■第四夜 桜鍋と捧げ銃《つつ》


 

 さて、今日も引き続き『戊辰異聞・臥煙戦記』にてご機嫌を伺わせて戴くのでございますが、この「戊辰」という言葉、今では戊辰=幕末動乱という意味になっておりまして、もうほとんど使われていない言葉でございますが、これは中国の古い暦法である十干十二支での年の数え方なんだそうですね。

 甲乙丙丁戊の十干と、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支を組み合わせて、五×十二の六十年で一巡りする仕組みでございます。だから人がおぎゃあと産まれて六十年経つと、産まれた年と同じ年が巡って来る。暦が元に戻るという訳で、六十歳を還暦と申します。古代日本の壬申の乱とか近代中国の辛亥革命などはここから名前が付いたわけでして、戊辰戦争は戊辰の年に起きたので、戊辰戦争と呼ばれているわけでございます。

 この組み合わせでその年を表すというやり方は、戦前まではごく普通に使われておりました。皆さんご存知の高校野球のメッカ甲子園ですが、これは甲子の年に作られた球場ですので「甲子」園という名前が付いた訳でございます。これがもう二年遅ければ甲寅園だったわけで、タイガースのホームの球場にトラ、と名がつくことになるわけですが、惜しいことをしました。


 さて、段鉄以下の三人が、何故か歩兵差図役の高澤三九郎に鰻で丸め込まれて、小川町の歩兵屯所に入ることになった経緯いきさつは昨晩お話ししましたが、武家屋敷時代の白壁に囲われたその屯所の中には、長屋造りの兵舎がずらりと並んでいますな。

 物珍しげに辺りを見回していた数十人の新兵たちは、武者格子窓の一際大きな建物に入るように言われます。中は板敷きの広い道場で、呉服屋の奉公人と見える男たちが待ち構えておりますな。まず名前を控えられ、背丈と胴回りを測られた段鉄たちは、身体の大きさに合わせて用意されている柳行李を渡され、奥で着替えるよう言われます。

 柳行李の中身はまずお仕着せの袖なし羽織、筒袖が夏用の白と冬用の紺の二着。ダンブクロは同じ紺でも生地の厚さが違う夏用と冬用の二本。これらはすべて木綿です。以下、西洋風の襯衣シャツや真新しい下帯、脚絆、草鞋わらじ等と寝巻き用の浴衣、そして筒型の帽子と背嚢はいのうや胴乱。それを負う皮ベルト類一式でございます。

 というわけで着替えですが、まず下帯は問題ありません。ところが襯衣シャツが難物ですな。なにせ着物にぼたんはありません。それでも見よう見真似で身に纏い。次は筒袖とダンブクロでございます。こちらは和洋折衷というか、今で言う作務衣に近い仕立てで、紐で止めた上を兵児帯で締めるので、新兵たちにも何とか着方が分かったのですが、残る皮ベルトが大変です。皆、バックルなどというものは見たことも聞いたこともありません。まず緩め方が分からない。どうにか身体に巻いても今度は締め方が分からない。

 それでも、お仕着せ一式を納入したらしい呉服屋の奉公人が、何度も締めたり緩めたりして見せるのに倣って、助けたり助けられたりする内に、どうにか格好が付いて参ります。そして最後に袖なし羽織を着、首筋を覆う日除け布が付いた帽子を被って着替えは終了でございます。

 空いた柳行李には着てきた着物と冬服を入れ、名前を書いた紙を貼って私物入れになります。そして以後は自分で管理すること、大事なものはここで預けて、控えを貰うよう言われますが、勿論、持ち重りのしそうな財布などを預けるものはいませんな。柳行李に押し込んだのは匂いのしそうな着物と下帯だけという、着た切り雀同然の連中もかなり混じっている始末です。

 そして大方の着替えが済んだところで足元をこしらえ、脚絆に草鞋わらじ履き姿になった新兵たちに、柳行李を担いで表に出るよう指示があります。

 それを迎えたのが……、

「ようし、どうやら様になったようだな。俺はお前たち第三小隊の歩兵差図役、高澤三九郎というものだ。以後、俺がお前たちを仕切る。俺が進めと言ったら進め、引けと言ったら引け、そして俺が死ねと言ったら死ね」

 途端に低い笑い声が幾つか起こります。その瞬間、

「笑うな!」という大音声が降りますな。

「今笑った奴。お前ぇらはここに何しに来た? 今着ているものは何の服だ? ここは歩兵屯所だ。お前ぇらが着ているのは歩兵の服だ。もう歩兵以外の何者でもねぇんだ。覚悟ができてねぇ奴は急いでやれ。もう引き返しはできねぇぞ。

 だから、俺が死ねと言ったら死ね。だが、誓って無駄死にはさせねぇ。だから、俺に付いて来い!」

 一同がしんとする中、少し照れくさそうな顔をした高澤三九郎が小さく咳払いすると、声を改めて指示を続けます。

 まず一同を、知り合いがいれば隣同士に並ぶようにさせ、一人だけの者は背丈の近い者と組み合わせて、大雑把に四列縦隊にし、その上で、右側二列、左側二列を向かい合わさせますな。

 段鉄は新之助と、八は見知らぬ大男とお見合いでございます。

「ようし、お前たちが今見ているのが『伍』の相手だ。『伍』というのは歩兵の二人揃いのことだ。これから後、死ぬも生きるもお前ら二人は一緒だと思え。だから、喧嘩すると碌なことはねぇぞ。長い付き合いになるんだ。張り合うのは構わねぇが、できる限り助け合い、互いが楽になるよう工夫するがいい。

 そしてこれから右側二列の『伍』を『右伍』、左側二列を『左伍』と呼ぶぞ。『右伍』の左側、『左伍』の右側、後ろを振り向け。よし、今向かい合っている『右伍』と『左伍』の四人が『組』だ。今、端から順に番号を付けて行く。自分が何組の『右伍』か『左伍』か、頭に叩き込んでおけ。よし、一、二……」

 というわけで、段鉄たちは五組ということになり、以後、段鉄と新之助はその『左伍』、八と大男は『右伍』になりました。

 しかし、段鉄たち三人はともかく、紛れ込んだ一人は居心地が悪そうでございます。 たしかに今日初めて会って、いきなり『伍』だの 『組』だの言われても馴染めるはずがありません。ところが歩兵差図役はそれに気付かぬ体で言葉を続けます。

「これからはすべて『組』で勘定するぞ。部屋割も、飯を食うのも、風呂も、調練も全部『組』ごとだ。誰か一人が縮尻をやらかせば『組』がとがめられる。誰か一人が手柄を立てりゃあ、『組』がめられる。良いことも悪いことも一緒だ。足りなければ『組』で融通し合い、余れば『組』で分け合う。それが鉄砲玉でも食い物でも同じだ」

 つまり、連帯責任という奴でございます。個人主義が行き渡った現代では、酷く窮屈に感じられる仕組みですが、個人個人の責任が追及されないという点では生き易いと言えないこともないでしょう。ただこれは、生活のすべてがこの仕組みで律せられる時に初めて有効に働く仕組みでもあります。つまり、規律を個人の事情の上に置き、全員を一つの鋳型に入れて育てる軍隊や職能集団の合宿生活用ですな。

 歩兵差図役の注意は続きます。

「後、下帯や襯衣シャツは当番を決めて自分たちで小まめに洗濯するようにしろ。汚れたものを着たまま怪我をすると命に関わる。こいつは本当のことだぞ。この洗濯も『組』でやる。ちゃんと手分けして順番にやれ。誰かに押し付けて楽をしようとすると、しっぺ返しを食らうことになるぞ。『組』は誰かに楽をさせるためのものじゃねぇし、誰かに厄介ごとを押し付けるためのものでもねぇからな。よし、分かったら付いて来い。次は寝るところの割り振りだ」

 そう言って歩兵差図役が一同を導いたのは並んだ長屋の一軒です。

 普通の棟割り長屋なら、その名の通り二、三間(けん)ごとに仕切られているのですが、ここは兵舎なので一棟が一軒ということになります。

『三小隊』と書かれた油障子を開くとまず奥行き一間ほどの土間があり、建物の端の壁からもう一方の壁までずーんと左右に伸びていますな。

 上がり框の上には『一、二』『三、四』と二つずつ数字を書いた障子が立てられ、最後は『九、十』となっているので、全部で五間あると見えます。歩兵差図役がその一つを開くと、中は十畳見当の座敷で、隅に畳んだ座卓と衝立が二つ置かれていますな。その前には煎餅布団が積まれていて押入れはなく、見える襖は隣の座敷との仕切りのようです。

「この一間を二組、八人で使え。箪笥などは置いてはならんぞ。水周りと厠は外だ。後、夏場の長屋の中は煙草を含めて火の気は厳禁だ。煙草は外の縁台に煙草盆があるからそこで吸え」

 と、そこに遠くからトテトテと不思議な音がしますな。一同が不思議そうな顔を互いに見合わせていると、

「ん? 何だ、喇叭らっぱを聞くのは初めてか? 今のは午休ひるやすみの合図だ。歩兵隊では万事あの喇叭らっぱで合図する。音色は色々あるから早く覚えるようにしろ。

 後、飯は本来こっちから取りに行くんだが、今日はまだ勝手が分からねぇだろうから、配りに来るよう頼んである。来たら組毎ごとに受け取って食え。午休ひるやすみの終わりも喇叭らっぱで合図する。聞こえたらさっきの場所に集合だ。分かったな?」「へい」「おう」「わかりやした」等々、様々な応えが返る中、少し苦笑いした歩兵差図役が頷き、一同は一旦草鞋わらじを脱ぐと、各自の組の番号が書かれている座敷に上がります。

