な学力は備わっていた。わたし、自ら捕まって、志願したんで す。』

 ジョーは考え込んだ。自分が植人について怒り狂いレジスタンスを志したきっかけは、オバケが捕らえられて植人にされたニュースをベルーイから聞いたこと。しかし、実際オバケは自主的に植人になったばかりか、極めて強力な自分の敵だったのである。この理解しがたい皮肉を飲み込むのにジョーは手間取ってしまい、先の話もなかなか頭に入らなかった。

『王は・・・アルゲーノ陛下には遺憾かと思われますが、アルゲバ王4世を王と呼ぶ事をお許し下さい・・・王は、わたしを一目見て酷く涙を流しておられた。話によればあそこまで泣いたのは始めてだったらしい。王はわたしに深い愛情を持っていた。そして打ち明けてくださいました。自分は王という立場でありながら、人間が憎い、あるいは自分が皆と同じ人間とは思えない苦しみに苛まされている、と。お前は自分を見ているようだ、ぜひとも力になりたい、と。わたしも王の気持ちに応えたいと思った。そこで、大男の植人になるから、王の部下になるよう申し出たのであります。

『ただ、わたしは一つ要望を出した。顔が欲しいと。人間らしい顔をつけて欲しい。・・・ しかし、うっかりどのデザインにするかを言いそびれてしまった。そこで、顔を自分の好きなように選べるよう、撮影器と合成した顔が付けられました。

『ただし、撮影器にあまりエネルギーは使えないからなるべく接近しろ、との事で、あんまり気が進まなかったのですが、殺し屋の任務を与えられるわたしとしては、殺す相手の顔に接吻して映すほかなかったのです。』

「なるほど。わたしの思い違いだったが、ベルーイ少年は君に殺されたのか。」

 アルゲーノ王は言った。マルダは訝しげに訊ねた。

『ベルーイって誰ですか?』

「まあいい。」アルゲーノ王は顔をそむけた。「話を続けて。」

『わたしのこの力は王が昔趣味でやっていたデスマスク収集を簡単にするとのことで、多少改良され、すぐに仮面にできるよう凝固剤の含んだ顔になった。そして、いつもどおり王に言われた通りの職務をこなした。その中で、アルゲーノ公を間違いなく殺したはずなのですが、』マルダはアルゲーノを見上げた。 『あれもクローンだったのですねぇ。』

「お前はもう一人わたしのクローンを殺しただろう。」アルゲーノ王は言った。

『ああ。ランバー、でしたっけ。レリビディウムのアジトで、ですかね。』

「そうだ。どうやってアジトの場所が分かった?」

『あれは王の指令だったので私はそれに従ったのみ。』

「・・・そうか。」

『ごみ捨て場も”情報通”の方が送った伝書鳩に書かれた情報から、待機しろ、との命令がきた。』

『伝書鳩・・・』ジョーはつぶやく。それでゲルマは密告していたのだろう。

『王は・・・アルゲバ王4世は、逝ってしまったのですよね。』

 沈黙。ジョーも、ケーリーも、アルゲーノ王も、処刑人マルダの問いに無粋に答える勇気は無かった。 『いいんです。アルゲーノ王には必要な情報を伝えました。プラーシックバウエの兄弟に、できれば、頼みたい事があるのですが、よろしいですか。』ジョーとケーリーは驚いてマルダを見る。 『特に友達を沢山殺してしまったジョーから許して頂けない気がしますが・・・、あの洞窟に再び住まわせて欲しいのです。』

「・・・・」

『・・・・』

『お許しいただけないですか?もしそうならば今すぐ殺して欲しいのですが。』

『いや、洞窟まで案内しよう。』 ジョーは言ったのでケーリーは驚いて「ジョー?」と言った。『お前が友人を殺した事は許さないが、しかし、それ以外に生きる道は無かったのだろう。王も死に、出で立ちも人形となった今のお前にはその生きる不自由さは無いはずだ。お前の生きたい様に生きればいい。あと、正直、関わりたくもないから手を汚したくもない。勝手にしろ。』

『お気持ち、感謝する。』

 マルダは窓の外を見つめていた。アルゲバの王国の工場街は相変わらず静かに煙をあげていた。

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