第40話 幕

「じゃあ、その相模(さがみ)さんたちと合流しないとな。もうそろそろ出てくるんじゃないかな」


 ひひひ、と笑って八王子(はちおうじ)は鉄の扉を開ける。

 それに寄りかかって――扉を背中で塞いで時間稼ぎをしていたらしい相模が支えを失い、派手な音を立てて仰向けに地面へたたきつけられた。


「おう、八王子」

「よ、相模」


 ニヤニヤしながら片手を上げられると、八王子としてもニヤニヤし返さないわけにはいかない。『番長|S(ズ)』は平常運転だ。

 和泉に「大丈夫ー?」と心配されながら助け起こされ、相模は「あれ?」みたいな顔をしたが、合流を待ちくたびれていた柏(かしわ)・千葉(ちば)コンビに急かされ、疑問はうやむやに。


「イズミン、暑くなっちゃったからかき氷食べよっ、かき氷!」

「え、千葉さ……うん!」


 空調のお粗末な音響室にこもっていて汗だくの千葉に手を引っ張られ、和泉(いずみ)も笑顔で駆け出す。


「待って、おれも食うよかき氷ー」


 柏も女子二人を追いかけていく。


 体育館裏にはコンビが残った。二人並んで、ゆっくり歩き出す。

 相模は「どうだった?」なんて訊かないし、八王子も「和泉が好きなのはオマエだってよ」なんて言わない。


「ウケてたなー」

「ドッカンドッカンだったな」

「いやー、和泉にはさー、他に好きな人いるっぽかったけど、まあいっかーなんて思えるくらいにイイ気分だわ」

「おお……そうなのか」


 相模の声が、多分表情と連動して暗くなった。

 できれば前半ではなく後半に食いついてほしかった八王子に、相模は「でもさ」と明るく続けた。


「八王子が嫌いなわけではないなら、まだ望みはあるんじゃないか? 彼女が今好きな相手より魅力的になれば、あるいは――ってことも」


(まー、その相手ってオマエなんだけど)


 だから相模の慰めの言葉は、すごく難しいことに思えた。

 八王子にないものは大抵相模が持っていて、相模にないものはだいたい八王子が持っている。だからキャラが被らない。ということはつまり、持ち合わせている魅力もまったく別物なわけで。

 和泉の趣味が変わらない限り、八王子に勝ち目はなさそうだった。

 ただ、諦めるにはもったいない状況なのは確かだろう。


「フられたヤツってさ、二度と同じ人に告白しちゃいけないとか、そーゆー決まりないよな?」

「んー、どうなんだろ。ダメってことはないと思うけど」

「どれくらい期間空けたら再アタックOKかな? 一カ月? 一年くらい?」

「そう聞かれても、俺には経験がないからわからないよ」


 隣で猫背がいっそううなだれたのがわかって、ちょっとだけいい気味だと思った。人生、この学校の在籍日数だけでなく、惚れた腫れたに関しても先輩なんだと思うと、気分がいい。


「ははっ。なんだよオマエ、使えねーな」

「そりゃ、お互い様だろ」


 ごもっとも。最近になってようやく人間に対して真正面から向き合えるようになったばかりの、二人はチキン野郎コンビだ。


「オマエもさー、好きな人作れよ」

「俺はまだいいよ。やることいっぱいあるし」

「いやダメだって、ケータイの待ち受けを妹にしてるのは、いくらなんでもヤベーぜ」

「それはいいだろ、アイドルの写真待ち受けにしてるようなものなんだから」


 それはスルーして、


「でオマエ、年上と年下、どっちが好み?」


 強引に話題を変えても、相模は抗議しない。

 律儀に首を傾げて見せてから、まじめな顔つきで答えた。


「いや、本当に今は別に――」

「うるせーな。オレが訊いてんだから答えりゃいーんだよ」

「どちらかというと……年下だな」

「だよなー、ぜってー年上はやめたほーがいいぜ。オマエなんか、ペットかゾンビ扱いされんのがオチだからな」

「ゾンビ扱いってどうやるんだ?」

「まーとにかく、年上から好きとか言われても、ぜってー断れよ」

「いや、それは相手によるよ。年上は嫌いってわけじゃないし」

「絶対断れ」

「うーん……うん」

「じゃーオレも手伝ってやっから、オマエの年下のカワイー彼女探し。でも二年になったらな」

「別にいらないけど、何で二年?」

「バカヤロー。オマエほぼ中三なんだから、現時点で校内に恋人候補なんているワケねーだろ。二年になったら一年ポックリが大量入荷されんだから、そっから探すんだよ」


 金髪赤シャツのヤンキー番長と、弊衣破帽のバンカラ番長。

 返り討ちにされた美倉高の皆さんが総番に泣きついたため、『番長S』の二人が正式にヒバ高の番長として付近一帯の高校にその名が知れ渡ったことを、当人たちは知らない。

 そしてもう一つの意味でも、二人は番長であり続けることになる。


「なー相模。次は十二月のクリスマス会で漫才やろーぜ」

「んー、それっていつ?」


 当初の目的は果たしたのにまだやるのか? なんて言われなかった。このゾンビ野郎が言うはずないと信じていたとも言う。


「十九日だよ。終業式が終わったあと、希望者だけのお祭り騒ぎだ」

「いいね。ネタは変えるのか?」

「当たり前だろー、今日のよりもっとおもしれーの考えるから、オマエも体鈍らせなんじゃねーぞ」

「望むところだよ」


 根暗で人間嫌いの、変なプライドの高さと小賢しさが悪魔っぽい八王子。そして、人見知りでヘタレだが馬鹿みたいに打たれ強く、やることなすことゾンビっぽい相模。

 一人では箸にも棒にもかからない落ちこぼれの二人だが、コンビを組んで『番長S』なら……。


「オレたちって最強だよなー」

「そうかね」


<芸人ルート結成編:完>

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悪魔とゾンビがコンビを組んだら『番長S』 Ryo @Ryo_Echigoya

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