 見知らぬ同士とは言いながら、大方は体格自慢、腕自慢の似た者同士でございます。うなり声と応援の歓声が聞こえるのは腕相撲でも始めたのでしょう。

 そんな中、二つの座卓に分かれて座った五組と六組の間には微妙な空気が流れますな。段鉄たちの五組に入った大男は五助と言って元陸尺。六組は知り合い同士ではなく、折助、普請人足、車引、鍛冶屋の手伝いの四人らしいのですが、最初にぎこちなく自己紹介をした後は話が弾みません。

 と、そこに折り良く昼食が届けられ、まずは腹ごしらえをしてからということになりますが、こういう時に気が利いて尻が軽いのが八ですな。他の誰より先に土間に降り、草鞋わらじを突っ掛けて、昼食の盆を取って参ります。

 盆にかけた布巾を取ると、載っていたのは皿に盛った握り飯と漬物の鉢、それに人数分の湯飲みと、茶の入った土瓶でございます。

「握り飯が皿に八つずつってことは一人二個か。ま、海苔も巻いてあるし、具は……はぜの佃煮か。贅沢は言えねぇな」」

「香の物は沢庵にぐるぐる漬けでやすね。うん、塩気は効いてやす」

 ぐるぐる漬けというのは胡瓜の漬物です。当時の胡瓜は黄瓜とも書いて、黄色く完熟してから収穫していたそうなんですな。その実を縦半分に割り、種をこそげ取って乾燥させた後、皮を外側にしてぐるぐる円筒形に巻いて塩漬けにし、その後塩抜きして漬け直すという、手間がかかる分日持ちのする保存食だったようです。

「茶は……番茶ですね。こんなもんでしょう」

 と、それぞれに昼飯の感想を口にする段鉄たちに対し、他の五人はどうも互いの出方を伺って口が重い様子。それも無理からぬところですが、これからのことを考えればずっと遠慮してるわけにも行きません。どれ、と段鉄が口を開きかけたところで、どこかから、チンチロリンと音が致しますな。

「おや、空の湯飲みを見たら我慢できなくなった組があったみてぇだぞ」

 と、口に出したところで段鉄考えた。

 ――たしかに腹が満ちて暇ができりゃあ賽が出て来るのはこういう手合いの常道だ。

 ――とはいえ、所詮は遊び。互いの懐具合は知ってるし、負けたからといって意趣を持つような野暮な真似もしねぇが……それはあくまでも気心の知れた身内での話だよな、俺らはまだ、身内でもねぇし、仲間でもねぇ。

 ――だが、屯所に入っちまった以上、気に食わねぇからといって抜けられねぇし、追い出したりするわけにも行かねぇ。これから先ずっと付き合って行かなきゃならねぇ……。

 ――誰とどう距離を取り、どう付き合うか、自分から色々考えている奴もいるだろうし、俺は成り行きまかせで構わねぇという奴もいるはずだ。まぁ、中には歯に挟まっていた佃煮の切れ端を味わい直すのに夢中で、何も考えてねぇ奴もいるがな……。

 ちらりと八に目をやった段鉄、少し考えて心を決めますな。

 ――なら、最初に転がして見るのも手か。どう張るか見るだけでも色々分かるってもんだ。

 一つ頷いた段鉄、自分の柳行李を開けると、隅に押し込んであった布袋を取り出して口を開きます。湯飲みの一つを取り、布巾でざっと拭いて布袋の中身を落とすと、響いたのはチンチロリンという賽の音。

「どうだ、ウチもやってみねぇか? ただし、賭けるのは銭じゃねぇ」

「え? 銭じゃなけりゃあ何を賭けるんでぇ? まさかしっぺとかじゃねぇだろうな?」

 と、声を上げたのは、普請人足だった信介という男です。

「なんだ、お前ぇらは銭の代わりにしっぺのやり取りかよ? 貧乏人め」

 と、笑いを含んでそれを受けたのは、元折助の籐六。

「へっ、貧乏人はお互い様だろうよ。銭だと返せ返さねぇの揉め事になるじゃねぇか。しっぺなら恨みっこなしだぜ」

「そうかぁ? やられたらやり返せってんで、余計揉め事になりそうな気がするがなぁ」

 そう顔をしかめたのは車引きだった平蔵。

「それに銭は取り返しゃあ済むが、しっぺをやり返したって自分が痛ぇのは消えねぇもんな」

 そうしみじみと言ったのは鍛冶屋の手伝いだった彦一でございます。

 さっきまでの気まずい空気はどこへやら。さすがは賽のご利益りやくで、振られた途端に話がころころと弾み始めたのには段鉄も苦笑いですが、とりあえずは話を纏めます。

「いや、しっぺじゃねぇ。当番よ」

「へ? 当番たぁ何の当番でやす?」

「さっき高澤様が仰ったじゃねぇか。洗濯は当番を決めてやれ、と。他にも当番がいる用は色々あるだろう。例えばこの昼飯の盆運びとかな。今日はお前ぇが気を利かせてくれたが、これから毎日というわけには行かねぇだろう?」

「へ? それくらいなら別に構いやせんよ?」

「お前ぇが構わなくても俺が構うのさ。高澤様が前に仰った通り、火消しの組と違って、歩兵隊は皆一緒に入ぇったんだから、皆同格だ。だが一時が万事という奴で、面倒ごとを誰かに押し付けて平気でいりゃあ、気が付かねぇうちに俺の心根が腐ってくる。そんなのは御免だぜ」

「なるほど。誰かがやらなきゃ皆が困るんだから、皆で手分けしてやるのは道理ですよ。で、それを賽で決めようっていうんですね?」

「ああ、一回勝負で、一番負けた奴が最初の日、二番目が次の日って具合で、八人が一回りしたら改めて勝負のやり直しってぇことでどうだ?」

 聞かれた一同、口々に、

「いいんじゃねぇか?」

「だな。どうせ一回りするんだから恨みっこなしだ」

「ああ、じゃんけんとかよりゃあ気が利いてるぜ」

 と、概ね好評で返すのを受けて、

「じゃ、親を決めるぜ」

 と、段鉄が賽を拾って湯呑に投げ込みますと、歩兵長屋の座敷に、チンチロリン。という音が響きます。彼らが歩兵になる合図にしては、少々下世話な音でございますが、元が火消し鳶、陸尺、折助、車引き、鍛冶屋の手伝い、そして若旦那……という妙な組み合わせの男どもには、ふさわしい合図だったのかもしれません。

 

 さて、いよいよ断鉄たちを歩兵にするための基本調練が始まるのですが……この調練というやつは、どう書いても、面白くはなりません。ましてや基本ですから華々しいことが起きるはずもなく単純動作の繰り返しでございます。右も左もわからない新兵がやってのける勘違いを面白おかしく語るのも一つの手ですが。勘違いのネタだけで、三日三晩ほど続けて語れるほど出てくるわけでして、そこはさくっと省略致します。なあに、これから先も勘違いと見込み違いが目白押しですので御安心を。

 さて、断鉄たちが入隊して既に一月近く。そろそろ九月の声も聞こえようかという頃合いですが、空は相変わらず晴れ渡り、練兵場には朝から厳しい日差しが降り注いでおります。

 伍というのは歩兵同士の二人組のこと。四列縦隊に並んだ時の右二人が右伍、左二人が左伍ですな。この二人組は歩兵の行動の基本単位ですから、特に命令がない限り歩兵が一人だけで動くことはまずありません。

 そしてこの伍が二つ組み合った四人組が歩兵機動の基本単位です。差図役の命令は個々の歩兵にではなく、この四人組に向けて下されます。今の軍隊で言うと分隊ですな。

 ということは、この四人の技量が揃い、息も合っていないと差図役は命令を下せないということになります。

 既に組み合わせは決まっていて、段鉄は信之助と、八は元陸尺の五助と伍を組み、四人組ができております。 炎天下の広場で整列している新兵一個小隊四十人の中には、段鉄以下三名の顔も見えますが、彼らが着ている筒袖の上着は夏用の白とはいえ生地は木綿でございます。いざという時はそのまま野営も出来るくらいしっかりした仕立てですが、間違っても炎天下で着るための衣装ではございません。

 待つ内に下帯まで汗みずくになった新兵たちが、さすがにだらけ始めたと見えた頃、ごろごろという大八車の音がして、

「気を付け!」と号令がかかります。

 決して大きくはありませんが、下腹にずんと応える声は勿論、歩兵差図役高澤三九郎でございます。

 ところが、一斉に威儀を正し、胸を張った新兵たちを見やった歩兵差図役が、にやりと微笑むのを見て、一同にざわめきが広がりますな。

「あ、兄ぃ、今日は何をさせられるんでやす?」

 正面を向いたままささやいた八に、隣の段鉄、同じように囁き声で返します。

「お、俺に聞くんじゃねぇや。覚悟するよりねぇだろう」

 そう。この歩兵差図役。普段は気さくで面倒見もいいのですが、こと調練に関しては人が変わるんですな。

 何せ、最初の日に基本姿勢の〔気を付け〕から始まって〔頭右かしらみぎ―直れ〕、そして〔小隊右向け〕まで行くのに三日。その後、〔小隊進め〕でやっと歩き出し、〔遅足〕―〔早足〕―〔駆足〕の繰り返しを今日まで延々と続けて来たところです。

 とにかく辛抱強いというか執念深いと言うか表現に迷うところで、少しの乱れやミスにも容赦せずに繰り返させ、何とか首尾よく終われば、にっこり笑ってもう一編――という具合。この歩兵差図役が笑ったら碌なことが無いというのは、既に新兵たちの常識になっているんですな。

 それを知ってか知らずか、怯えた様子の新兵たちを見渡した高澤三九郎。おもむろに口を開きます。

「よし。大分ましになったな。最初に気を付けと言われて、ふところを押さえていた頃とは大違ぇだ」

 途端に一同が笑い崩れる中、一人真っ赤な顔で口をぱくぱくさせているのは信之助でございます。

 号令なぞ掛けられるのは生まれて始めて。おまけに一緒に屯所入りした新兵連の人相が余りと言えば余りだったので、〔気を付け〕を、気を付けろ―と聞き間違えたんですな。とは言え、同輩連に面と向かって「お前らの人相が悪いせいだ」と言うわけにも行かず。信之助は何時の間にか小隊一のおっちょこちょいということになっております。

「ま、それはいい。信之助、こっちへ出るがいい」

「え?」という顔になった信之助ですが、この頃になればもう、命令されれば無条件で動くよう仕込まれていますから、内心はともかく身体はきびきびと動いて歩兵差図役の前に立ちますな。

 それを見て高澤三九郎曰く、

「信之助、お前ぇは何者だ?」

「え? 歩兵でございますが……」

「うむ。では歩兵というのは何をする兵だ?」

「え、ええと。歩いて鉄砲を撃つ兵でございます」

「よく言った。その通りだ。お前ぇたちは歩くのはどうやら様になって来たから、。今日からもう一つの調練を始める。両手を出せ」

 そう言うと歩兵差図役は、傍らの大八車から何やら長いものを取り上げて、信之助が出した手の上に載せますな。

「重ぇぞ」と言われた途端、ずしんと来て、思わず持ち直した信之助。

「これが西洋式のゲベール銃だ。長さは五尺(一・五m)。重さは一貫目(約三・七五㎏)より少し重ぇが、これから毎日世話になる銃だ。まず最初に……」

 と話し始めた高澤三九郎。銃を持つ信之助の手元を見て、いきなり、

用心鉄ようじんがねに指を入れるな! 人差指を伸ばせ!」と怒鳴り付けますな。

 怒鳴られた信之助には何が起こったのかわかりません。「え? え?」と、おたおたする内に右手を掴まれ、無理矢理人差し指を伸ばされます。

「いいか、用心鉄ようじんがねというのは引き金の回りにある輪っかのことだ。間違って引き金に触らない用心に付いてるから用心鉄ようじんがねと言う。ここに指を入れるのは、撃ち方用意の号令がかかってからだ。それまでは金輪際入れちゃあならねえ。分かったか?」

「は、はい。申しわけありません……が、てぇことは……この鉄砲には弾丸たまが入ってるんですか?」

 そうおずおずと尋ねた信之助に、高澤三九郎。

「ほう。鉄砲は弾丸たま込めしねぇと撃てねぇってことくらいは知ってるか。江戸者にしちゃあ偉ぇもんだ。で、入ってる――と言ったらどうする?」

 にやりと笑って答えた途端、ふえっ」と声を上げた信之助、顔は真っ青、手はぶるぶると震えております。

 歩兵差図役が感心したように言うのも道理で、実は当時の日本で唯一、江戸者だけは鉄砲とは無縁な暮らしをしていたんですな。

 というのは、当時の日本の大部分を占めていた農村部では、鳥獣を追い払うための共有鉄砲(村鉄砲)は馴染みの道具でした。無論種子島ですが、とりあえず鉄砲というのはどういうものか――という基礎的な知識は誰でも知っている常識の内。

 ところが江戸府内は、幕府開設以来「入り鉄砲に出女」はご禁制。ペリー来航後に、老中の阿部正弘によってその禁が解かれるまでは、鉄砲を撃てば死罪という場所でした。そんな土地は日本広しともいえども、将軍家のお膝元である江戸府内しかありません。

 つまり段鉄たちのような町火消や折助、陸尺等々、江戸者ばかりの新兵連は、鉄砲なんてものは芝居の舞台か軍記物の絵草紙でしか見たことがなかったんですな。

 その辺は先刻ご承知の歩兵差図役。最初が肝心とばかりに基本を叩き込みます。

「いいか? 今俺はこの鉄砲に弾丸たまが込めてあると言ったが、それが本当かどうか、お前ぇに分かるか?」

 聞かれた信之助、再び「ふぇ?」と声を上げると同時に思い切りかぶりを振りますな。

 それを見た歩兵差図役、一つ頷くと続けます。

「その通りだ、見分け方はあるが、生まれて初めて鉄砲を持ったお前ぇに分かるはずがねぇ。そりゃあ引き金を引きゃあ分かるが、もし弾丸たまが入っていたら偉ぇことになる。じゃあどうするか?」

 と、そこで言葉を切った高澤三九郎。信之助からひょいと鉄砲を取り上げると、新兵連に向けて両手で高く差し上げ、くるりと表裏を見せた後、すっと銃床を右肩に当てて構えます。左手は銃身の下、右手は引き金の少し後ろを握りますが――勿論、右人差し指は伸ばしたまま。

「話は簡単だ。どんな時でも、鉄砲には常に弾丸たまが入っていると思え。引き金に触れたら必ず弾丸たまが出ると思え。だから今言ったように、〔撃ち方用意〕の号令が出るまで、人差し指はこういう風に伸ばしたままだ。用心鉄ようじんがねには金輪際指を入れるな。いいか、ここで習うことを全部忘れても、これだけは忘れるんじゃねぇぞ」

 実は、高澤三九郎のこの言葉。当時だけでなく現在でも通用している心得なんですな。素人が銃を持つと無意識に用心鉄ようじんがねに指を入れてしまうことが多いのですが、正規に銃の扱い方を教授された警察官や自衛官は、射撃命令がない限り絶対に用心鉄ようじんがねに指を入れません。これは玄人と素人の差というより、銃を扱うときの覚悟の差であり、その覚悟が出来ない人間は銃を持ってはいけないということなんでございましょう。

 とまぁ閑話休題あだしごとはさておきつ

「じゃあ鉄砲を渡すぞ。一人ずつ来て受け取れ。筒先が上だ。引き金には触るなよ」

 と言いながら、歩兵差図役は大八車に積まれていた箱の中から鉄砲を出し、順に手渡して行きます。

 ところが全員がおっかなびっくりで受け取ったのを確認していたとき、突然、「莫迦野郎! 手を離せ!」と、雷が落ちますな。

「五助、手前ぇは今何をやった?」

 そう名指しされたのは元陸尺だったという大男でございます。六尺豊かな上背を縮こまらせ、必死で両手を振っていますが、足元には鉄砲が倒れております。

「手前ぇが今覗いたのは筒先だ。弾丸たまが出るところだぞ。ついさっき、俺は何と言った?」

 険しい顔で問い詰められて、五助はもう真っ青になっております。

「そ、それは……その。鉄砲にはいつも弾丸たまが入っていると思え――と。

「なるほど。お前ぇは、弾丸たまが入っていると思って筒先を覗いたわけだな?」

「い、いえ。滅相もねぇ。ただ、鉄砲なんて初めて持ったんで、中がどうなっているのかと……」

「ふむ。分からねぇことが気になるのは当然だが、時と場合によるぞ。お前ぇたちはまだ、鉄砲がどういうもんか知らねぇんだ。

 いいか? 鉄砲という奴は弾丸たまを撃つ道具だ。弾丸たまは筒先から出て真っ直ぐ飛ぶ。途中に手前ぇの頭があろうが手足があろうが仲間の背中があろうがおかまいなしだ。途中で止めることなんぞ出来やしねぇ。鉄砲ってのはそういうもんだ」

 そこで歩兵差図役は一旦言葉を切り、一同を見回すと声を張り上げます。。

「だから筒先の向こうにあっていいのは、的と敵だけだ。その他のものにゃあ金輪際筒先を向けるな。分かったな!」

「はい」と声が揃って、一つ頷いた歩兵差図役。五助に鉄砲を拾うよう命じると新兵に整列を命じます。

「よし、俺と同じ様にやれ。まず左手で銃身の下にある溝を持つ。右手は用心鉄ようじんがねの後ろの少し細くなっているところ――ここは銃把じゅうはといって、鉄砲を握るための場所だ。ここを握る……八! 筒先を下げるな!」

 いきなり名指しされて八の持つ鉄砲の筒先が跳ね上がりますが、それを見た歩兵差図役はにやりと笑いますな。

「そうだ、それでいい。筒先を隣の奴の頭より上に向けりゃあ、吹っ飛ばす心配はねぇ。よし、右人差し指を伸ばしたまま鉄砲を右肩に当てろ。こうだ」

 と、歩兵差図役が構えて見せるのにならって、一同がどうやらこうやら姿勢を整えたのを見て、高澤三九郎は続けます。

「よし。これが立射の構えだ。実際に鉄砲を撃つときはこうする。だが、それはもうちっと先の話だ。まずはその前、鉄砲をきちんと持てるようにするぞ」

 それを聞いて八が隣の段鉄に囁きますな。

「持つ? どういうことでやす? 皆ちゃんと持ってるじゃねえですか?」

「さぁな。高澤様のことだ、何か考えてるんだろうさ。ただ、一つだけ間違いねぇことがあるぞ」

「へぇ。今日も楽は出来ねぇってことでやしょう?」

「それが分かってるなら無駄口はやめとけ。余計疲れるぞ」

 二人の囁きが聞こえたのかどうか、高澤三九郎は改めて号令を掛けますな。

「よし、全員俺にならえ。右手で鉄砲の筒先を掴んで立てる。そのまま整列! 気を付け」

 新兵連は一斉に直立し、筒先を上にした銃を右手で支えて身体の右側に立てます。

「よおし、それが〔立て、つつ〕だ。鉄砲を扱うときの初手だからきちんと覚えろ。甚六、鉄砲が裏返しだ。引き金の付いている方を前に向けろ。喜一、鉄砲が斜めだ。筒先のどの辺を持てば真っ直ぐに立つかちゃんと覚えろ。

 よし、続けるぞ。次は鉄砲を右手で引き上げて、左手で銃把を持つ。そのまま持ち上げて右手で銃床を下から支える。そのまま鉄砲を目の前に真っ直ぐ立てろ」」

 新兵たちの列から鉄砲の先が伸び上がり、ふらふら動きながら立ったのを確かめ、歩兵差図役は声を張ります。

「よし、そうだ。それが〔捧げつつ〕だ。これが出来りゃあ門衛が勤まるぞ」

 と、歩兵差図役は言いますが、何しろ先に本人が説明した通り、当時の鉄砲の長さは約一・五m。重さは約四㎏――大雑把に言ってしまえば、両手持ちの箒の柄に二Lのペットボトルを二本縛り付けたような重さと長さです、こんなものを初めて持たされて、目の前に捧げ続けるのは少々骨なわけで……。

「あ、兄ぃ、何時までこうしてればいいんでやす?」

 正面を向いたままささやいた八に、隣の段鉄、同じように囁き声で返します。

「信公が我慢してるんだ。俺たちが音を上げるわけにゃあ行かねぇだろう」

 言われた八が横目で見ると、隣では信公こと信之助も皆と同じように鉄砲を目の前に掲げて身じろぎもしない――ように見えますが、実際には持つ手がぶるぶると小刻みに震えていますな。

 それを知ってか知らでか、歩兵差図役はそれから更に十分以上も〔捧げつつ〕を続けさせた挙句、素っ気無く〔立て、つつ〕を命じますな。。

 安堵の溜息と共に鉄砲が下ろされ、どうにか姿勢を正した一同の顔を一人ずつ確かめて、にやりと笑った高澤三九郎、おもむろに号令を下します。

「よし、次は少し楽だぞ。俺に倣え。まず〔捧げつつ〕。よし、そのまま鉄砲を右肩に載せ、左手は垂らせ。そうだ。それが〔肩へ、つつ〕だ。普段鉄砲はこういう風に肩に担ぐ。よし、少し稽古だ。〔立て、つつ〕」

 ところが、この「少し稽古」。〔肩へ、つつ〕―〔捧げつつ〕―〔立て、つつ〕―〔肩へ、つつ〕と延々と続き、一向に終わる気配がありません。最初は回数を数えていた段鉄も、三十回を過ぎたあたりからあやふやになり、既に定番になっているやり取りが始まりますな。

「このどこが楽なんです?」

 と、息を荒くしつつ信之助がぼやけば、

「持ちっ放しよりは楽ってぇことなんでやしょう」

 と、八が半分あきらめの入った口調で応え、

「ああ。ただ、楽かどうかはともかく、あれを見てりゃあ弱音は吐けねぇぞ」

 と、苦笑混じりに段鉄が締める――という具合です。

 この「あれ」というのは一同の前で模範を示している高澤三九郎のこと。この歩兵差図役。新兵達に何かやらせるときは、必ず同じことを同じ回数やってみせるんですな。

 だからこそ、にっこり笑ってもう一編と言われても、小隊一同しゃあねぇなぁ――と苦笑いしつつ、こうやって鉄砲を上げ下げしている次第。

 なお、彼らがやっているのは今で言う執銃しつじゅう訓練という奴で、鉄砲の扱いに慣れるための基礎訓練です。歩兵の武器は鉄砲ですが、持ったその日からぱんぱん撃つわけではないんですな。

 信之助達が怒鳴られたようにまず最初に弾丸たまを抜いた鉄砲で安全手順を叩き込まれ、その後今のように一人ずつ鉄砲を持たされて取り回し方を教えられ、更に座学で鉄砲の原理や仕組みを教えられた後、これなら良しとなって初めて、実弾を撃つことが許されるという手順なんですな。

 とはいえ、歩兵の調練は実はそれからが本番で、単に鉄砲を持っただけの人間を歩兵に鍛え上げる煉獄の如き日々が待っているのですが――当の新兵達はまだそんなことは知らないのでございます。

「よし、〔立て、つつ〕。信之助、身体が斜めだ、ちゃんと踏ん張れ。こら、腕を回すんじゃねぇ。肩を押さえるな。」

 やっと鉄砲の上げ下げが終わった途端、再び名指しされたのは信之助ですな。さすがは元若旦那で、これまで重いものなぞ担いだことがありませんから、さぞ応えたものと見えますが、他の面々はさほど疲れた顔もしておりません。

 それを素早く見て取った歩兵差図役。一つ頷くとこう告げますな。

「よし。昼前の調練はこれで終わる。各自鉄砲を大八車の箱に戻せ。戻したら整列。かかれ」

 号令と共に新兵連がわらわらと大八車に群がり、銃を置くと列に戻って参ります。

「よし、〔小隊、気を付け〕。昼食ちゅうじきが済んだら、集合喇叭らっぱが鳴るまで好きにするがいい。〔小隊、解散〕。……おっと、段鉄と八は残って、大八車を引いて付いて来い。信之助、お前ぇは厨房に行って、俺が頼んだものを貰って来い」

「へ? 厨房でこざいますか?」

「ああ、俺の使いだと言やぁ渡してくれるはずだ。指図役の詰所まで持って来い。〔回れ右〕―〔駆け足〕、かかれ」」

「は、はい。直ちに」

 くるりときびすを返した信之助。兵舎の一角にある炊事場目掛けて走り去って行きますな。

「おう、大分上手になったな。最初の頃とは大違ぇだ」

 歩兵差図役が言う通り、信之助の後ろ姿はなかなか様になっております。

 ――てことは俺や八もちゃんと走れるようになってるってぇことか……。毎日歩いたり走ったりしてるだけでも違うもんだな……おっといけねぇ、それどころじゃねぇや。

 と、我に返った段鉄、おそまきながら尋ねますな。

「高澤様、この大八車は何処に持って行けばいいんで?」

「おう、言うのを忘れてたぜ。新之助と同じだ、指図役の詰所まで運んでくれ。新しく積むものがあるんでな」

「新しく積む? 弾丸たまですかい?」

「段鉄の素朴な疑問に高澤三九郎、思わず失笑です。

「そんなに撃ちてぇか? 気持ちは分かるが、もうちっと辛抱だ。まずこれから積むものが扱えねぇとな」

「へ? 何を積むんでやす?」

 と、車を押していた八が口を挟みますが、段鉄は以前のようには叱りません。屯所入りする前に言われたことが頭にあると見えます。

「ま、見てれば分かる。お、そっちじゃねぇ。隣の物置の方だ。俺が鍵を開けるから車の向きを変えて尻から入れろ」

「へい。八、右回りで行くぞ、よし、そのまま向きを合わせろ。よし」

 がらがらがたんと敷居を挟んだ渡り板を越えた大八車が入った物置――というか倉庫の中は意外に片付いていて、壁一面の棚の上に大小の箱が整然と並んでいますな。日が入らないので薄暗い分涼しく、段鉄と八がほっと一息吐いたところに、歩兵差図役から声が掛かります。

「涼んでいるところを悪ぃが、段鉄、そっちを持て、重ぇぞ。八は車の上にこれを載せる場所を作れ」

歩兵差図役が手をかけているのは、床に置かれた一抱えほどの頑丈そうな箱でございます。八が鉄砲の入った箱をきちんと並べ直した隙間にそれを載せようと持ち上げた段鉄、思わず声が出ますな。

「おおおっと、こいつは重ぇや。八、手をのけておけよ」

 八が両手を上げたのを確認して、やっとのことで車に載せ、ふぅと一息ついたところに、歩兵差図役からもう一声。

「もう一箱あるぞ。今度は八だ。気を付けろよ」

 八に場所を譲った段鉄。それを見ながらふと考えますな。

 ――俺と八の二人で手は足りてる。二人で載せろと言やぁそれで済むのに……この辺が高澤様の偉ぇところだな……。

 そうこうする内に二つ目の箱も載り、ほっと一息吐いた歩兵差図役。段鉄にもう一度声を掛けますな。

「これで最後だ。段鉄、右上の棚に載ってる赤い箱を下ろせ。大丈夫、今度は軽ぃぜ」

「ほい」と背伸びした段鉄、箱を動かして拍子抜けした様子。

「何だ。本当に軽ぃぞ。八、そっちを持て」

「へい」と受けた八も意外そうな顔で受け、さっきの箱の上に載せますな。

 それを見ていた歩兵差図役曰く、

「軽ぃと言っただろう。お前ぇ達、そんなに俺が信用出来ねぇか?」

「いや、そういうわけじゃねぇんですが、高澤様が楽だと言った調練が、本当に楽だったためしがねぇんで……」

「その辺は我慢しろ。きつい調練をきついと言やぁ、やる気が削がれるだけだ。それに俺は嘘は言ってねぇぞ」

「え? でも、今日だって……」

「ほう、きつかったか?」

「へぇ、俺らは物を担ぐのが商売だったからそうでもねぇですが、信之助あたりはかなり応えてた様子ですぜ。

 段鉄たちは火消し道具、元陸尺たちは勿論駕籠、そして元折助連は挟箱と、皆物を担ぐのはお手の物ですからこれはまぁ当然です。

「そうか。ところでお前ぇは今、駆け足はきついか?」

「へ? そりゃあ最初はきつかったが、今はそれほどでも……」

「そら、それが答えさ。調練というのはそういうもんだ」

 やり込められた段鉄が「うーん」と考え込んだのを横目に、八が口を挟みますな」

「じゃ、じゃあ、その内〔捧げつつ〕も苦にならなくなるんでやすか?」

「そうだ。お前ぇも門衛は見ただろう? あいつらが〔捧げつつ〕するのに汗水垂らしてたか?」

「……そう言やぁ、涼しい顔でやってやしたが……」

「そういうこった。今しか見えねぇようだと、碌なことにならねぇぞ」

「そういうもんでやすか?」

「そういうもんだ。お、噂をすれば影が差したぞ」

「え?」と段鉄が顔を上げると、

「お待たせしました。頼まれものです」

 と声がして、信之助が何やら下げて入って参ります。

「詰所の方に届けろというお話でしたが、声がしたんでこちらに……」

「おう、丁度今、お前ぇの話をしてたところだ。詰所の方で待ってろ。ここの鍵を閉めたら直ぐに行く。段鉄、車を出せ」

「へい。八、行くぞ」

 と、梶棒を持ち上げた段鉄が手足に力を込めると、がらがらがったんと敷居を越え、車は日差しの下に出ます。

「やっぱり暑ぃや」

 と、ぼやく八に、段鉄。

「我慢しろ。いくさは日陰の下だけでやるもんじゃねぇぞ」

 そこに倉庫の扉に南京錠を掛け終えた歩兵差図役もつけ加えますな。

「そういうこった。備えて置くに越したことはねぇさ。よし、車にゃあ止めをかまして置け。八、ここで見張りをしてろ。これだけの鉄砲を持ち出されたら大事おおごとだ」

「へい。分かりやした」

「よし、段鉄は一緒に来い」

 と、歩兵差図役は戸を開け、詰所の中へ。

 外見は歩兵達が宛てがわれた長屋と同じで急拵きゅうごしらえの安普請ですが、内装は多少は上等です。入ったところは広い土間。上がりかまちの奥は座敷で文机が並ぶという、この時代の典型的なお役所ですな。

 昼飯時なので座敷には誰もいませんが、これは皆外に食べに行っているためです。一応差図役にも歩兵と同じ賄いが出ることになっていますが、懐に余裕があるなら昼くらいは好きなものが食いたい――と思うのは人情ですから無理からぬところです。

 この座敷に上がれるのは士分である差図役だけ。歩兵は普通土間までございます。

 そこで待っていた信之助が会釈するのに返した歩兵差図役。初めて詰所に入った段鉄が、天井の辺りをしげしげと眺めているのに気付き、笑いを含んで尋ねますな。

「おい、ここだと何人要る?」

「……こりゃあ五人も居らねぇ……おっと、いきなり何を仰るんで?」

「さすがは鳶だ。勘は衰えてねぇか」

冗談てんごうはよして下せぇや。こいつは習い性って奴で止めようがねぇんで」

「まぁいいさ。その内役に立つこともあるだろう。気にするな。おい信之助。こっちに来てそれを開けろ」

「はい」と信之助は下げていた岡持(今のような持ち手の付いた箱型ではなく、取っ手の付いた大振りの平桶)を上がりかまちに乗せ、平蓋を取ると、中には竹の皮に包まれた平べったい代物が鎮座ましましていますな。

 面食らった段鉄が、

「こいつぁ一体何です? 岡持にへぇってるってことは食い物ですかい?

 と、尋ねますが、歩兵差図役はそれには応えず、腰の脇差(銃剣)を抜き、信之介に、

「上着を脱いで右肩を出せ」

 と命じますな。

「へ?」と不得要領顔ながら素直に筒袖の上着を脱ぎ、肌着の襯衣シャツを寛げた信之介。歩兵差図役に赤く腫れた右肩をぽんと叩かれて、

「痛ぇ!」と思わず声が出ますな。

「ふむ、思った通りだな。腕は動くか? ちと息んで見ろ」

 さすがは剣術の免許皆伝。骨や関節に異常があると、息を詰めたときにズキンと来ることは承知しています。

 言われた通り腕を回し、「むん!」と息を詰めますが、別に痛くはない様子。

「ふむ、骨や節にゃあ別状ねぇようだな。打身みてぇなもんだろう。ちょっと待て」

 そのまま岡持に手を伸ばし竹の皮をめくると、中から出てきたのは赤い地に白く筋の散った柔らかそうな物体でございます。

 首をひねっていた段鉄。歩兵差図役が脇差で端を切り取ると赤い汁が滲み出したのを見て、ようやく合点しますな。

「こいつぁ……獣の肉ですかい?」

「ああ、蹴飛ばし(馬肉)だ。今日の調練に合わせて、ももんじ屋(獣肉屋)に頼んでおいたのさ」

「へ? てことは、今日の晩飯は桜鍋ですかい? 俺はあんまり得手えてじゃねぇんだが……」

 当時の日本では古くからの仏教の教えもあって、肉食は一般的ではありませんが、一切食べなかったわけではないのは皆さんご存知の通りです。その名残で兎は鳥の仲間扱いで一羽二羽と数えるし、猪肉の別名は山鯨です。薬食いという言葉がある通り、滋養のあることは皆知っていたんですが、日常の食物ではなかったわけですな。

 これはある意味無理からぬところで、畜産業が無かった当時、獣というのは普通人里にはおりません。しかも冷蔵技術がありませんから、町中に運んで来るまでに肉が匂い始めるんですな。勿論、本格的に腐敗するにはまだ時間があるんですが、目の前の海で捕れる魚に慣れていた江戸の人間には、その生臭ささはさぞ受け入れ難いものだったんでしょう。

 ところが、少し顔をしかめて見せた段鉄に、歩兵差図役は言ってのけますな。

「おいおい、歩兵の賄いがどんなもんか知らねぇわけじゃねぇだろう? 桜鍋が出せると思うか?」

 言われてみればその通り。朝は丼飯に味噌汁香の物、昼は握り飯、晩は丼飯に大皿のさいが一品か二品。三日に一度くらいは魚が出る――というのが歩兵の毎日の食事です。珍しい分高直こうじきな桜鍋が出るはずがありません。

「食べねぇならこいつをどうするんで?」

「こうするのさ」

 言うなり歩兵差図役は、切り取った肉片をまとめ、添えてあった油紙で手早く包むと信之助の右肩に載せ、懐から取り出した晒し(白木綿布)で巻き付けます。

「どんな具合だ?」

「はい、冷っこくていい心持ちで……」

「うむ。腫れの熱を取るには生肉が一番だ。今日一日そのままでいるがいい」

 生肉は水分が多い分温まり難いので、今で言う冷湿布の代わりにしたんですな。この辺もさすがは剣術の免許皆伝。手馴れたものでございます。

 と、そこで段鉄。桜肉の量が信之助一人の分にしては多すぎることに気付きますな。

「高澤様、残りの肉はどうするんで?」

 問われた歩兵差図役曰く。

「何、お前ぇ達の分さ」

「え? 俺達は何ともねぇですぜ?」

「今はな」

「へ?」

 と、段鉄がぽかんとしたとき、突然表から甲高い怒鳴り声が聞こえて参ります。何やらしきりにわめいているようですが、声が裏返っていて良く聞き取れません。

「何事です?」

「分からん。手討ちとか言ってるようだが……」

「手打ち? 蕎麦の注文ですかい?」

「いや、たしかに昼時だが、そういう穏やかな話じゃなさそうだ。出るぞ」

 と、歩兵差図役が入り口の油障子を開けた途端、急に声が大きくなりますな。

 とは言っても聞こえるのは――ぶりぇいものぉ、そこにそこににゃおれ、て、てぇうぅちぃにぃしぃてくりぇるぅ――としか聞こえない音の羅列でございます。

 脇差代わりの銃剣を振り上げ、最後の「てぇうぅちぃにぃしぃてくりぇるぅ」を何度も繰り返してわめいている若い男は、白い筒袖にダンブクロ姿。羽織を来て頭の月代さかやきを講武所風に細く剃り上げていますな。どうやら歩兵差図役の一人のようでございます。

 次の瞬間「大須賀殿、何をされる!」と、高澤三九郎が飛び出し、それに続いて突っ込んだのは、わめく男の足元に転がっている八を見付けた段鉄でございます。

 後ろから近付いた高澤三九郎が脇から男の肘を軽く打ち、取り落とした銃剣を途中で受けるのと、段鉄が倒れている八を助け起こすのがほぼ同時。呆然とした男が振り返った時には既に、信之助が八の足を受け持ち、離れたところに移しております。

 そこに高澤三九郎が声を改めて尋ねますな。

「大須賀殿、何をなされておいでです? その者はそれがしの配下にござる。何か不都合な段がござれば、当方よりきつく叱り置く故、何があったかご教授願いたい」

 一方、大須賀と呼ばれた若い侍。自分が何故いきなり手ぶらになってしまったのか分からないと見えて、両手を何度も握り直しながら回りを見回していましたが、ようやく泳いでいた目が焦点を合わせ、震える口を開きます。

「な、な、何だ? ……う、お主は高澤ではないか。何故こんなところにおる? たかが歩兵差図役の分際で邪魔立てする気か!」

 たかが――と言う以上、大須賀は若さに似合わずそれ以上の役職ということになりますが、話す内に再び気持ちがたかぶって来たと見えて、こめかみに青筋が浮かび、声が徐々に大きくなって参ります。

一方、対する高澤三九郎は落ち着いたもの。殊更ことさらに平板な声を作り、押し被せるように繰り返しますな。

「その者はそれがしの配下にござる。何か不都合な段がござれば、当方よりきつく叱り置く故、何があったかご教授願いたい」

 それを聞いた大須賀、何故か急に気後れした様子。

「む……、お主の配下と申すか?」

「しかと左様にございます」

「……なるほど。……そうか。上が今出来の似非えせ御家人なら、下もそれに相応ふさわしい輩共やからどもということか。そのような者を切るは武士の名折れ。刀の錆にする気も失せたわ」

 明らかに虚勢と分かる口調でそう言い捨てた大須賀がわざとらしく肩をそびやかして背を向けようとしたとき、高澤三九郎の右手が閃いて一筋の光が大須賀の腰に走りますな。

 不意によろめいた大須賀を見れば、空だった腰の鞘に銃剣が戻っております。

「お忘れ物にございます」と高澤三九郎が頭を下げる中。突然重くなった腰をどうやら立て直した大須賀。無理矢理胸を張って歩み去りますが……心なし足元がもつれている様子。

 それでもその姿が見えなくなるまで頭を下げていた高澤三九郎。気配が消えた途端に跳ね起きて、段鉄たちに屈み込みますな。

「大事ないか? 何があった?」

 と尋ねる歩兵差図役に、段鉄に口元の血汚れを拭って貰っていた八が、慌てて首を起こします。

「こいつはみっともねぇところを……いてててて」

 見れば口元だけでなく、頬や目の回りも傷だらけでございます。

「む?。こいつはひでぇな。鉄、身体の方はどうだ?」

「へぇ、手足に別状は無ぇが、腹を蹴られてるみてぇで」

「む、そいつはいかん。養生所に行くぞ。信之助、そこの戸板を外せ」

「あ、はい。う、いてててて」

 信之助が肩の痛みをこらえて外した戸板に八を載せ、段鉄と二人で持ち上げた高澤三九郎。肩を押さえている信之助に、

「ご苦労。お前ぇはここで大八車の番をして待て」

 と告げて、前を持った段鉄に歩くよう促します。

「へい。揺らさないよう行きますぜ。養生所は厨房の隣で間違いねぇですかい?」

「おう。湯を沸かしたりする都合があるかららしいが、良く知ってるな」

「そりゃあ何処に火元があるかとか、その周りに何があるかぐれぇは承知してますぜ」

「ほう、さすがだな。そいつも鳶の心得か?」

「いえ、気が付きゃあ頭にへぇってるってだけで、心得ってぇほどご大層なもんじゃねぇですぜ。」

「ふぅむ。剣術だと、そういう境地を極意というんだが……

「へ? 鳶に極意があるとは知りやせんでしたぜ」

「ま、俺も知らねぇがな。それはそうと、おい、八。喋れるか?」

「へ、へぃ。何でやす?」

「お前ぇは一体何をした? 大須賀帯刀様は勿体付もったいづけで短気なお方だが、これまで刀を抜いたことがあるとは聞いてねぇぞ

「そ、それがわっちにも分からねぇんで……」

「分からないはずがねぇだろう。仮にも歩兵差図役頭取ともあろうお方が、手討ちにしてくれる――と、刀を振りかざしたんだぞ」

「そ、そう言われてもわっちは何も……」

 と、そこに段鉄が「え? あの若さで頭取ですかい?」と口を挟みます。

 歩兵差図役頭取は小隊を預かる歩兵差図役の上、中隊を預かるお役目です。当時は大隊四〇〇人の半分、二〇○人前後を差配していました。今の軍隊で言えば大尉クラスですが、段鉄が「あの若さで」と言う通り、大須賀帯刀はまだ二十歳そこそこにしか見えません。

「いや、あれでも大須賀様は二五を越えてるぜ。とはいえ、他の頭取よりは一回り以上若ぇがな」

「へぇ。じゃあ余程の手練てだれなんですかい? そうは見えなかったが……」

 そう段鉄に聞かれて、歩兵差図役は「う……」と詰まりますが、それでも言い難そうに言葉を継ぎます。

「歩兵を差配するお役目は、武道の技量でどうこうなるもんじゃねぇからな。戦場いくさばでどうやって配下をまとめて、無事に生きて帰らせるかが大事なのさ」

「じゃあ、あの大須賀様はそれが上手ぇんですかい?」

「……まぁそうなんだろうな。長州攻めのときは歩兵差図役だったが、配下で命を落とした奴はいねぇし、同輩の差図役や頭取が何人も撃たれて交代する中、当人は無事に帰ぇって来たしな」

「へぇ、そりゃあ凄ぇや。……あれ? 高橋様はどうだったんですかい?」

「俺か? 配下は無事だったし、俺だって無傷で帰ぇって来たぜ」

「え? それでまだ歩兵差図役のままなんですかい? 大須賀様はそれで頭取になったんでがしょう?」

「ああ。上の頭取が撃たれて後ろに下げられたとき、大須賀様以上の家柄の歩兵差図役は居なかったからな」

「……なんだ。つまるところ、家柄と運の良さだけですかい」

「そうは言うが、運は大事だぞ。俺の上の頭取は悪運が強くて弾丸たまも避けて通るくれぇだが、いなくなって俺が頭取になるよりゃあ、無事でいて貰った方が余程有り難ぇ」

「へぇ、そういうもんですかい?

「そういうもんだ。というところで八よ、本当に心当たりはねぇのか? 何があったのか順に話してみるがいい」

「へ、へぃ。でも順にと言われても何も心当たりが無ぇんで」

「それでも話してみるがいい。お前ぇが気付かねぇだけで、何か大須賀様の逆鱗に触れることがあったのかも知れねぇからな」

「へぇ。そういうことなら……まず、わっちが荷物の番をしていると、あの大須賀様が通りかかったんでやす。見たことのねぇお方だったが、武者髷だったんで、こりゃ上役に間違いねぇと思って、会釈したんでやす」

「ふむ、それで?」

「大須賀様はそのときは軽く頷かれただけでやしたが、急にわっちを見直してあっという顔をされた後、つかつかと寄って来て、いきなり足を払われたんでやす」

「いきなりか?」

「へぃ、それで倒れた後はもう散々でやす。踏まれるは蹴られるはで、何時の間にか気が遠くなりかけたところに高澤様の声がして、段鉄の兄ぃに助け起こされてたんでやす」

「ふむ。妙な話だな。大須賀様は本当に何も言わなかったのか?」

「何やらわめかれてはいたんでやすが……声が裏返ってきんきん響くばかりで、何を言われていたのかさっぱり……」

「まぁ、たしかにあの声を聞き分けるのは人じゃあ無理かもしれねぇが……しかし、顔を見直して寄って来たということは、お前ぇの顔に見覚えがあったということだろう? 心当たりはねぇのか?」

「さっきからそれをずっと考えてるんでやすが、とんと思い浮かばねぇんで」

「そうか。段鉄、お前ぇも大須賀様の顔に見覚えはねぇのか?」

「へぇ、あっしもずっと考えちゃあいますが、やはり心当たりはねぇですぜ」

「てぇことは、鳶の組絡みでもねぇってことか。後はこの八独りへの恨みってぇことになるが……」

「と言われても、わっちにはお侍の知り合いなんて……」

「本当にそうか? どこかの人混みで大須賀様の足を踏んでたかも知れねぇぞ」

「え? 大須賀様はそんなに執念深い方なんですかい」

「いや、そういう話は聞いたことがねぇがな」

「何かと思えば戯言ざれごとですかい。ほら、そんなことを言ってる内に養生所ですぜ」

「おう、済まん済まん。ちと障子を叩いてくれ」

「へい」と、段鉄が片手を離して油障子を叩くと、程なくして頭を総髪にした若い男が顔を見せ、戸板の八を見て慌てて障子を大きく開きますな。」

「怪我人ですか? こちらへどうぞ」

 中は板の間になっていて、中央に一畳ほどの大きさの台が置かれていますな。

 掛けられていた白布を外すと台は革張りらしく、表面は滑らか。その上に三人掛かりで八を移すと、男は早速その上に屈み込みます。

 歩兵差図役が「お世話を掛けます……時に宗方先生はお留守で?」と声を掛けると、男は顔を上げずに、

「生憎、今日は日本橋のヤマサの方に参っております。私は代診を仰せつかった山崎です」と答え、続けて、「事情を教えて戴けますか?」と尋ねますな。。」

「こりゃご丁寧にどうも。俺は歩兵差図役の高澤三九郎で、これは配下の八。このでかいのは付き添いの段鉄と申します。ちと揉めごとがありまして」

「なるほど。こういうところでは怪我人は珍しくありませんから詳しくは聞きますまい。診察するので表でお待ち願えますか?」

「承知しました。宜しくお願いします。おい、段鉄、出るぞ」

「へい」と表に出てきた二人。油障子の向こうからは時々八の痛そうなうめき声が聞こえて来ますが、当面出来ることはありませんから話は自然に……。

「いっそ、大須賀様に直に仔細を聞くってぇわけには行かねぇんで?」

「それなんだが……俺と大須賀様は大隊が別だから、じかの付き合いってぇのはねぇんだ。だからわざわざ聞きに行かなきゃならねぇが、そうなると寝た子を起こす羽目になりかねねぇのさ」

「え? 寝た子を起こすてぇのは何のこってす? 前に何かあったんで?」

「それさ。お上が例の仏蘭西人の建白書を入れて、歩兵の入れ替えを決めたことは前に話したな?」

「へぇ、聞きやしたが、それが何か……」:

 そのときに、体格が良ければ元が破落戸ごろつきでも、鍛え方次第で立派な歩兵になる――ってぇ考えがあったことは言ったが、実はお上お雇いの歩兵なら、やはり身持ちが第一で、体格は鍛え方で補える――ってぇ考えもあったのさ。

 前の考えは大鳥様や俺だが、数は少ねぇ。多いのは後の考えで、その一人があの大須賀様だ」

「ありゃりゃ、そりゃあ拙いじゃねぇですか」

「ああ、拙い。折角、本式の新兵雇入れの前に、試しでお前ぇ達を入れる許しを貰ったのに、ここで揉めたらご破算になりかねねぇからな」

「へ? てことは俺らはお試しなんですかい?」

「ああ。お前ぇ達がちゃんとした歩兵になれるようなら、本式の雇入れは体格第一で身持ちはその次になるし、駄目ならその逆ってことだ」

「ええっ? そんな話は初めて聞きましたぜ」

「安心しろ。俺も初めて言った」

「ああ、それならあいこだ……って、そんなはずがねぇでしょう」

「おっと済まねぇ。ただこれで、大須賀様と揉めるわけにゃあ行かねぇことは見えたんじゃねぇか? それで無くても風当たりが強ぇんだ」

「なるほど……。得心したわけじゃねぇが、経緯いきさつは一応見えやした……。あ、だから大須賀様が去り際に、上が上なら下も下――みてぇなことを言ってたんですかい?」

「そういうことだろうな。俺は顛末てんまつが見えねぇから取り敢えず、断りなしに俺の配下に手を出すなよ――と言ったつもりだったんだが……」

「あんな風に脅かされりゃあ、向こうはそうは取りませんぜ。喧嘩を売られたと思われても無理はねぇ」

「そうだよなぁ。少しやり過ぎた……。この上更に、八の奴は心当たりがねぇと言ってる。そっちに非があるんじゃねぇか?――とか言っちまったら、間違いなく大喧嘩だ。弱ったぜ」

 頭でも抱えそうな歩兵差図役ですが、実は段鉄にとってこういう揉めごと厄介ごとは、そう珍しくない――というか、鳶の仕事の一つでしたから、少し考えて口を開きますな。

「こうなったら、こちらからは何も言わねぇのが吉かも知れませんぜ。少なくとも八の奴が嘘を言ってねぇことは確かだ。そんな知恵が回る奴じゃねぇ」

「おいおい、同輩に向かって酷い言い草だな」

「あ、いや。八が莫迦だと言ってるんじゃねぇんで。何かあったのに黙ってたら、高澤様や俺に迷惑が掛かる。それを承知で嘘をくような小賢しい知恵は八にはねぇって言いたいんで」

「なるほどそういうことか。だが、そうだとすると、大須賀様の方に非があるか、あるいは遺恨なり誤解なりがあるってぇことになるぞ」

「仰る通りで。ただ、あの乱暴で大須賀様の腹がえたなら、元が遺恨でも誤解でも、もう何も言って来ねぇでしょう。八の腹は別だが、相手が侍じゃあ多少は理不尽でも我慢するよりねぇ。

 ところが、もし向こうに非があったら、こっちが何も言わねぇのは何故かと勘ぐりますぜ。とはいえ、表立って聞くわけには行かねぇから、裏か横かは分からねぇが、あの手この手を使ってこっちの腹を探りに来る……直談判するのはそれからでも遅くねぇと思いますぜ」

「ふぅむ。そこまで考えるか。段鉄、お主も悪よのぅ」

「いえいえ、差図役様こそ……って何を言わせるんですかい。この時代、御政道の批判はご法度だ。芝居でも悪代官は出て来ねぇですぜ」

「おう、そうか。時代を間違えたぜ」

 ――などと軽口を叩いている内に、「お待たせしました」と声がして、養生所の油障子が開き、山崎代診に付き添われた八が姿を見せますな。

「お、八。大丈夫か?」

「へい。みっともねぇところをお見せして……」

「その科白は最初に聞いたからもういいぜ。お前ぇに非が無ぇことは俺も段鉄も承知してる。早く帰って傷を直すぞ」

 見たところあちこちに打身やすり傷はありますが、骨には別状ない様子。

「腹を蹴られたみてぇだが……」

 という段鉄の問いに、山崎代診。

「いえ、腕で抱えるようにして守っていたようですし。背中は蹴られてなかったから大事無いでしょう。もし赤い小便が出るようならもう一度連れて来て下さい」

「え? てことは連れて帰ってもいいんで?」

「ええ、構いませんよ。ただ、今日明日は寝かせておいた方がいいでしょうね」

 そこに歩兵差図役が尋ねます。

「では調練は何時ごろ出来るようになります?」

「そうですねぇ……本人次第ですが、打身の腫れが引けば動けるでしょう。薬は厨房に桜肉が届いて……あ、そういえばあれはたしか高澤様からの頼まれものと……」

「ええ、頼んだのは拙者です。調練の後に使うつもりでしたが……」

「おや、用意がいいですな。桜肉なら申し分なしです。三日もあれば腫れも引くでしょう」「そいつは重畳だ。おい、八、聞いたな? 歩けるか?」

 と歩兵差図役が顔を向けると、顔中に膏薬を貼った八がぺこりと頭を下げ、

「へい、大丈夫で」と歩きかけますが、二三歩歩いたところで身体が大きく左に傾きますな。

「おっと」と、それを支えた段鉄が八の左太腿を軽く叩くと「いてててて」と悲鳴が上がります。

「ここを打ってるか。高澤様……」

「言うにや及ぶ。山崎先生、戸板を……」

 と歩兵差図役が振り返れば、山崎代診が既に戸板を引っぱり出していますな。

「かたじけねぇ」と、段鉄が抱え上げた八を下ろし、歩兵差図役と二人で持ち上げて「どうもお世話になりました」と頭を下げれば、山崎代診が「お大事に」と返して戻る用意が整います。

 帰りは別に何ということもなく差図役の詰所に着き、待ちくたびれた様子の信之助に迎えられますな。

「おう、待たせたな。八は命に別状ねぇそうだ。打ち身の手当をするから、岡持を持って来い」

「はい、只今」と用意が整い、戸板の上で歩兵差図役が再び桜肉を切り分け、八の治療を始めます。

 と、段鉄が、

「にしても、高澤様。これを見通して桜肉を注文してあったんですかい?」

 と、尋ねれば、八が

「へ? わっちが足蹴にされるのをご存知だったんですかい?」

 と、頓狂な声を上げますな。これには歩兵差図役も失笑して、

「阿呆。そんなはずがねぇだろう。分かってたらお前ぇに番などさせねぇよ。配下を足蹴にされて嬉しい差図役がいるもんか」

「へ、そいつは言われて嬉しい科白だが、なら、なんで余分に?」

「午後は鉄砲に銃剣を付ける調練と、負革おいかわで背中に負って行進する調練をやるつもりだったのさ」

「あ、あの重い箱は銃剣ですかい。で、軽いのは負革おいかわだ」

「その通りさ。銃剣を付ければ鉄砲は重くなるし、負革で負うのは直に担ぐのとは別だ。ものを担ぐのに慣れた肩でも大変だぞ。桜肉はその用意さ」

「へぇ、そいつは又用意周到というか、鬼というか……」

「何か言ったか?」

「い、いえ、滅相もねぇです。ただ……そういう手配りはやはり、俺らがお試しだからですかい?」

「まぁそうだな。お前ぇ達がちゃんと歩兵になれるかどうか試されているのと同じで、俺達もちゃんと歩兵に出来るかどうか試されてるのさ。ちゃんと出来れば、本式に集めた新兵相手にも同じことをやりゃあいい。当てずっぽうで調練しなくても良くなるってわけだ」

「なるほど、差図役も大変だ」

「そうだぞ。もっと敬え」

「それを自分で言っちゃあ敬まって貰えやせんぜ」

「なるほど。俺が敬まって貰えねぇ理由わけがやっと分かったぜ」

 と、そこに信之助、

「あの、試すとか試されるってぇのは何のことで?」

「おう、そう言やぁ信之助も八もその話は知らなかったな。実は……」

と、歩兵差図役が口を開こうとしたとき、遠くからトテトテと喇叭らっぱの音が聞こえて参ります。

「おっといけねぇ。午後の調練が始まっちまう。段鉄、信之助。八をそのまま長屋に連れて行って寝かせておけ。

 信之助は念の為に付き添え。午後の調練は休んでいいぞ。どうせその肩じゃあ今日の調練は無理だろうからな」

「はい」と信之助は嬉しそうですが、段鉄は思案顔です。

「ええと、俺は……」

「お前ぇはどこか悪ぃのか?」

「い、いえ、そんなことはねぇですが」

「なら急ぐがいい。早く八を連れて行かねぇと調練が始まるぞ」

「へいへい。……結局俺も桜肉の世話になるってことか……」

「何か言ったか?」

「いえ、別に……あっと、その大八車はどうするんですかい?」

「心配ぇするな。俺が運んで置く」

「へい。じゃあ俺達は長屋に行きますぜ」

 と、信之助を促して戸板を持ち上げつつ、段鉄は考えますな。

 ――ああいうことをさらっと言ってのけるから、下の者としちゃあ文句を言うわけにも行かねぇんだよな……。

 と、そこに信之助が振り返り、

「ああいうことって、大八車を一人で引いて行くってことですか?」

 と尋ねますな。

「おおっと、信之助。何時から人の心が読めるようになった?」

 驚く段鉄に、戸板の上の八が笑いを含んで、

「鉄の兄ぃが自分で口に出してたんでやすぜ」

 と返しますな。

「おっと、そうか。気が付かなかったぜ」

 と頭を掻こうとした段鉄。途中で戸板を持っていたことに危うく気が付いて冷汗をかきますな。

「いけねぇいけねぇ。高澤様がお試しとか言うから、気になってしょうがねぇや」

 と、そこで更に信之助が尋ねますな。

「そうだ、さっきも高澤様が仰っていたその、お試しというのは、一体何なんです?」

 そこに八も、

「それはわっちも聞きてぇでやす」

 と加わりますな。段鉄は一思案して、

「そうか……まぁ高澤様がご自分で話そうとしてたことだから、かまわねぇだろうな」

 と、試しの一件を語ります。

 黙って聞いていた信之助。かぶりを一つ振って、

「こいつは又、偉い話を聞いてしまいましたよ。私たちで新しい歩兵隊の形が決まるなんてとんでもない話だ」

 と嘆息しますな。八も、

「そうでやす。そんなご大層な話を、俺らに断りも無く決められちゃあかなわねぇや」

 と、口を尖らせますが……段鉄は渋い顔で尋ねますな。

「ならどうする? もう屯所入りしちまってるんだぜ、とんでもねぇとか、かなわねぇと文句を言ったって逃げるわけにゃあ行かねぇぞ。かと言って、歩兵の調練を怠けるわけにも行かねぇ。怠けりゃ歩兵にゃなれねぇから、お払い箱になるだけだ」

「うーん。そうなると困りますね。私は二本差しになりたいのに、道が途絶えてしまいますよ」と、信之助がわざとらしく言えば、戸板の八も、

「それに、もし俺らがちゃんとした歩兵になれなかったら、あの大須賀とかいう奴の勝ちってことになるんでやしょう? 足蹴にされたから言うんじゃねぇが、あんな奴に大きな顔をされるのは業腹ですぜ」と苦い顔です。

 段鉄も一つ頷き、

「要はそこだ。俺らは大須賀様がどういう差図役か知らねぇが、少なくとも自分の手下でもねぇ八を、いきなり足蹴にするような奴だってことは間違いねぇ。

 でも、高澤様が、自分だけが楽をしようとはしねぇ差図役だってことは知ってる。なら、どちらに合力するかの答ぇは決まってるってこった」

「あっしも色々言いてぇことはありやすが、今それを言っても始まらねぇって言われりゃその通りでやすぜ」

「そうですよね。だからここは調練に身を入れるしかないですよ。それが高澤様への一番の合力ですしね」

 二人の言葉に段鉄は改めて頷きますな。

「よく言った。お試しだなんだというのは抜きにして、今俺らにやれることは一つしかねぇってことだ。よし、長屋に着いたぞ。信之助、一旦戸板を置け。よしか?」

「はい」と返事が返って、信之介が長屋の油障子を開けます。

 皆調練に出たと見えて中は無人ですな。奥に置かれた衝立の陰から八の分の煎餅布団を引っ張り出し、隅を選んで延べると、びっこをひいた八が「いてて」とうめきつつ横になります。

「信之助、風が通るよう窓を開けておけ。八、具合はどうだ?」

「へい。戸板の上よりは余程いい塩梅で」

「よしよし。山崎先生が仰った通り、腫れが引くまで大人しく寝てるがいい。お、信之助、何だ?」

「もう無いかと思ってましたが、ちゃんと残してくれてましたよ」

 そう言って信之助が持ってきたお盆の布巾を取ると、その下にあったのは握り飯と土瓶でございます。

「お、昼飯か。ありがてぇや……あれ?」

 握り飯は一人二個の割なのに、よく見ると五個しかありません。段鉄は苦笑いして一つ取りますな。

「まぁいい。食い物が残してあっただけでも上等だ。ちゃんと食わねぇと調練に……待てよ」

 言いさして段鉄、握り飯を手に取った八と信之助に目をやって呟きますな。

「おい、高澤様に合力とか言って、調練するのは俺だけってことかよ」


 ――というわけで……。

「よし、通しでやるぞ。〔立て、つつ〕―〔剣抜け〕―〔剣付け〕、甚六、向きを合わせろ。よし、〔剣外せ〕―〔剣納め〕。もう一度〔剣抜け〕―〔剣付け〕―〔捧げつつ〕よし、〔肩へつつ〕。

〔小隊右向け〕―〔小隊進め〕―〔遅足〕―〔早足〕。いいぞ、よし、〔駆足〕。そのまま進め。手を振れ、そうだ、もっと大きく、いいぞ……」

 と、小隊に並走しつつ号令を掛ける高澤三九郎に遅れないよう、必死で駆けていた段鉄たちの耳に、遠くからトテトテと喇叭らっぱの音が届きますな。

「よおし、〔早足〕―〔遅足〕―〔小隊止まれ〕。〔小隊左向け〕―〔立て、つつ〕―〔剣外せ〕―〔剣納め〕。

〔抱えつつ〕―〔負革外せ〕―〔肩へつつ〕〔小隊右向け〕―〔小隊進め〕―〔早足〕。

 と、歩兵差図役は午後の調練を始めた場所まで戻った新兵たちに改めて整列を命じます。

 そして銃と銃剣、負革を大八車に戻させた後、全員に腕を回すように命じますな。

 途端にあちこちでうめき声が上がり、何人かがしかめ面で肩を押さえます。

「よし、肩が痛ぇ奴は俺に付いて来い。そんなに痛くねぇ奴は大八車を引いて来い。大丈夫な奴はそのまま解散だ。」

 重い駕籠を担ぎ慣れている元陸尺連中などは肩の筋肉が鋼のようになっていますから、この程度の調練は屁でもありません。結局、桜肉の治療を受けるために詰所にやって来たのは、段鉄を含む十数人でございます。

 手早くその十数人の手当を済ませた歩兵差図役が、やれやれと伸びをした時、段鉄がふと思い付いた様子で尋ねますな。

「時に、腫れが引いた後の桜肉は捨てるんですかい?」

「む? 用が済んだものをどうしようが勝手だが、捨てるのは勿体ねぇぜ」

「え? 使い道があるんで?」

「食やぁいい。鍋なんか乙だぜ」

「え? 昼に、歩兵の賄いじゃ桜鍋なんか出せねぇ――と仰ったじゃねぇですか」

「ああ。賄いは麹町と日本橋の伊勢屋の請負だからな。掛り(費用)は勘定方の許しがねぇと変えられねぇんだ」

「じゃあ駄目じゃねぇですかい」

「ところが養生所の薬代は別の掛りなのさ。余程高直こうじきでなけりゃ、先生を通せば手に入る」

「へ? そんな手が……」

「ああ、だから薬として使いさえすりゃあ、後は好きにして構わねえぞ」

「そいつはありがてぇ。みんな調練でくたくただ。喜びますぜ」

「ただ、蹴飛ばし食いたさに、腫れが引く前に剥がしちまう奴がいねぇか見て置けよ。ちゃんと直さねぇと明日が辛ぇぞ」

「へい。その辺は承知の前で」

 ――というわけで、時ならぬ馳走にありついた新兵たち。早速賄方まかないかたに鼻薬をかがせて味噌や野菜を手配し、桜鍋を作らせます。本来なら皆で鍋を囲みたいところですが、夏場の屯所では厨房と湯屋以外で火を使うことは厳禁。これは我慢するよりありません。 なんだかんだで出来上がった桜鍋が長屋に届きまして、段鉄たちもようやく半身を起こした八と一緒に鍋をつつきます。。

「八、好きなだけ食えよ。今のお前ぇの役目はたらふく食って滋養を付けるこったからな」

「へい。戴いてやす。久しぶりに食ったが旨ぇもんでやすね」

「うむ。生姜が効いてる上に。八の味が隠し味になってら」

「へ? わっちの味って何でやす?」

「血と汗と涙。それも悔し涙だな。八、よく我慢した」

「へ? わっちは別に……」

「隠さなくてもいいぜ。お前ぇの身の軽さなら、あんな奴の足蹴くれぇ、目をつむってても避けられただろうに」

 断鉄の言葉を聞いて、信之助は驚きます。

「え? 八さん、そりゃあ本当のことですか?」

「いえ、あんまりいきなりだったんで、身がすくんじまって……」

「火事場で真っ先に屋根に飛び上がる奴が何か言ってるぜ。ま、高澤様や俺らに迷惑掛けたくなかったんだろうから、礼だけは言わせて貰うぜ」

「俺ら? 私も入ってるんですか?」

「勿論さ。八には身に覚えがねぇが、だからこそ士分相手に下手に手向やぁ、高澤様や俺、信之助にも、とばっちりが行く……。ならば黙って蹴られるよりねぇ――違うか?」

 そう段鉄に水を向けられて、八公頭を掻きますな。

「面目ねぇ。言われる通りでやす、でもまぁこれは仕方ねぇんで」

「仕方ない? どういう意味です?」

「そりゃあ、蹴飛ばしを食らうのはわっちの役目でやすから」


 お後が宜しいようで。

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戊辰異聞 臥煙戦記・修正版 鷹見一幸 @enokino

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